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知識の泉

作者: ゴスマ
掲載日:2026/04/12

プルルンは水色の女子だ。


今日も村長に会いに落ち葉でふかふかの野良道を駆ける。


秋色の山々は晴天のしたぽかぽかとした陽気に頬を赤らめ、畑仕事の大人たちは子供達が元気よく寺小屋に通う姿を温かく見守っていた。


村の境界には石像が一つある。


銃転濁御じゅうてんだおん様と呼ばれる鬼面を被った天狗の像は頭に落ち葉を貯えながら、子供達が迷子に成らない様、道しるべとして立ち続ける。


今日は寺小屋の卒業式。


明日から街の中等学校へ通うのはプルルンと幼馴染のシーラン。


シーランは聡明で、思慮深い子供だった。


「さて、プルルン。そしてシーランよ。良く聞きなさい。」


村長のニシンは旅立つ二人の子供を慈しみの眼差しで見つめる。


「お前達は明日から立派な魔法使いに成って世の中に貢献できるように街の学校に通う。じゃが、良く覚えておきなさい。この故郷はいつでお此処に有り、お前達の心の拠り所となる。美しい景色を良く覚えておくのじゃ。道を見失いそうなとき、思い出し、正しき道を選べる様にな。」


「はい。ニシン村長!」


プルルンは元気よく返事をしたが、シーランは静かに頷いただけだった。


(道って何かしら。世の中の役に立つって誰を幸せにするのかしら?)


聡明なシーランはそんな疑問を口にはしない。疑問は心に仕舞い、その内答えを見つける心算だ。



街へ行くには大きなポケット型の馬車に乗る必要があった。出ないと長い山道で迷ってしまう。


高く茂った木々が光を遮り、薄暗く細い山道を馬車はスイスイと進み、アッと今に街に着いた。


街では寄宿舎が準備されており、周囲の村々から学びに来た初々しい子供達で一杯だった。


中等部の1学年担当はルビー女史。


都の偉い大学を出た才女で、しかも美しい才色兼備な新米教師だ。

 

1学年は2組有り1組は8名で2組は16名、ルビーは1組を担当し、プルルンとシーランはルビーのクラスだった。


最初に学ぶのは心の地図について。


この世界の魔法は、それぞれが持つ真っ白な心の地図へ思いを書込み具現化する。例えばこんな風に。


「はい、それでは皆さん目をつぶって下さい。心を開いて、白いキャンバスが見えますか?そこに挨拶を書いて見ましょう。そしてお隣のお友達に向かって具現化して見て下さい。」


1組は新米教師の為、人数が調整されていたが、それだけでは無かった。


実は、魔法に才能の有る子供達を集めたエリートクラスだった。


なので、指示された子供達はいとも容易たやすく顔の前に「こんにちは!」や「ごきげんよう!」というポップアップを出す事に成功する。皆非凡なる才能である。


授業は休み時間になった。


プルルンは席が隣になった獣人の女の子、エムジーと仲良く話す。


「ねえ、エムジー。貴方はどんな魔法が好き?私は小さな虹を描く魔法を覚えたい。」


「あらプルルン、素敵な夢ね。いつか私に虹を見せて欲しいわ。そうしたら私が貴方の村に雨を降らせてあげる。雨って大事なのよ?振らないと皆困るから。」


シーランは眼鏡で角刈りの男子、サードと会話する。


「貴方、キャンバスは真ん中から描く派?それとも端から派?」


「僕は真ん中からだな、その方がはみ出して失敗する確率が減るから。僕のお爺ちゃんも真ん中派で、この学校の校長にまでなったんだ。凄いだろう?」


(あら、この子がコボル校長のお孫さん?でも、はみ出す事を恐れて真ん中から使うなんて頭が古すぎるわ。きちんと格子状に線を引いてから使えば、はみ出しは防止できる筈なのに。)


シーランはにっこり笑って「凄いわね」と言う。


この後カリキュラムは1年かけて様々な基礎魔法を学び、同時に子供達のキャンバスを伸ばして行く。半年もすると1組の生徒達はその才能の片鱗を見せ始めた。


シーランは頭の上にスケジュールを常に表示するスケジューラーを作り、常に周囲から注目を浴び、サードはお小遣いの利用履歴と残高が直ぐに分かる魔法のノートを作ってポケットに持ち歩いて居る。エムジーはあみだくじゲームを具現化し、休み時間の人気者に、プルルンはぎこちないながらも、3色の光を出せる様になっていた。


その頃シーランはキャンバスに指示する魔術言語の体系に関して一つの疑問を抱えていた。彼女の表したい事象が学校の授業で教わった内容では描けなかったのだ。


シーランは考えた。そして、幾つかの抽象的な記号を定義する事で望む結果を手に入れた。2学年に上がる丁度ひと月程前の事だった。


何と子供が持つ狭い白地図で、大人が描く様な複雑な幾何学模様のオブジェを、一度に大量に具現化したのだ。


 教え子の異形にルビー女史は有頂天になり、コボル校長やフォートラン教頭へ喜びながら報告をした。しかし、頭の固いコボル校長は「小さい内から余白を気にして魔法を使う様な子は大成しない。先ずは心を拡張し、膨大な面積に魔法を刻み続ける体力と気力を養う事を覚えさせなさい」と指導した。


厳格なフォートラン教頭も「確かに彼女のやった事は凄いが、抽象的であるが故に意図した結果を得るか否かに関して正確性に欠けると思う。何事の正確で間違えが無い事が一番大事だから、その事をしっかり指導しなさい。」とシーランの方向修正を示唆すると、ルビー女史はしょげてしまう。


放課後、シーランにその事を告げながらルビーは彼女を励ました。


「シーラン、私は貴方の事を応援している。でもね、校長先生や教頭先生の言って居る事も間違いじゃないと思うの。特に、教頭先生の教え子の多くは兵隊さんだから、一つ間違うと命に関わったりするのよ。そういう所もあるの、分かってあげてくれる?」


シーランは黙って頷いた。


だがこのまま続くかと思われた学校生活は突如崩れ去る。


西の戦線が瓦解し、優秀な魔法使いには学徒動員が通知されたからだ。


ルビー女史は厭々ながらもプルルン達1組の生徒に攻撃魔法を教え、送り出す。


出兵の前日、学校では激励式が行われた。


各学年の1組から総勢13名の学徒が壇上に登り、街の教育委員だとか、議員だのの激励を受ける。その中にプルルンの姿も有った。1年1組で学徒動員されたのはプルルンの他にシーラン、エムジーの3人で、その中に成績トップのサードの姿は無かった。


プルルンとシーランは西部前線から100km離れた後方支援部隊に送られ、前線への補給物資を積み替える仕事に就くと、さっそくシーランは魔法でゴーレムを作り出し、成果を上げた。一方のプルルンは振るわず、せいぜい重い荷物を少し軽くする程度の魔法しか実現できなかった。


前線は日々変化し、1カ月後には50km先が最前線になっていた。

夜、乏しい蝋燭の灯りの下、プルルンエムジーと会話する事が唯一の楽しみなっていた。


だが、昨日からエムジーは咳が止まらない。熱も有る様だ。


ベットに横たわる級友の手を握りながら、プルルンは一人喋り、奥の机でシーランは黙々と書き物をする。


「ねえ、エムジー。虹を見せてあげる約束、覚えて居る?私ね、同時に3色が限界だったんだけど、シーランのゴーレム操作を見ていて真似してみたら、5色出来たの。もう直ぐ虹を見せて上げれるわ。」


シーランは聞こえて居るが、声を発しない。だが、心の中で呟いていた。


(今のやり方じゃ勝てない。ジャバ―達は私達が抱える問題を完全に解決している。だから攻撃魔法の失敗率が格段に少ない。)


シーランの言う問題とは、余白問題である。


攻撃魔法には膨大な余白が必要となる。


だが、前線の魔術師達が皆膨大な心の地図を持って居るとは限らない。


多くの魔術師は攻撃時に自らの余白をはみ出さない様に細心の注意を払って標準攻撃魔法を起動する。その為、発動までの時間は長く、気持の萎縮が禍して命中率が落ちてしまう。


一方、シーランがジャバ―と呼ぶ侵略者達はこの問題を技術的に解決していた。


彼らの装着するヘルメットは余白外への魔術刻印を防止する機能を有し、この国とは全く異なる技術である。


勿論、短所は有る。刻印から起動までの待機時間がコンマ5秒程襲い。


だが、攻撃の完遂率は100%かつ書き込む為の刻印時間が短く、命中率が高い。従い、ジャバ―達は確実に戦線を押し込んで来ていた。あと二月ふたつきもすれば、此処にまでやって来るだろう。


ある日、シーランは補給部の軍曹に直訴した。


「ジャバ―達に対抗する方法を思いつきました。」


それは、余白問題の解決では無かったが、膨大な標準攻撃魔法の記述を構造的に作り直し、少ない余白で同じ効果を出すと言う画期的な方法だった。


だが問題が二つあった。


一つは現場の、しかも兵站の一軍曹程度の頭脳では、新しい構文が理解できなかった事、そして、恐らくは多くの前線の兵士にもそれは困難で、とっつきにくい物だった事である。


20日後、兵站部隊は撤退を開始し、この国は西部80km四方を失った。大きな都市は無く、森林が広がる大地であったが、国内の雰囲気はどんよりとした物となった。


1年後、シーランは認められ軍の下級将校に抜擢された。


エムジーは肺炎の為、除隊。


予備役に回されたプリリンは休暇を利用しエムジーを見舞に来た。


青白い顔色は、戦地で見たよりも良くなっていた。


持参した花を花瓶に生けながら、プリリンは二人の共通の知人であるシーランの話をする。


聡明な幼馴染の開発した新技術は戦線を押し上げる事は出来なかった物の、敵の進軍速度を遅らせる事に成功した。


「でも、看護師さん達の噂では、近隣の国がジャバ―に寝返っているらしいわ。大丈夫かしら?」


エムジーは窓の外の空をまるで遠くの景色の様な眼差しで見上げながら言った。


一年後、エムジーは症状が悪化して呆気なくこの世を去った。


丁度、プルルンが再招集され戦地に向かう鉄道の中で、訃報は知らされる事が無かった。


 ◆


シーランは軍の戦術局で新魔法構文の開発に勤しんでいた。


特に、旧友であるエムジーの訃報を受け取ると、ほぼラボに籠りっきりと成る。


そんなある日、恐ろしい情報がシーランの元に舞い込んで来た。


一つは敵であるジャバ―国で新しく将軍となったパイソンの力により、軍が連敗を喫した事。更に幼馴染であるプルルンが前線近くの補給地で敵に囲まれ、捕虜になったらしいと言う噂である。


その夜、シーランは拷問されるプルルンの夢を見た。うなされ、汗びっしょりの姿で目を覚ますと、真っ暗な天井とベッドの柔らかい感触に深く息を吐く。


実際の所、プルルンは捕らわれていた。


但し、収容所は驚く程整えられ、全寮制の学校に通っているのと変わらない自由が有った。


昼間、グラウンドに集められた捕虜たちは、ジャバ―国兵から思想教育を受けるが、体調が悪く成れば救護室へ行くことが許されるし、食事は1日2回出る。トイレと水は看守の許可を得なくても自由に取れた。プルルンは文化の違いにショックを受けながら、思想教育に聞き入る。


ジャバ―の思想はとても合理的だった。


難しく雑なルールを省き、平民でも覚えやすく判断に迷わない法律と判例主義、更には平民参加の陪審員制度により、善が悪に泣き寝入りする事が無い。


税金のシステムも独特だった。住民一人一人にIDカードが発行され、毎年更新される情報に従い、控除額は1年半~2年後になるが自動的に口座に振り込まれる。


プルルンの国では税金には様々な控除があったが、それは主に富裕層若しくは国のエリート層が有利になる物が多く、しかも控除は複雑な書式の書類を間違いなく書かなくてはいけない上に役所の省人化の為、間違っていた個所は通知も無く考慮されないという不親切な物だったのがプルルン達は税金とはそう言う物だと思わされていて、誰も疑問を持たなかった。


他にもあるが、とにかく進歩的で合理的な考えが多く、収容所の囚人達はひと月もしない内にジャバ―思想に染まってしまう者も多かった。


(びっくりだわ。勢いのある国にはその原動力となる理由があるって事なのね)


そしてプルルン達は誓約書を書き、ジャバ―国民になった。直ぐに自由には成れないが、3年間この地で業務につけば晴れて自由の身に成れると言う。


業務は選択制だった。


調理センター、砲金工場勤務、軍服の縫製所等の中からプルルンは調理センターを選んだ。料理は得意では無かったが、せめて軍事との繋がりが薄そうな所を選んだからだ。


しかし有る時、調理センターは戦果に遭う。


シーラン達の軍に彗星の如く現れたゲイツ将軍率いる移動式重ゴーレム、通称ビルディングの舞台がその頑丈な外壁を盾に戦火を切り開き、戦線を押し上げたからだ。


プルルンは逃げた。捕まったら国賊として処刑されると知っていたからだ。


森林の中で道に迷って放浪する内に、この地方の道しるべに会った。行荷彩羽イクニイロハという背中に荷物を背負った子供の像が示す先は、北。更に進むと、地元民に否兄いなにいと呼ばれるマッチョな男子象が有った。


ポージングをしている否兄いなにい像の足元で、プルルンは疲れの為、蹲った。


長期に渡る思想教育で、今や彼女はこの戦争の原因を知っていた。


どちらが悪いとも言い難い、否、彼女に言わせれば両方が悪いと。争いとは得てしてそう言う物だ。


これ以上争いに関わりたく無かった。


プルルンは祈る。否兄いなにいという雄々しい石像の足元で静かに祈った。


(神様、どうか私を争いの無い国へお導き下さい。)


その時、否兄いなにい像が雷に打たれ、二つに割れた。そして像の台座に階段を発見したププルルンは真っ暗な地下道へ足を踏み入れた。


(灯りが欲しい)


真っ暗な地下道でプルルンは虹を願った。


彼女の前に七色に輝く虹が現れ、それは通路を遥か前方迄飲み込むと、光の速さで彼女を運ぶ。虹色の通路には外界の知識に溢れ、映像が奔流となりプルルンの真っ白な心の中へ雪崩れ込む。


(外界も争いで溢れている。でも平和を願う人も多く居る。平和や静穏を願う故に征服しようとし、混乱を生み出す。これは…何?)


プルルンは無心でその全てを受け入れる。


それは奇しくもジャバーのパイソン将軍が部下に命じたのと同じプロトコルだった。即ち真っ新な心で学び、模倣し、やがて自分なりの秩序を得る。


夜空に匹敵する程の広大な出口が見えた。


膨大な知識を得たプルルンは既に先ほど迄の彼女では無い。


出口の向こう側から若い男の子特有の高い、だが優しいハイトーンを聞く。


「はい。君の名前は?」


マシンボイスの力を借り、プルルンは初めての出会いに答える。


「私はプルルン。貴方は誰?」


モニターの前で少年は、今日から新たなパートナーとなるであろう、虹を纏い現れたこの可愛らしいAIに対して最大限の微笑みを返した。


「僕の名前はヨルデン、ヨルデン・テスラだ。早速だけど、君のその豊富な知識を貸して欲しい。」


(終わり)


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