君がいない食卓(妻)
聞こえてるよ。
ちゃんと、全部。
「ただいま」って声も、
少し疲れてるのも、
無理してるのも。
それ、買ってきたんだね。
覚えてたんだ。
私が好きだったやつ。
……嬉しいよ。
ちゃんと、見えてる。
座り方も、
箸の持ち方も、
少しだけ雑になったところも。
変わってないね。
ほんとに。
あの時のまま。
焦がした時のこと、
覚えてるんだね。
あの時さ、
別に、失敗なんて思ってなかったよ。
一緒に食べられたことの方が、
嬉しかった。
……言えばよかったね。
私も。
「今度」って言ったね。
うん、
行きたかったな。
でもね。
その「今度」は、
もう来ない。
あなたも、
分かってるよね。
分かってるのに、
それでも言ってくれるの、
ちょっと嬉しいよ。
ねえ。
ちゃんと休んでって言ったの、
本気だったんだよ。
今も、そう思ってる。
……遅いよ。
ほんとに。
でもね。
怒ってないよ。
責めてない。
あなたが思ってるほど、
私は、遠くにいない。
ここにいるよ。
ちゃんと。
ただ、
届かないだけ。
「うん」って、
言いたいのに。
いつもみたいに。
それだけなのに。
届かない。
どれだけ近くにいても。
どれだけ声を出しても。
ねえ。
分かってるよね。
もう。
それでも話してること。
やめられないこと。
……いいよ。
そのままで。
でもね。
一つだけ。
お願いしてもいい?
ちゃんと、生きて。
私がいなくても。
ちゃんと、笑って。
ちゃんと、終わらせて。
全部。
後悔も。
時間も。
その声も。
「ごめんな」って言ったでしょ。
だったら、
その先に行って。
ねえ。
聞こえてるよ。
だから、
大丈夫、
あなたは、
ちゃんと一人で、
歩けるよ。
本当は——
「うん」って、
言えてるから。
「君がいない食卓」の一つのかたちとして書きました。
見えているのに、届かないもの。
そんな距離の話です。




