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ゾンビを見守る簡単なお仕事です

作者: 恵京玖
掲載日:2026/05/08


『***山にてゾンビ達が徘徊しているという登山客の通報があり、**県の保健所と警察がゾンビ五体を確保しました。本日早朝六時、登山客から山の森にゾンビが数体歩いているという通報がありました。念のため、***山付近を立ち入り禁止にして保健所と警察はゾンビの捜索を……』


 十数年前だったら、鼻で笑われるようなニュースが車内から聞こえてきた。

 非常に真面目な感じで女性アナウンサーが解説する動画を見ている助手席でボッチーは「ゾンビ達、山頂へいこうとしていたんすかねー? 仁さん」と話しかけた。俺は「かもね」と返した。


 20XX年。全世界で死体がゾンビになる菌が発生した。どこの国なのか分からないが、ある菌が突然変異したもので爆発的に増えてしまった。一部の国ではゾンビが溢れかえってゾンビゲームのような光景になったというニュースも流れた。


 しかし日本は某バイオハザードのような事にならなかった。


 と言うのもこの国の遺体は火葬をするし、世界最高水準の衛生管理を徹底している。街中でゾンビが跋扈するような要素が無いのだ。

 しかしこの世に【絶対】と言う言葉が無いように、この国でもゾンビは発生する。

 そう、今、ボッチーが見ているニュース動画のように……。


『確保されたゾンビ五体は数年前に山で遭難した登山者とみられ、身元確認をしたのち遺族の元に返される予定です』


 女性アナウンサーはゾンビニュースをそう締めくくった。

 つまり供養されていない行方不明者や孤立死して放置されていた死体などにゾンビ菌が付着して、ゾンビになるのだ。そのためGPSを必ず持って登山したり、地域で孤立死していないか確認し合って、ゾンビを出さないようにしている。

 だがどうしても取りこぼれてしまう遺体もある。

 ゾンビニュースは終わりかと思ったら、ゾンビ菌の第一人者である大学教授が解説を始めた。


『ゾンビになったとしても、人に危害を加えるという行為はしません。更に動作や反応も遅いです』


 解説している通り、ゾンビ菌は(今の所)死体に付着しても生前のように動かすくらいしか出来ない。そのためゲームのように襲い掛かる事も無いし、フラフラと徘徊位するくらいだ。また追いかけられても簡単に逃げる事も出来る。

 またゾンビ菌に触れたり人間の体内に入っても、ほとんど死滅してしまうと(今の所)言われている。

ちなみに何で(今の所)と言われているのかは、また突然変異をする可能性があるからだ。


『とにかくゾンビを過度に怯えず、さりとて油断しないようにしてください。見つけたら身を低くして、ゆっくり後ずさりをして逃げて山の管理人や警察に連絡をしてください。間違っても、ふざけてゾンビを刺激したり、触れないように注意をお願いします』


 解説をする教授はそう言うと女性アナウンサーは『先生、ありがとうございました』と言い、今度こそゾンビニュースは終わった。

 ボッチーは音楽動画を再生しながら話す。


「さっきのニュースで言っていたけど、山を進入禁止にしたって大げさっすねー」

「一体じゃ無く、五体だからな。念のためにって事さ」


 一体しか出なかったから、こんなニュースにもならないし、進入禁止にもしなかっただろう。ゲームのように襲い掛かる事も無いし、捕獲もすぐに終わる。むしろゾンビが見たい馬鹿が集まる方が脅威とすら言われている。

 だからこうして大々的にニュースになるのは珍しい。ゾンビの注意喚起は山の看板などで知らせているし、ゾンビになる前に役所が孤立死を防げばいいのだ。

 そんな話をしているとボッチーは音楽動画から別の動画を再生し始めた。こいつは飽き性でまだ音楽も終わっても居ないのに別の動画にするのは日常茶飯事なのだ。俺はちょっと気になるが言及はしない。

次もニュース動画のようで『全国でクマが出没、農作物を荒らして……』と男性アナウンサーが話している時、ボッチーが「ねえ、仁さん」と話しかけた。


「何でクマってゾンビを食べないんすかね?」

「……ボッチー、お前はゾンビを食べたいと思うか?」

「えー、食べたくないっす。ゾンビ菌以外のヤバい菌もいそうだし」

「クマもそう思っているから食べないんだよ」

「なるほどっす!」


 ボッチーの質問に答えていると目的地が見えてきた。夕日に輝く名もなき丘、そして俺達が確保するゾンビのいる場所。




***


 運転していたワゴン車を路肩に停めて、ゾンビ発見者の情報を確認する。本日正午にゾンビ一体が徘徊。恐らく男性、年齢は不明。デニムのズボンと灰色のパーカーを身につけている。衣服が残っているって事は結構、最近の遺体だろう。


「あ、今回は衣服を身に着けているんすねー。良かったっす! 前は裸のゾンビがいるから、一時間以内に来い! って、通報が来て大変だったっす!」


 ゾンビは死んだ瞬間、菌が付着して増殖して数千匹に達したら動き出すらしい。ゾンビ菌が付着すると蛆とか他の菌も寄り付かなくなってしまうので、腐敗が進まないという現象も起こる。そうなるとボッチーの言う通り衣服の方が先にボロボロになり、全裸のゾンビが歩いているから何とかしてくれ! と言う通報も出る。さすがに一時間以内で来れなかったので、通報者からゾンビ捕獲よりも長いクレームを聞かされた。はっきり言ってクレームを聞かされる方が疲れた。しかも帽子を取れって言って、俺に迫ってきたし。


「そういえば、仁さん。野生動物はどうしてゾンビにならないっすかー?」

「野生動物の肉体は不味いらしくゾンビ菌が付着しないんだよ」

「贅沢な菌っすねー」


 この美食家のゾンビ菌は人間の体が美味しいらしく、人間が遺体になると一気についてしまうらしい。代わりに野生動物は一切つかないのだ。何なんだ、この菌。

 ついでに死後数時間の遺体に付着、そのまま放置すると早くて一か月には動き出すのだ。地面に埋めても、這い出て外に出る。

 そうしてゾンビを確保するための装備をする。ゴム手袋をはめてマスクとゴーグルを装着などつける。生きた人間には無害なゾンビ菌だが別のヤバい菌などもあるので一応は身につけておく。

 すべて装着した後、火炎放射器のような背負うひも付きのタンクと放射器のパイプが付いた危機を背負う。タンクの中はガソリンなどの液体燃料とかではなく、ただの二酸化炭素。つまりドライアイス噴射機なのだ。元々の使用は汚れを落とす目的の物なのだが、我々はこれをゾンビに噴射する。理由はとっても簡単。ゾンビ菌は冷却すると一時的に仮死状態になり、動かなくなるのだ。

 ゲームだったら火炎放射器を派手に放つのだが、現実はドライアイスで冷却だ。


「よし、行くか。ボッチー」

「はいっす!」


 準備が完了した俺達はゾンビが出たという私有地である小高く林の中に入って行く。


 林の地面は枯れ葉で覆いつくされていた。雑草はほとんど無く、地面も湿っている気がした。そして割と薄暗く、空気が湿っているように思えた。ゾンビ菌はどこにでもいるけど、湿気の多い所に発生するらしい。だから衣服がボロボロになる前にゾンビが爆誕したんだな。

 しばらく歩くとボッチーが「仁さん、あそこ」と小さな声で言い、指さした。指さす場所には灰色のパーカーとデニムを見に付けた人物がウロウロしていた。発見者がスマホで撮った画像に似ている。

 意外と早く見つけた。そう思いながらボッチーと一緒に向かう。

 現実のゾンビは反応も鈍いし襲ってこないが、念のため身を低くして音を立てないで近づく。ある程度、ゾンビに近づいたらボッチーと目で合図してドライアイスを噴射する。ドライアイスを背中に当てられたゾンビは固まり、そのまま前のめりに倒れた。


「いやあ、すぐに見つかってよかったっす」


 俺は「それな」と言いながらゴーグルを取る。ボッチーの言う通り、全然見つからないこともあり、半日以上もかかったこともある。人員不足だから二人でやらないといけないのだが、さすがに広い場所だったので、もう一人ヘルプを呼んでようやく見つかった。

 ゾンビは脅威じゃ無いけど、このドライアイス噴射機は地味に重たいので長時間の捜索はきついのだ。

 すぐに見つかって良かったとホッとしながら倒れたゾンビを仰向けにする。


「あ」

「どうしたっすか、仁さん。あ!」


 ゾンビを入れる寝袋のようなものを用意していたボッチーも仰向けにしたゾンビを見て、ヤバいと言う顔になった。




***


 俺は上司に応援が欲しいと連絡するが「無理」と返答があったので残業代請求と俺達の代わりに始末書を書いてほしいとお願いした後、俺とボッチーで今回のゾンビを確認する。

 グレイのパーカーと思っていたが、土で汚れていただけで本当は真っ白だったようだ。デニムのパンツは破れている所も無いし、靴は汚れているがまだまだ履ける。本当に死後数日くらいだろう。


「顔は大丈夫っす。顔認証はいけるっす」

「ゾンビ菌のおかげで腐って無いし、まだ乾燥も始まっていない」


 仕事用のタブレット端末でゾンビの顔を撮って、行方不明者リストに検索する。だが一致しないという結果が出た。まだ居なくなっていると周囲は分からない状況か、それとも……。

 色々と考察していると「仁さん!」とボッチーが言う。


「指が動き出したっす!」

「もう一回、冷却だな」

「おりゃああ! ファイヤー!」


 真逆の事を叫んでボッチーはゾンビにドライアイスをかける。動き出した腕や足は一時的に止まったが、またしばらくしたら動き出すだろう。

 間違いないな。このゾンビ、【例外】だ。

 通常のゾンビは遺体を徘徊するくらいしかしない。しかし通常のゾンビ菌とは全く違った動きをする遺体がある。それを【例外】と呼んでいる。

 その一つが強い感情を抱いて亡くなった遺体にゾンビ菌が入り込むと、冷却してもすぐに動き出してしまうのだ。実はこのゾンビ菌、怨霊の一種なのでは? と思う。

 こうなってしまうと、ただ冷却するだけじゃゾンビを止めることは出来ない。ドライアイスを敷き詰めた棺に入れても、冷たさに慣れてガタガタと動き出す。無理やり抑え込んでドライアイスを大量に棺へ入れてもいいのだが、そこまで手間をかけたくない。

 それに、この遺体は世間一般の常識的ではすぐに燃やしてはいけない代物だ。


 じゃあどうするか? 答えは簡単。ゾンビの強い思いを叶えさせてやる。それだけ。


 俺とボッチーでゾンビを林から道路の所まで持って行く。幸運な事にもうすぐ夜だ。人が少なくなる……わけじゃ無いけど、ものすごく明るい場所じゃ無ければゾンビが歩いても分からないだろう。しかも顔の部分に死斑は無いから、パーカーを着替えさせれば、普通の一般人に見えるだろう。

 俺達はゾンビを綺麗な服に着替えさせて車道に置いた。するとゾンビはすぐに動きだした。

 俺達はすぐに車に乗り込む。とは言え、ゾンビはこの道を知らないのか不安な足取りだ。車のエンジンを入れるが、ほとんど停車状態で動いてもノロノロで見守るしかない。


「知らない場所みたいっすね」

「まあ、そうだろうな」


 そうしてゾンビは林の道路を抜けると、チラッと大きな標識をみた。道路案内の標識だ。ゾンビは目も見ているし、生前の記憶も残っていると言われている。その標識を見た瞬間、不安定な足取りだったゾンビはズンズンとある方向に進んでいく。

 ゾンビと言うのは基本的に疲れ知らずなので、ペースを崩さずに歩く。だがそこまで速度は出ないので相変わらず徐行運転で尾行する。日中だったら迷惑行為だが、夜中だし車も無いから大丈夫だろう。


「どこに行くんすかね? ゾンビ」

「さあ。でもこのまま行くとヤバいかも」

「あ! 高速道路に向かっているっす!」


 人通りの無いとは言え、高速道路の立ち入りはマズイ。すぐにボッチーと一緒にドライアイスを吹きかけて動きを止める。

 それにしてもこのゾンビの目的地は随分と遠い所にあるようだ。


「どうするっす? 仁さん」

「当てずっぽうでゾンビの行先まで行こう。見ていた道路案内の標識を参考にして」


 そう言いながらゾンビを寝袋に入れて、ドライアイスを敷き詰める。これならしばらくの間ならゾンビは動きを止めるだろう。

 ゾンビの行きたい場所は何となく見当がついたので、俺達は車に乗って走り出す。無人精算機のバーを抜けて、高速道路へ。


 ゾンビが歩こうとした高速道路は貸し切り状態で俺達の車しか無かった。時折思い出したようにトラックなどが俺達の車を通り過ぎる。


「仁さん、頭、かゆいっすか?」

「……あ、いや。別に」


 ボッチーに言われて自分が頭をかいている事に気づいた。帽子をずっと被っていることなんて無いから、違和感しか無いからだろう。蒸れている訳では無い。蒸れても気にならないし。

 野球帽を被りなおして、ハンドルを握る。

 チラッとボッチーを見るとわき腹をさする。痛いわけではない。

 ボッチーは二十代前半くらいで名前はちゃんとあるのだが、あだ名で呼ばないと返事をしない。出勤初日で「あだ名で呼んでくださいっす。本名で呼んだらパワハラっす」と言い出したので、大丈夫かと不安になった。だが言動について色々と言いたい事はあるけど、仕事は真面目だ。こういう仕事は嫌がる奴はとことん嫌がって初日の現場でバックレるので、真面目にやるボッチーは結構貴重だ。

 ふと車窓から俺の顔を見る。帽子で顔が隠れているが、三十代くらいだ。どんな状況でもこの帽子は取らないで仕事をしているので常識はずれだろうと俺でも思う。だが取ったらマズイのだ。帽子を取れませんって言うワッペンでもあればいいのだが……。


 しばらくして高速道路は徐々に他の車も走り出している。渋滞と言うわけではないが、結構車が増えてきた。通った当初は真っ暗だった高速道路は街灯も増えてきて、明るくなってきた。繁華街に近くなってきた証拠だ。


「繁華街に行きたかったんすかね、ゾンビ」

「人が集まるところだから、こいつも分かるだろう。きっと」


 適当すぎる俺の答えにボッチーは感心したように「なるほどっす」と言った。そんな会話をしながら、俺達は高速道路を降りた。




***


 繁華街の駅の裏、俺達はゾンビを設置する。壁にもたれかかってぐったりと座っているゾンビは、飲み過ぎて寝ている若者に見える。それを俺達は離れたところから監視する。

 普通の人間だったら二日酔いの中で起床するのだが、ゾンビはパッと起き、すぐに立ち上がった。そして辺りを見渡したと思ったら、迷いのない足取りで歩き出した。

 どうやら、生前のゾンビはこの繁華街の駅を使った事があるし、終電で乗り過ごしした事があるのだろう。こういう仕草で生きていた頃の面影がある。

 結構な速度でゾンビは進んでいき、大通りを勝手知ったるとばかりに歩いて行く。大通りの深夜営業をやっている店しか開いて無く、その店も少ない。飲食店のゴールデンタイムを過ぎてしまったので、大通りの明かりは薄暗いものとなっている。


「もしかして、ここに住んでいたっすかね?」

「かもな。だとしたら、自宅に向かっているのかな?」


 そんな仮説を立てていると大通りから路地へと入って行ったので、俺達も進む。だが路地には言った瞬間、ゾンビを見失ってしまった。

 ボッチーは「あわわわ!」と分かりやすいくらい慌てた。


「どうしようっす! 居なくなっちゃったっす!」

「まだ慌てる時間じゃない」

「じゃあ、いつ慌てるっすか?」


 よく分からないボッチーの質問に答えず、辺りを見渡して探す。そんなに時間は経っていないはずだ。どこかにいる。

 するとある飲食店の裏口に向かうゾンビが見えた。慌てているボッチーの腕を取って、ゾンビを追う。


「あっちに自宅があるんすかね?」

「いや、多分違う」


 ゾンビがある店の従業員しか入れないドアを掴んで入ろうとした瞬間、俺達はドライアイスを吹きかけた。すぐに一時停止した状態で止まったゾンビを拘束しようとした。


 ガチャっと、店の従業員専用の扉が開いた。


「シューシュー、うるせえな! 火事……、え? うわああああああ!」


 いわゆるキャバクラやホステスの黒服のような男がドアから出てきた。噴射機のうるささにキレていたがゾンビを見た瞬間、黒服の男は叫び、尻もちをつく。


「お、おま、ヤマダ、何で……」

「何やって、……うわあ! ヤマダ! お前、殺して……」


 戸惑う黒服の後ろで他のスタッフが集まり始め、動揺をし始める。全員が何かしら事件性に関わる事をしているのは確かだ。

 そう。【例外】のゾンビと言うのは事件性があり、死に際で強い憎しみを持った遺体である。このゾンビは冷却しても拘束しても犯人の所へ向かおうとするので、もう犯人の元に向かわせた方がいいのだ。

 ボッチーにゾンビを片すのを任せて、俺は言う。


「すいません。彼に関して何か知っていましたら、……うわ!」

「仁さん!」


 ボッチーと叫びと一緒にゾンビが動き出して俺の背中をどついて来た。思いっきりどつかれて結構痛かったのだが、それ以上に反動で帽子が取れてしまった。

 拾おうとした時、再び叫び声が路地に響き渡る。


「ぎゃああああ! 頭、半分無い!」




***


 遺体にゾンビ菌が付着するとゾンビになる。だとしたら生者の壊死した部位にゾンビ菌が付着したら何者なのか?


 例えばボッチーのように大災害で下半身を瓦礫に押しつぶされ、救助が遅れてしまい修復不可能なくらい壊死した所にゾンビ菌が付着する。すると壊死した場所をゾンビ菌は入り込んで共生し始め、ボッチーの意志を尊重するかのように動いてくれる。

 まあ、壊死した部位を補ってくれるのはいいかもしれない。


 問題は、俺だ。


 俺は大事故で全身、主に頭部を強く打って、意識不明どころか死亡宣告されそうな状態だった。だがゾンビ菌がぶちまけた脳漿の所に付着して、立ち上がり、普通に生活している。頭が凹んでいるがこうしてゾンビを追い、車を運転して、ドライアイスを噴射し、始末書を書くことが出来るのだ。




***


 結局、俺の上司は始末書を書いてくれなかった。でも残業代は出してくれると言ってくれた。ありがたい。

 俺はゾンビを見失って市街地まで徘徊させて地域の住民に迷惑をかけてしまった事を具体的に書き、問題点を思いつきで記入して、適当に改善点を書き記した。事件性の高いゾンビは警察でも取り扱いたくないし、そのまま犯人の所まで被害者であるゾンビが行ってくれるなら尾行した方が楽だからだ。

 だから事件性のあるゾンビはわざわざ解き放って、犯人の所まで徘徊させるのだ。

 ちなみに世間では【ゾンビ菌は謎に包まれている】と浸透させている。そうしなければアマチュアの研究者がゾンビ菌を研究して、本当に某バイオハザードになりかねないから下手に手を出すなと言われている。

 だから犯人はゾンビになるわけ無いだろと思って、昔ながらの殺した遺体を山に放置させる者が後を絶たない。そして被害者はゾンビになって犯人の元へと向かうのだ。

 ちなみに今回、ヤマダさんを殺して山に遺棄したキャバクラの黒服達は恐ろしくなって警察に自首をした。


 始末書を全部書き終えて、俺は伸びをする。

 事故に遭う前の職業を生かして始末書を書く記憶もそうだが、車の運転などのスキル、そして全身の疲れた感覚を覚えるたびに考える。


 この意識は俺の物なのか?


 検査で脳だけにゾンビ菌が入っているので手足や臓器物にはゾンビ菌は居ないという。ただ脳だけにゾンビ菌が共生していて俺を動かしている。だけどこうして動いているのは俺ではなく、ゾンビ菌なのでは? そんな事を考えてしまう。


 もし、そうだとしたら……。


「仁さーん、終わったっすか?」


 俺が始末書を書いている間、車や装備の片づけをボッチーにやってもらっていたのだ。俺が「まあ、終わった」と答えるが、ボッチーは「いつも悩んでいる事を考えていたんすか?」と聞いた。どうやら、深刻そうな表情になっていたのだろう。


「カスタード入りのたい焼きだと思って生きてきたけど、本当はあんこ入りのたい焼きだったって事っすよね」

「全然違う」

「じゃあ、こしあんだったけど、本当は粒あんだったすか?」


 俺の繊細な悩みを、大雑把でどうでもいい例えで表すボッチーに脱力する。正直、中身が美味いんだからたい焼きが悩むわけ無いだろと思う。

 だがボッチーは力強く力説する。


「中身が何だろうと関係無いっすよ! 仁さんは仁さんっす!」

「よくあるアドバイスだな」

「そして今が幸せなら十分っす。例えば、仕事終わりにラーメンを食べに行くとかっす」

「……お前が食いたいだけだろ」


 とは言え、俺も食べたくなってきた。ゾンビ菌が入っていても生者は痛みを感じ、空腹を覚えるのだ。

 俺は書き終えた始末書を持って「じゃあ、これを上司に渡したら食べに行こう」と言うと、ボッチーは元気に「はいっす!」と言った。




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