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Wonder Wander  作者: 黛 光太
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〆第一話 一つまみの善行


 ■本作品を御覧下さる前に(2009/1/20)


 本作品、旧タイトル『ANTIQUE』は2009/1/20を以って大幅な減稿・修正を経てそのタイトルも『Wonder Wander』へと変更させて頂きました。

 旧作を御覧頂いた皆様には大変御迷惑をお掛けして申し訳ありません。

 本作は現在の形を以って、完結作とさせて頂きます。また落ち着き機会がありましたら、続編を執筆しようかとも思っていますが、以前とは大分描写に対する考え方も変わり、「死」というものに対する捉え方も、今この作品を眺めると自分の中での変化に驚いています。

 そんな過去の自分の在り方を反映するためにも、過去の描写はなるべくそのまま残しています。

 本作には物語では行ってはいけないと言われている禁忌に触れている描写もありますので、残酷な描写が苦手な方は御覧になる事をお控え下さい。

 以上の事を踏まえた上で、拙作ではありますが本作品を宜しくお願い致します。

 

 頬を撫でる微かな風。少年が目を覚ますとそこは粗末な寝台の上だった。

 部屋に差し込む和らかな陽光。昨日から降り続いていた雨はいつの間にか上がっていた。

 身体を起こして洗面所で顔を洗う。鏡の前に映った栗色の髪の少年。青い瞳が見つめるその先には冴えない表情が映し出されていた。

 少年の名はマウス。ここ廃墟街の一室に住み込む俗に言うスラム街の孤児である。彼は数年前からこの街で同居人と共にここに住み込み始めた。

 ここに来たその経緯を話す事は少年にとって苦痛以外の何モノでも無い。少年にとって過去など生きるためには何の意味も持ち合わせていない。

 蛇口から僅かに零れる水をすくい顔を洗っていたその時だった。


「よう起きたか、死人面しにんづら


 そんな掛け声と共に、マウスの背中が勢い良く叩かれる。


「痛っいな、朝から何すんだよフェザ……おはよう」


 肩まで伸びた灰色の髪を手櫛で梳かしながらマウスの肩越しに鏡を覗くその少年。

 彼の名はフェザリオ。先程のマウスの同居人というのが彼であった。


「寝起きは?」

「最悪」


 そう言ってフェザリオはシャワールームへと消えていった。


「何だよ、お湯出ねぇじゃんかよ。またかよ、ふざけんなっつうの!」


 シャワールームからそんな呟きが聞こえてきた。ボイラーが故障するのは日常茶飯事の事だ。今更驚く事でも無い。


「ちゃんと確認してから入りなよ、このバーカ」

「お前ベランダの外までふっとばすぞ」


 そんな何気ないやりとりがここでの朝の風景だ。

 通称「廃虚街はいきょがい」。名前が示す通りここの生活は生きる者にとって厳しい。法の存在しないこの世界では、道を歩いてて、たとえ、いきなり殺されたって文句は言えない。自分の身は自分で守る。それがここでの唯一のルールだった。


「なあ、そこ石鹸ある?」

「あるよ」


 洗面所においてあっただいぶ小さくなった白い石鹸を手渡すと、「サンキュ」といってフェザリオの手は引っ込んだ。

 この石鹸一つ手に入れるのだって僕らにとっては一苦労なのに。


「今日どうする?」

「まずは朝飯。後の事はそれから考えようぜ」


 予定の無い一日の始まり。

 彼らに予定など無意味。その時その時を瞬間的に生きる。それだけさ。


 空は青く澄んでいた。マウス達の部屋から地上へ降りるにはこの錆びた鉄骨の階段を使う。毎度のことだけど、この踏みしめる度に崩れそうな音を立てるのはなんとかならないものか。そんな事を考えながらマウスが錆びた鉄骨の階段を降りていると、いつもの腐臭が漂ってきた。原因は分かっている。この階段の脇にあるでかい鉄桶。全長三メートルはあるだろうか。この廃墟に住んでる住人の公共のゴミ捨て場になっているのだ。何でもかんでも捨てるから、既にもう生ゴミが鉄桶から溢れて山のようになっていた。フェザリオは無言で鉄桶に蹴りを入れると、大通りに向かって路地を歩き出す。


「朝ご飯どうしようか? 昨日報酬出てないからお金ほとんどないよ」とマウス。

「こういう時は使える奴を使うんだよ」


 フェザリオの心当たりはマウスもよく知っていた。


「ドナテロさんとこ?」


 フェザリオは煙草を一本口に加えると無言で頷いた。

 一週間に一度は必ずと言っていいほど二人は世話になっている人物。だが、他に方法も無い。


「悪ぃ、火ある?」

「あるけど、あんま吸いすぎると早死にするよ」


 ポケットから錆びたジッポを取り出したマウスはフェザリオに手渡す。


「死期が早まろうが遅まろうが関係ねぇよ。誰だって死ぬときゃ死ぬさ」


――死ぬときゃ、死ぬか。まあ、そうかもね――

 

 大通りに出ると、今まで建物に遮られていた眩しい陽光が視界を包んだ。

 同時に、走る衝撃。見ると、一人の幼い男の子が目の前で転んでマウスを見上げていた。

 

「ごめん、大丈夫だった?」


 五才前後だろうか、その子は手の中に持っていたものをすっと見せてきた。

 

「ネジあつめてたの」


 ネジあつめか。昔僕もやったな。どんなにたくさん集めてもわずかなお金にしかならない。とても割のいい仕事とは言えなかった。でも、それしか仕事は無かった。

 マウスは昔を思い出しながらその小さな男の子を見つめていた。

 男の子は落としたネジを懸命に拾い集めていた。マウスも一緒になって拾って上げると、男の子はたどたどしい声で「ありがと」と言った。フェザリオは黙ってその様子を見つめていた。


「あ、そうだ。お詫びにこれあげるよ」


 そう言ってポケットの中にしのばせていた飴玉を少年の手に握らせるマウス。

 少年は手の中の飴玉とマウスの顔を交互に見つめながら何か言いたそうだった。

 

「いいんだ、遠慮しなくて。ただ一個しかないけど。さ、持っていきな」


 その小さな男の子はコクリと頷くと、その場から去っていった。

 

「ただの自己満足だぜ」とフェザリオ。

「いいんだ」


 ただの自己満足かもしれないけど、少なくとも後悔はしていない。

 だからそれで良かった。

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