〆第二話 ピエロショー
大通りから歩く事十数分。マウス達は噴水広場へとやってきていた。
ここまで来れば目的地までは目と鼻の先だ。
広場の中央にある噴水には女神の銅像がある。緑青に塗れながら肩に携えた水瓶から水を流すその姿はお世辞にも綺麗とは言えないが、どこか心を落ち着かせるような、そんな雰囲気を持っていた。
普段は静かなこの広場だが、この日は少し様子が変だった。
「なんだあの人だかり」
フェザリオの視線は噴水前の人だかりに向けられていた。
「すごい人だね」
「見てみようぜ」
人ごみを押し分けて進むフェザリオの後ろにマウスはついて行くと、人ごみの中心にいるその正体が明らかに二人の前に明らかとなった。だぶだぶの衣装を纏い、顔を真っ白に塗り、鼻を赤く染め、両眼を十字に黒で縁取ったその姿。
――なんだピエロか――
ここ下層じゃそう珍しいものじゃない。自らの芸でお金を集めようとする大道芸人はここじゃ少なくない。でも、それならば何故こんなに人が集まっているのか。
片手に細身の剣を持ち、頭上に翳して見せるピエロ。頭上に翳されていた剣がピエロの首元に当てられる。
――何する気だ?――
次の瞬間、鮮烈な光景が目に飛び込んできた。
巻き起こる悲鳴と、同時に飛び散った鮮血が噴水の水を紅く染める。
「首を……斬り落とした!?」
無造作に投げ出されたピエロの首。腕はだらりと下がり、ぶらぶらと揺れている。
何かのトリックなのか。でもそれならばこの血の臭いは。
誰もが言葉を失っていたその時、残された肢体がゆっくりと動き始めた。再び観客から上がる悲鳴。肢体はゆっくりと自分の生首を掴み上げると、それを観客に向けるように突き出して見せた。黒い縁取りの中に白目を剥き出した生首。生々しい死人の顔。口からはまだ鮮血が垂れていた。
――本当に死んでるのか。そんなわけはない――
なら実際に見ているこの光景はなんだ。
暫くするとピエロは持っていた首を元の位置へと当てがった。すると、まるで何事もなかったかのように、ピエロは目を開きお辞儀して見せた。
湧き起こる拍手の中、ピエロはお辞儀をしたまま、そのまま動かなくなった。ショーの幕切れを悟った観客達は再び街の雑踏へと消えていく。
不意に肩を叩かれてマウスが振り向くと、そこにはフェザリオが立っていた。
「オレ達も行こうぜ」
「ああ、うん」
静止したピエロに送り出されて、再び二人は歩き始めた。
噴水広場から下る道を進んだ先の二岐地点に赤い屋根の建物がある。それがドナテロの店だ。
正面玄関に差し掛かると、真っ白な看板が立掛けられているのが二人の視界に映った。
――酒場営業時間 PM6:00〜AM3:00――
正面玄関は今日も閉まっていた。入る時は大体いつも裏口から入る。僕らは静かに建物の裏手へと回った。
「失礼しまーす」
裏口から中へ入ると、中は静まり返っていた。
綺麗に片付けられた店内。店内の木椅子は皆机の上に逆さまに上げられていた。
「寝てるな多分。食糧庫あさりに行こうぜ」
「また無断で?」
――まぁ、今日に始まったわけじゃないけど――
黙って食糧庫へ向かおうとしたその時、裏口の扉が開いた。
扉から茶髪が覗き、茶色の瞳が二人の姿を捉える。手には大きな袋が握られていた。
「何やってんだお前等」
「いや、あの」
苦笑いしてその場を誤魔化す二人。
――ドナテロだ――
ドナテロは彼らの姿を見ると何も聞かず、調理場へ向かい、酒場のカウンターに温かい豆のスープと乾いたパンを数切れ出した。
「朝から窃盗とはお前等も忙しいな。請負業はどうなってるんだ?」
「いやさ、急にドナテロの顔が見たくなって」
いい加減なセリフを吐くフェザリオ。
「それより、ドナテロさん珍しいね。こんな朝からどこか出掛けてたの?」
ドナテロは、カウンターの向こうで、食器の整理を始めていた。
いつもながら几帳面だ。
「街に買い物行ってたんだ。食糧の買い置きが切れてな」
そんな他愛もない会話をドナテロと交わしていると、今朝二人が見たあの話が飛び出した。
「そういや今朝、すごいモノ見ちゃってさ。噴水広場で」
そうフェザリオが切り出した。二人は見たままあのピエロショーの話をドナテロにした。それも実はドナテロはこの職業につく前は大道芸をしていたのだった。ドナテロなら今朝のトリックが分かるかもしれない。二人はそう思ったのだった。
「あれは本当に死んでたぜ。なあマウス」
「うん、だって血の臭いしたし」
二人の話を聞いて、ドナテロは笑い声を堪えきれない様子で漏らした。
「お前達ほど単純だと騙す側も気分いいだろうな」
「なんだよそれ!」
ドナテロはさんざん笑った後、二人に語り始める。
「そいつは『首落とし』っていうれっきとした大道芸さ。今じゃやる奴はほとんどいないけどな」
「あれが芸? やっぱりトリックあるの?」
――でも、一体どんなトリックなんだ?――
「お前等が見た頭は偽物さ。本物そっくりに精巧に作られたな。実際はその下に本物の頭がある。ぶかぶかの服を着てたのはそのためさ」
「え、でもちゃんと血が吹き出てたよ」
そうだ、あの血はどう説明するんだ。
「そこがこの芸のえぐいとこだな。なるべく本物に見せかけるよう、この芸じゃ動物の血を使うんだ。お前達が見たのはきっと犬か猫の血だろ」
あれが動物の血?
でも確かに、それなら納得が行くような。
ドナテロの種明かしにマウスは少し落胆を隠せなかった。
「まあ、そうがっかりするなよ。もしかしたら本物の悪魔だったのかもしれないぜ」
そう言って再び「くっくっ」と嘲笑を漏らすドナテロ。
「馬鹿にしてんのか」とフェザリオが立ち上がった。
悪魔か、そんなものこの世に居る訳が無い。
あのピエロを悪魔だとどこか信じていた自分がマウスは急に馬鹿らしくなってきた。
「飯食ったらちゃんと稼ぎに行けよ。食わせるのだってタダじゃないんだぜ」
「わかってるよ」
そうして、二人はドナテロの店を後にした。
――なんだか今日はしっくりこない朝だ――