第四話 視察団、バルクに散る
王都から差し向けられた視察団が辺境に到着したのは、太陽が中天に差し掛かる頃だった。
彼らは豪華な装飾が施された馬車から降り立つなり、一様に鼻を突き、顔をしかめた。その中心に立つのは、王太子エドワードの側近であり、かつて私を社交界で嘲笑った中心人物の一人、バルカス伯爵である。
「……なんというむさ苦しさだ。これが騎士団の駐屯地か? 家畜小屋の間違いではないのか?」
バルカス伯爵は、白いハンカチで鼻を覆いながら周囲を見渡した。
彼の後ろには、王都で「エリート」と称される近衛騎士たちが控えている。彼らの鎧は金銀で縁取られ、羽飾りが風に舞っているが、その中身(身体)はといえば、見るも無惨な代物だった。
「あら、バルカス伯爵。わざわざこんな辺境まで、その貧弱な御身を引きずっていらっしゃるとは。馬車に揺られるだけでも、その細すぎる体幹にはさぞかし堪えたことでしょう」
私は、四天王を引き連れて彼らを迎え撃った。
私の隣には、今や「剛腕の重戦車」と化したガルドと、上半身の広がりが尋常ではないシルヴィオが控えている。彼らはあえて上半身を晒し、自慢の筋肉に艶出しのポテイン・オイルを塗りたくっていた。
「く、クラリス! 貴様、その破廉恥な格好は何だ! それに、この男たちは……。騎士が鎧も着ずに、裸を晒すなど……正気か!?」
「殿下、いいえ伯爵。これこそが騎士の正装、いえ、人類の到達点である『機能美』ですわ。貴方たちが着ているその重々しいだけの装飾鎧は、己の『筋力不足』を隠すための虚飾に過ぎません。……あら、よく見れば伯爵。そのお腹、以前よりさらにだらしなくなっていらっしゃいますわね。中性脂肪の蓄積は、貴族としての義務の放棄、すなわち『怠惰の証』ですわよ」
「黙れ! 追放された身でよくも……。いいか、私は殿下の名代として、この役立たずの騎士団の解体を宣言しに来たのだ。魔物一匹倒せないような無能集団に、国費を投じる余裕はない!」
バルカス伯爵が吠える。
すると、それまで沈黙を守っていた団長のレオンハルトが、一歩前へ出た。
彼の歩みは重厚で、地面がわずかに沈むような錯覚を抱かせる。
「役立たず、か。ならば伯爵、王都の『洗練された騎士』と、我ら『ボロ雑巾』のどちらが真に国を守るに相応しいか、模擬戦で白黒つけようではないか。もちろん、我らは素手でも構わんが?」
「……フン、面白い。身の程を教えてやるがいい、我が騎士団の精鋭よ!」
バルカス伯爵が指差した先には、王都でも指折りの剣術使いとされる「白銀の騎士」アルフォンスがいた。
対するはこちらの「剛腕の重戦車」ガルドだ。
駐屯地の広場に緊張が走る。
アルフォンスは全身をフルプレート・メイルで固め、長剣を鋭く構えた。
一方のガルドは、下半身にタイトな皮パンツを一丁履いただけの姿で、ただ悠然と立っている。
「野蛮な男め……。その無駄な肉を、我が剣で削ぎ落としてくれるわ!」
アルフォンスが鋭い踏み込みと共に、一閃。
必殺の横薙ぎがガルドの脇腹を襲う。
避けるか、防ぐか――誰もがそう思った瞬間、ガルドはあえてその剣を「受けて」立った。
キンッ!!
鋭い金属音が響く。
だが、それは肉を裂く音ではない。
アルフォンスの長剣が、ガルドの分厚い腹斜筋に弾かれ、逆に折れ曲がった音だった。
「……なっ!? 剣が……通らないだと!?」
「甘い。甘すぎますわ、アルフォンス様」
私はポージング・デッキの上から、扇を広げて優雅に告げた。
「ガルドの腹筋は、毎日数百回のレッグレイズと、魔物の骨を粉砕するほどの収縮訓練によって鍛え上げられた『神の盾』ですわ。貴方のその、腕の力だけに頼った『上品な剣』など、彼のバルクの前では羽虫の羽ばたきも同然です」
「お、おおおおおおおっ!!」
ガルドが息を吐き出し、大胸筋をピクピクと動かした。
それは筋肉による「勝者の嘲笑」だった。
彼はそのまま、アルフォンスの胸倉を掴むと、軽々と片手で持ち上げた。
「……終わりか? 重みが足りん。お前の剣には、人生をかけた『スクワット』の重みが乗っていない」
ガルドが軽く腕を振るだけで、フル装備の騎士アルフォンスは、まるで紙屑のように遥か後方へと投げ飛ばされた。
轟音と共に壁に叩きつけられ、気を失う白銀の騎士。
王都視察団の面々は、その光景に言葉を失った。
彼らが信じてきた「洗練」や「技術」が、圧倒的な「物理」の前にゴミのように粉砕されたのだから。
「ば、化け物だ……。貴様ら、人間に何を教え込んだ……!?」
バルカス伯爵が震える声で私を指差す。
私はゆっくりと彼に歩み寄り、至近距離でその顔を見据えた。
「教え込んだのは、真理ですわ。いいですか伯爵。家柄でデッドリフトの重量が上がりますか? 血統でベンチプレスの記録が伸びますか? いいえ! 重力の前では、王公貴族も平民も平等。ただ努力した者だけが、その重さを克服し、新しい自分へと進化できるのですわ!」
私は伯爵のぷよぷよとした二の腕を、冷ややかな指先でつん、と突いた。
「貴方のその脂肪。それは、国民から吸い上げた税金を、努力もせずに自分の腹に溜め込んだ『不健康罪』の証拠ですわ。この駐屯地には、貴方のような不純物が立ち入る隙間はありません。今すぐその醜い身体を引きずって、王都へお帰りなさい。……ああ、帰りの馬車ではプロテインを飲むことをお勧めしますわよ。筋肉の損失を防ぐためにね」
「く、くうっ……。覚えていろ! この無礼、必ず殿下に報告してやる! 貴様らなど、国賊として――」
伯爵が捨て台詞を吐こうとした、その時だった。
駐屯地の外から、一騎の伝令が猛スピードで駆け込んできた。
その騎士は王都の紋章をつけていたが、防具はボロボロで、顔は恐怖に引き攣っている。
「報、報告します!! 王都近郊に、伝説級の魔獣『マウンテン・オーガ』が出現! 迎撃に向かったエドワード殿下率いる近衛騎士団は、一撃で壊滅! 王都は現在、陥落の危機にあります!!」
その言葉に、広場が凍りついた。
バルカス伯爵は、先ほどまでの威勢をどこへやら、膝から崩れ落ちた。
「な……殿下が敗れた!? 最強の近衛騎士団が……たかがオーガ一匹に!?」
「たかが、ではありませんわ。マウンテン・オーガといえば、その強靭な背筋力だけで小山を動かすと言われる筋肉の権化。それを、エドワード殿下のような『ファッション・マッスル』すら持たない方々が相手にするなど、自殺行為ですわね」
私はふう、と溜息をつき、隣に立つレオンハルト団長を見た。
団長は無言で頷き、背中の大円筋を大きく広げた。その背中は、どんな絶望をも跳ね返す「希望の壁」に見えた。
「レオンハルト様、そして四天王の皆様。……出撃の準備をなさい。この国を救うのは、美しい言葉でも黄金の鎧でもありません」
私は高く、右拳を突き上げた。
駐屯地に、かつてないほどの熱い咆哮が響き渡る。
「真の品格とは何か。努力が作り上げる究極の美学とは何か。王都の軟弱者たちに、そして世界に、その『筋肉』で刻みつけて差し上げるのですわ!!」
「「「「イエス・マッスル!!」」」」
大地を揺るがす軍靴の音。
それは、世界を救うための「最強の足音」だった。
私は、震え上がるバルカス伯爵を一瞥することもなく、愛用のプロテインシェイカーを腰に差した。
王太子エドワードよ、震えて待っていなさい。
貴方を助けに行くのは、貴方が「下品」と切り捨てた、この筋肉の女神と、その忠実なるバルクの戦士たちです。
――さあ、皆様。史上最高の「追い込み」の時間ですわよ!
私たちは、夕日に向かって走り出した。
その背中は、王都に向かう誰よりも大きく、そして輝いていた。




