攻略対象その3って何なの
2作目です。忌憚ない感想貰えると助かります。
「カイルステッド公爵令嬢っ! 偏執的な身分主義から健気な令嬢を虐げ、その命さえ奪おうとする悪虐非道っ。国母となるには相応しくないっ!よってこの場で婚約破棄とするっ!」
「え、婚約破棄、コンヤクハキ、こんやくはき、今夜クハキ、クサキ、草木?....... 」ロベルト第1王子の促音とエクスクラメーションマークを多用した宣言を聞いた途端、とんでもない頭痛とともにレオン・ヘルナー、武勇の名門ヘルナー伯爵家、その当主である現騎士団長の次男、赤い髪の騎士志望、王子の側近その3である俺は前世を思い出した。
前世の記憶といっても日本という国の少しオタクよりのサラリーマン、体を動かす事より家でゲームをする事が唯一の楽しみだった人物のブラック企業社畜→過労死コースを辿った人生のふんわりダイジェストと同じ人種の姉に勧められたWeb小説のあらすじ諸々が、レオンとして生きた18年に昔話みたいな知識として追加された様な感じだ。
ただその知識のお陰で現在進行形で断罪返しの1幕に攻略対象その3として参加している事に気がついた。本当に進行形、真っ最中…だ。
転生するなら外れスキルが実はチートでハーレムを展開する主人公が良かった。だがこれは明らかに悪役令嬢断罪返しWeb小説『悪役令嬢はだめな婚約者を断捨離します』通称『だめ捨離』の世界だ。主人公は目の前にいるジェーン・カイルステッド公爵令嬢、そして断罪返しでざまぁされるのは、壇上のロベルト第1王子とその腕にぶら下がっている男爵令嬢ルル・カーペンター、攻略対象その2のインテリメガネ枠、宰相の息子、イライアス・カルジン、その4のゆるふわ男子枠、神官の息子、ユーリ・スカラー、そして、その3の脳筋枠、騎士団長の息子である俺だ。
そもそも立太子直前の第1王子が海外の賓客を招いた建国式典と自分の正式な婚約発表の場で、婚約破棄宣言するなんて絶対断罪返しされる、いやされないで話は成立しない。
正にあらゆるざまぁ物語での序盤、既に様式美の域になってる断罪シーン。
『だめ捨離』ではこの後の断罪返しから自分を取り戻した主人公が辺境伯に溺愛される恋愛物語が展開する。
何だってこんなタイミングで前世を思い出すんだよ。こういう前世ものって子供の時に思い出すもんでは?そんでもって破滅を避ける為に色々頑張るものでは?
前世の記憶が知識として追加されると、実年齢プラス30歳位の経験値と大人の常識が加えられ、直前までの黒歴史に、もう耐えられない……
あざとさと可愛さの区別もつかずルルの永遠の騎士とか誓いたてちゃったよ。10代の若者の掻きむしりたい記憶、あ゛〜もう消えたい。過去を消し去りたいぃ。
いや、今逃避してる場合じゃないな。
壇上のチョロベルト、敬う必要がないアホだからチョロベルト。奴の穴だらけの計画では、俺がジェーン嬢を拘束するという完全不敬罪案件が含まれている。
物語ではそれが理由で死罪、さくっと『レオンは死罪になった』という一文で終わっていた。
攻略対象その3脳筋って傷害罪枠だから物理ざまぁが問答無用で適用されるし、当然だよねとばかりに説明が軽いんだよ。
ヤバい死罪一歩手前、どうする、ジェーン嬢に手を出さなくても貴族籍剥奪、炭鉱送りか、生きて帰れない国境沿いの最前線送りか。いやいや、この場を無かったことにする方法はないか、考えろ、考えろ、考えろ…
ふと横にいるイライアス、ユーリをみると様子が可怪しい。確かイライアスが冤罪の証拠を読み上げ、ユーリが教会の見解だと代表でもないのに語る…はずなのに動くことなく目を見開き何か呟いている。
ふと直感から2人の肩を軽く叩き自分に意識を集める。3人の目があった瞬間、あ、こいつら同じだとお互いに理解した。偶然にも3人共にこのタイミングで前世を思い出し、詰んでいる事にパニクっている。
すでに始まってしまった破滅への三文芝居。破滅がわかっている芝居に参加する酔狂な奴はいない。
チョロベルトが動かない俺等に苛ついた目で、ヤレと訴えてる。ヤレは三文芝居を演れってか、だったらもう少しまともな演目にしてくれよ……
あ〜もう演るなら、アドリブで好きなこと演ってもいいか。
そもそも人前で何かやるって、前世の友人の結婚式でやった余興位しかないんだけど……あぁ、それか。追い詰められた俺は、人前で出来ることを演る事にした。
「ちゃっ、ちゃらーん。婚約破棄というのは愛の試練という名のドッキリです。これから我々は高貴なる御方の愛を歌わせていただきますっ!」
自分でも意味が分からない流れも道理も無視した事を叫び、ヤケクソで前世の有名アイドルグループの結婚式で人気ナンバーを歌いだした。出来ればドッキリ看板出したい。
前世でいう結婚式で新郎の友人達の出し物、ドッキリ種明かしの後に歌います、というやつだ。イライアスもユーリも一瞬間があったが、やはり前世持ち、超有名ナンバーだし、直ぐに歌を合わせてきた。
ドッキリなんて知らない貴族達は、チョロベルトの婚約破棄宣言とそれを冗談だと叫び歌い出した俺達の一貫性のなさについてこれていない。この世界の常識からすると、完全にご乱心案件、まぁ前世でもかもしれないが。
チョロベルト&ルルのお花畑カップルは対応力のなさと所作の悪さから人前で口開けて棒立ち、間抜け顔を晒している。
ジェーン嬢も悪役令嬢ポジで婚約破棄への返しはできたかもしれないが、取り巻きが歌い出すという不測の事態にアルカイックスマイルを浮かべながらも、ただ立ちすくんでいる。いや、このカオスな状況で表情を崩さないのは流石。
ヤケクソで歌っているのだが、俺達は前世の有名声優ばりのイケボ、そしてイケメン、そうキラキラ攻略対象。
某アイドルグループの名曲、何百年先も愛を誓う歌を歌い上げると、その場の女性達の視線がうっとりしている。
チョロベルトも参加すれば4人組の前世でいう星や音符がついたアイドルライブ風になりそうだ。
流れを変える事が出来たので、仕上げにこれまた有名な教科書でもお馴染みオンリーワンな花の歌を歌い、終わりのラをより長く繰り返しながら、俺はチョロベルトの肩を力技で押さえ込み、肩を組んだ風で引きずり扉へ向かい、それに合わせてイライアスはジェーン嬢をエスコート、ユーリがゆるふわ男子のアイドルスマイルで締めつつ全員でその場を退場した。アイコンタクトだけも追い詰められると何とかなるもんなんだな。
あ、ルルは面倒なのでその場に放置。
ユーリのノリが意外だったが、終わりのラとゆるふわ男子の笑顔、結構使えるな…
俺達が退場した後、陛下が「王子の拙い余興でしたが、建国記念パーティをそのままお楽しみください。」とあれは余興、そしてこの場は建国記念パーティだけですと強調し、俺らを追って別室に退席した。
「余興ですよ。ヨ・キョ・ウ。」
招待客達の理解が追いついていない状態から、その場を引き継いだ王弟殿下の元、建国記念パーティとして式は終わったそうだ。
別室に引き上げたメンバーに対し、チョロベルトが癇癪を起こすところで、遅れてきた陛下、王妃、宰相、そしてカイルステッド公爵、という大人達が何をやらかしかけたのかを滔々とチョロベルトに説教した。
イライアス、ユーリと俺は、大人達がきたところで、自分達の役割は終わりましたとばかりその場を逃げ出した。チョロ(不敬上等、もうチョロでいい)と同じ穴の狢だが、未遂にできたのは俺たちのお陰ということで、見逃してほしい。
まぁ、大人達はチョロとジェーン嬢の婚約の今後について相談することが先なので俺たちのことまで気が回っていないようだった。
前世の記憶、異世界云々以前に、婚約というプライベートな契約を公式の場でいきなり破棄宣言するなんて、TPOを弁えないおかしな人ということ。そんな人が王族だなんて国の恥以外にないし、お付き合いはご遠慮したい。
ここからは後に聞いた話だが、王家と公爵家と協議した結果、婚約継続は不可能だが最小限の被害で収めるべく、婚約は1年間継続し、チョロもジェーン嬢もそれぞれ別の国に留学させ、2人が他国にいる状態でフェードアウトするような婚約解消を行うことになったそうだ。
まぁ、明らかに王家の有責なので、公爵家への多額の慰謝料が発生し、更に公爵家の後見が無くなったチョロは第一子にも関わらず王太子にはなれず、王家から臣籍へ降下、留学から帰国後、ルルと結婚したいのであれば、カーペンター男爵家へ婿入りする事は許されたらしい。それまでルルが待っているのか不明だが………。
噂ではルルは豪商の愛人に収まるべく商家周辺に出没しているらしい。
ジェーン嬢は留学先の国の公爵家嫡男との婚約が整ったとか。
ーーー
事の幕引きは、王家、貴族としての体裁を優先する為にだいぶ穏便に終わったのではと思う。
そもそも婚約やめる位で物語通りの苛烈なざまぁというのは現実的ではないだろう。と、第3者然として語っているが、俺自身はルルに侍っていた期間のやらかしのリカバリーが必要だった。婚約者を蔑ろにしてた事実は無くならない。
ーーー
俺の婚約者であるリエラ嬢はスミソン伯爵家の一人娘で、淑やかでこぢんまりとした小動物を思わせる可愛らしい令嬢だ。しかも次男の俺としては婿入りできる最優良物件。
手放せばあっという間に他に攫われるのは必須なのに、あろう事かルルに侍り始めてからは、婚約者なのに完全に没交渉だった。
ギリギリセーフなのは怒鳴りつけたりしなかった事位だ。攻略対象その3にありがちなDV野郎認定されたらリカバリーは無理だろう。でも、思い出すと悲しそうな潤んだ瞳で見られていた様な気がする……俺って最低。
ルルと出会う前は穏やかに交流していたんだよな。
婚約解消を言い渡されても仕方ないが、先ず謝らなければ。
パーティ後、俺は婚約者であるリエラ嬢の家、スミソン伯爵家に先ぶれと同じタイミングで直行し、頭を地面にめり込む勢いの土下座スタイルでリエラ嬢にこれまでの事を謝った。そして可能であれば婚約の継続を願い出た。
土下座スタイルはこの世界にないものだが気持ちは伝わったようだ。
リエラ嬢は、驚きながらも
「あのパーティの歌を私だけに歌ってくれるのであればいいですよ」
と顔を赤くし、はにかみながら許してくれた。
え、そんなのでいいの?あの時の意外な効果がこんな所に。いやいや、俺の婚約者殿の度量の深さだ。感謝を忘れず大事にしよう。
しかもはにかむ様子は超可愛い。もういくらでも歌うから心ゆくまで聞いて欲しい。
でもこれも立派な転生のチートだな。
End




