黒い異形(レイエ視点)
契約さえなかったら、契約さえなかったら俺は今頃自由だったのに……。
くそ、レイエの姿になれないし、体に力が入らねー。
この奈落からどう出ればいいっていうんだ。
メリッサはきょろきょろしながら、
「レイエさんどこですか?この黒いのに食べられちゃったんですか?」
そう言いながら、俺を指差してきやがる。
俺が人間なんてまずそうなもん食うわけねーだろ!
レイエがいないことがわかったメリッサは、今度は俺をじっと見つめている。
こいつを守りきらないと、契約不履行で俺は……。クソ、消えてたまるか!
メリッサは俺に向かって、
「大丈夫ですか?痛いんですか?」
俺は頷いた。
「じゃあ、痛いの痛いの飛んでいけしてあげますね!」
そう言ってメリッサは得意げに俺に回復魔法をかけた。
う、うぐぁぁぁ。
や、やめろ!
お前の聖属性の魔法は、俺にとっては、あぁあぁ!
メリッサは焦りを隠さずに、
「?どうしたんですか?苦しいんですか!」
俺は必死こいて頷いた。
「困りましたね」
そう言って、体育座りになって俺をじっと見つめだした。
それから、おもむろに立ち上がって、俺の体の上に思いっきりジャンプして、跳ね出した。
「アハハ!やっぱりです!ブヨブヨしてよく跳ねます!」
ゲフゲフ!
やめろ!お前、俺の何見てやがったんだよ!
弱ってるやつの上で跳ねるな!狂人かよ!
俺はなんとかもんどり打った。
メリッサは、「わー」という軽い悲鳴を上げながら、地面に転がった。そして、申し訳なさそうに、
「ああ、なんということでしょう。好奇心に負けちゃって、ごめんなさい」
だろうよ。
メルヴェーユだって同じことしてただろうよ。そいつに仕えてりゃ思考回路も同じになるだろうよ。
メリッサは辺りをキョロキョロし、
「出口を探してきます!待っててください!テレサさんに会えたら、きっと助けてもらえます」
んなわけねーだろ!
ここはダンジョンの深層部だぞ!
こんな所に人なんていねーよ!
俺は声を振り絞り叫んだ。
「んごごご」
クソ!
これしか声が出ねー。
「うん◯したいですか?ちゃんと紙持ってますよ!」
ちげーよ!
メリッサは歩き出したため、痛みに悲鳴を上げながら、体を引きずるように追いかける。くそ、体が重い。
一方のメリッサは、「ランラーン」と歌いながら、軽やかに進んでいく。
おい、歌うな!
魔物に見つかったら、どうすんだよ!
今の俺だと、守りきれねーぞ!
暫く歩くと、メリッサが足を止めた。
地面に目を落とし、しゃがみ込んで何かを拾った。
キラリと光ったそれは魔石だ。
小さいが、これさえ食えれば少しは回復するぞ。
「んごご!んごご、んごご!」
俺は手を前に出し、それを寄越せと催促する。
メリッサは驚いたように俺を見て、魔石をベロっと舐めた。
おい!
それはお前の食い物じゃねーんだぞ!
寄越せ!
俺の必死さだけは理解したらしく、ベロベロ舐め出しやがった!
お前にとっての美味いものじゃねーんだよ!
クソ!
本当だったら、俺はこいつを利用してもっとデカい魔石を手に入れて、契約も吹き飛ばして、こんなところおさらばするはずだったのによ!
メリッサは魔石を食おうとしたから、俺は体に力を振り絞って、魔石を奪い取った。反動で無様に地面に転がるがそんなの関係ねえ!
俺はよだれまみれの魔石を口に入れ、飲み込んだ。
小さいが、うめー。
体に僅かばかり力が蘇る。
千年ぶりの魔石だ。
千年ぶりの魔石が、よだれまみれだったけどな!
メリッサは俺をじっと見つめて、
「ちょっとは元気になったんですか?」
俺は頷くと、
「じゃあ、もっと探してきてあげます!」
そう言って、メリッサは魔石を探し始めた。
小さな魔石の欠片も石っころも一緒くたにして俺の口に詰め込み出した。
おい、魔石と石くらいもっとちゃんと見分けろ!
かろうじて普通に歩けるようになった俺は、メリッサの後ろをついて歩くが、腹が重い。ゴロゴロと石たちが揺れる音がする。
まだ、レイエの姿には戻れそうにないな……。
しばらく歩くと、瘴気が濃くなり、嫌な気配がする。
まずい。
今の俺は戦う力はないぞ。
案の定、上半身は裸の女、下半身は蜘蛛の女が出てきた。
「わー、足が蜘蛛ですー!」
素直に驚いてんじゃねー!
逃げんだよ!無理か。
こんなところで俺もこいつも終わるってーのかよ!
魔物は口から蜘蛛の糸を吐き出したが、メリッサの体が光りだした。
背中のローブが膨れ上がり、破れた。
現れたのは純白の羽。
「やめてください!あっち行ってください!メッメッしちゃいますよ!」
その言葉とともに、聖属性の波動があたりに広がっていく。
蜘蛛の糸は波動により消し去られた。
なんて強烈な力なんだ。
俺すら、消えそうだ。
まずい、ここで消えたくない!
消えてたまるか!
メリッサは泣き叫んだ。
「もうお家帰りたいですー!私は王様の召使でお姉ちゃんだから、ルンルンしてあげなくちゃなの!」
お前は王様のお姉ちゃんじゃねーよ!
波動は強まり、強風が発生した。
風でめくれた服の下のメリッサの体には、アザがない。
だが、ダンジョンも消え、俺とメリッサは元のスラム街へと戻っていた。
メリッサは力を使いすぎたため、意識を失い、倒れ込んだ。
羽は消え、破れた服から覗く体は黒いあざだらけだ。
テレサがやってきて、
「ああ、レイエさん。本体は巨大な黒いイモムシみたいなんですね」
えらく失礼なことを言いやがった。
「今、戻してあげます」
そう言って、俺に魔石を渡した。
俺はそれを飲み下し、魔力を回復したところで、レイエの姿に化ける。
「助かりましたよ、テレサ嬢」
「いいえ。そういえば、今回のように大規模なダンジョンが発生した時に、生まれる魔石を飲めば、契約もきっと破棄できるほどの力を得られたでしょうね」
「なんのことやら」
テレサは目を細めながら、俺を見た。
こいつ、全部見透かしてやがる。
「奈落の魔石は確かに誕生しましたが、レイエさんは飲めませんね」
そう言って、テレサが懐から取り出したのは聖力が込められた聖石だ。
「聖石がこんなところに……。もしや」
俺はメリッサを見た。
テレサは底知れぬ笑みを浮かべ、
「聖なる力はダンジョンを消し去り、魔石を聖石へと変化させたんです。こんな力が強い聖石が存在してしまうと、人々はこの石を巡ってきっと争います」
「どうするんですか?」
「今のところは私が預かっておきます。私の死後はテレマスヴォルグアが守ります」
テレサは地面に転がっているメリッサを抱き上げると、
「この地上に、天使が生まれてきたんですね。天から地に落ちた天使は堕天使と呼ばれる。では、地上で生まれた天使はなんと呼ばれるのでしょうね」
「さあ」
俺は肩を竦めるしかなかった。
「地にも天にも居場所はなく。まるで、迷い子だわ。でも、生きていくしかないから嫌になりますね」
そう言いながら、テレサは酒場へと歩き出した。




