第8話 2択デートプラン
その日も、図書室の資料室は放課後の光に優しく包まれていた。
外はまだ明るいが、室内は静かで、ほんのりと紙と木の匂いが混じっている。
空はドアを開けながら、いつものように深呼吸をした。
この場所に来るたび、心が少しだけ緊張する。
けれど、それと同時に、どこか楽しみでもある。
「空、今日もおつかれさま。」
いつものように、未来が机の上で何かを準備していた。
ノートとペン、それにスマホを置いて、笑顔でこちらを見ている。
「今日の恋の練習はね、ちょっとしたクイズ形式にしてみたよ。」
「クイズ?」
「うん。2択デートプラン。恋人同士がデートするならどっちがいいか、2つのシチュエーションの中からどっちが良いか選ぶゲーム。」
未来がノートを開くと、そこには可愛い文字で質問がいくつも書かれていた。
“デートの待ち合わせは、カフェ or 公園?”
“初デートで行くなら、映画館 or 水族館?”
“手をつなぐタイミングは、最初から or 帰り道?”
――想像するだけで、顔が少し熱くなるような内容ばかりだった。
「な、なんか……結構リアルだな。」
「ふふっ。恋の練習だからね。本気で答えてもらわないと。」
「いや、俺、デートなんてしたことないんだけど。」
「だからこそ、いいんだよ。想像する練習っていうのも、大事でしょ?」
未来はペンをくるくる回しながら微笑んだ。
その柔らかい声に誘われて、空は仕方なく椅子に座る。
「……じゃあ、やってみるか。」
「うん、じゃあ第一問!」
「デートの待ち合わせは、カフェ or 公園?」
「……カフェ、かな。」
「私は公園だな。」
「なんで?」
「外の風の匂いとか、季節の空気を感じられるから。カフェもいいけど、待ってる間の景色があるほうが好きかな。」
「なるほどな……。」
空は腕を組みながら頷いた。
自分なら、座って落ち着けるカフェがいいと思ったけど、未来の話を聞くと、公園も悪くない気がしてくる。
そういう視点は、今まで考えたこともなかった。
◇
「次の質問。初デートで行くなら、映画館 or 水族館?」
「映画館だな。」
「私は……水族館かな。」
「なんで?」
「映画だと暗くて静かで、あんまり話せないでしょ? 水族館なら、歩きながらいろんな話ができるし、楽しい思い出も増えそう。」
「……確かに。」
未来の言葉に、空は思わず頷く。
映画は観るだけだ。
でも、水族館は一緒に楽しむ場所――その違いを、未来の言葉で初めて気づかされた。
「空はなんで映画館なの?」
「単純に……映画、好きだからかな。それに上手く話ができなかったとしても、楽しく過ごせるかなって。」
「そっか。空らしいね」
「らしいって?」
「空って、人の気持ちに無理に踏み込まないで、静かに隣にいられるタイプだから。」
未来の言葉に、空は少しだけ照れたように笑った。
らしい、なんて言われるのは、妙にくすぐったい。
◇
「じゃあ、三問目。手をつなぐタイミングは、最初から or 帰り道?」
「……帰り道、かな。」
「私は、最初からがいいな。」
「最初から?」
「うん。手をつないだまま一緒に歩く時間が長い方が嬉しいから。」
「そうなのか。」
未来は軽く笑いながら自分の指先を見つめていた。
その仕草が妙に女の子らしくて、空は視線をそらす。
「空は帰り道派なんだ。」
「うん。最初からだと、なんか……緊張するなって。」
「じゃあ、最後のほうが自然にできそうって感じ?」
「そんなこともないけど、最後ならなんとかなるかなって。」
「空っぽいなあ。」
「またそれ。」
「だって、本当にそう思うもん。」
未来の声は柔らかくて、どこかあたたかい。
空の答えを否定するわけでも、からかうわけでもない。
ただ、空らしさを受け止めてくれる。
その優しさが、少し心地よかった。
◇
「じゃあ次。雨の日デートなら、映画 or 家でまったり?」
「……家、かな。」
「私も家。」
「お、初めて一致した。」
「ふふ、やっとだね。」
未来が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、空も自然と口元が緩む。
「空はなんで家がいいの?」
「外が雨だと、出かけるのも大変だし。部屋でのんびり話してるほうが落ち着くしな。」
「うん、私もそう。窓の外で雨の音聞きながら、温かい飲み物とか飲むの、好き。」
「……それ、ちょっといいな。」
「でしょ?」
未来の言葉は、まるで映画のワンシーンみたいだった。
空はふと、彼女が話す情景を思い浮かべる。
部屋で二人、窓の外に雨が降る音。
……想像した瞬間、なぜか顔が熱くなった。
◇
その後も質問は続いていった。
時々答えが一致して、時々違う。
でも、そのたびに理由を話し合うのが楽しくて、時間があっという間に過ぎていった。
未来の話を聞いていると、女の子はこういう考えやこういうことが好きなんだって少しずつわかってくる気がした。
自分とは違う考え方。
でも、それが不思議と嫌じゃなくて、むしろもっと知りたくなった。
「……ねえ、空。」
「ん?」
「こうやって話してると、実際にデートしてるみたいじゃない?」
「そ、そんなことないだろ。」
「ふふ、そうかもしれないけど……想像するの、楽しいよね。」
「まあ、そうだな。」
空は照れくさそうに笑った。
本気でデートをしているわけじゃない。
ただの練習。
しかも、デートプランを考えてるだけだ。
それでも、こうして未来と話している時間が、なんだか特別に感じた。
「今日のクイズ、結構面白かったな。」
「ほんと?よかった。」
「でもさ、意外と難しいんだな、こういうのって。」
「何が?」
「デートって。相手が何を考えてるか、ちゃんと知らないと、楽しくできないんだなって。」
未来は少し目を見開いたあと、柔らかく笑った。
「……空は、やっぱり優しいね。」
「そうかな?」
「うん。ちゃんと相手のことを考えてるから。」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
空は未来の笑顔を見ながら、ふと心の中で思った。
もっと……未来のこと、知りたいな。
そう思っている自分に気づいて、少しだけ驚いた。
でも、それは決して悪い感情じゃなかった。
不思議と心地よい、静かな温かさだった。
「じゃあ、次回はもっと踏み込んだ恋の練習してみようか?」
「え、そう言われると何か怖いな。」
「大丈夫。怖くないよ。だって単なる練習だから。でも、恋の練習はどんどんしていかないとね?」
「……そういうもんか。」
「そういうもんだよ。」
未来が笑うと、部屋の空気が一気に明るくなった。
その笑顔を見ているだけで、空はなんとなく満たされた気持ちになった。
◇
帰り際、机の上に置かれたノートにちらりと目をやる。
そこには、今日話した“2択デートシナリオ”の質問と、二人の答えが並んでいた。
それを見た空は、心の中で小さく呟く。
いつか……本当に、こんな日が来るのかな。
そんな未来の想像が、少しだけ胸を高鳴らせた。
けれど、それを声に出すことはなかった。
――恋の練習は、まだ続いていく。
今日の更新はこれで終わります。
また明日の夜に投稿予定なので、ぜひ明日も読んでください。
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