いつか空へとかえる(メルヴェーユ視点)
深夜。メルヴェーユは船のデッキに置かれている椅子に座りながら、星空を眺めていた。
膝の上にはメリッサがだらりともたれかかり、穏やかな寝息を立てている。
とても静かな時間が流れていた。
そんな中、突然、話しかけられた。
「隣。いいですか?」
テレサだ。
「構わん」
メルヴェーユは言った。
テレサは隣の椅子に座ってから、
「船での暮らしはいかがですか?」
「ここはとてもいいな。メリッサと一緒に椅子に座ることもできるし、俺が床に座ることもできる」
テレサは微笑んで、
「メリッサちゃんのこととても大事にしていらっしゃるのですね。まるで宝物みたい」
メルヴェーユは星空を見上げながら、呟くように言った。
「その通りだ。メリッサは俺の大事な宝物だ。俺一人では背負いきれない罪も罰も、この子の知らないところで俺はこの子に背負わせてしまっている。一人じゃないから、俺は生きていける」
「まさに運命共同体ですね。でも、メリッサちゃんがあなたのそばから離れたいと言ったら、どうするんです?」
テレサの問いに、メルヴェーユは少しの間を置いてから、
「いつかこの子が空に帰るまで俺はそばにいると決めているんだ」
「空?不思議なことを言うんですね」
「俺は本気でそう思ってる」
突然の強い口調での言葉に、テレサは本気で驚いているようだった。
テレサは空を見上げ、空を指さした。
「空にあるのは雲だけです。空の向こうに天の世界などきっとありません。天の世界がもしあったら、その子はここにはいません」
「そんなことはない。メリッサはドジだから、落ちることもあるんだ」
「面白いことを言いますね」
ムキになったメルヴェーユの言葉に、テレサは目を細めて、笑った。
「どうとでも言え」
メルヴェーユは幼い頃のことを思い出した。
自分が死病に倒れ、小屋に隔離され、メリッサに看病されていた頃のことだ。
小屋の片隅でメリッサは自分の看病で疲れ果て、眠っていた。
その時、背中が小さく盛り上がっているのが見えた。
その頃になると、大分快復していて、体も動くようになっていた。
好奇心に抗えず、眠っている幼い少女の服をめくり、背中を見た。
そこには、とてもとても小さな白い羽が生えていたのだ。
メルヴェーユは声を上げそうになった。
メリッサが寝返りを打ったので、驚きで声は出なかった。
もう一度寝返りを打った時、背中をめくってみた。
そこに羽はなかった。
幼いメルヴェーユは思った。
この子は空から自分を助けるために落ちてきたのだと。
それで、いつか空に戻るのだと。
その時まで、一緒にいて、この子を守ろうと誓ったのだ。
メルヴェーユを現実に引き戻すように、テレサが呟いた。
「帰る世界がない天使もこの世にはいるんですよ。まるで迷い子のように」
彼女の言葉には透明な悲しさが滲んでいた。




