第6話 恋占い
放課後の図書室は、いつもより少し暗かった。
窓の外では雲がゆっくりと流れていて、薄い光が棚の隙間からこぼれている。
秘密クラブの時間だ。
空は扉を開けながら、小さく深呼吸をした。
「空、今日もちゃんと来たね。」
未来が先に来て、机の上に分厚い本を広げていた。
表紙には金色の文字で『占いBOOK』と書かれている。
ピンク色の背表紙にハートの模様――どう見ても、男子が一人では開けない種類の本だ。
「……なんでそんなものがここに?」
「今日の活動内容はね、恋占いをしようかなって。」
「こ、恋占い?」
「うん。こういうのも恋の練習にはいいかなって思って。」
未来は楽しそうに笑った。
その笑顔に少しだけ警戒しつつも、空は机の向かいに腰を下ろした。
いつも通り、ここでは相川でも、くんでもなく――空。
それだけで、少し嬉しくなる。
「俺、占いとかやったことないんだけど……。」
「えー、意外。こう見えて私はこういうの結構好きなんだよ?」
「そんなに意外か?未来が好きなのは少し意外だけど。」
「ふふ、どういう意味?」
「……いや、なんか、そういうの興味なさそうに見えたから。でも、女の子はそういうの好きな人多いもんな。」
未来が笑いながら頬杖をつく。
その仕草がなんとなく照れくさくて、空は視線を本に落とした。
「じゃあ、まずは好きな人との相性占いからやってみよっか。」
「いや、そういうのって……相手いないとできないんじゃ?」
「大丈夫。これは理想のタイプとか運命の人を占うようなものだから。」
「……理想のタイプ、ね」
未来はページを開いて、指で占いの欄を指した。
好きな色や誕生日、第一印象で気になる仕草――そんな質問が並んでいる。
まるで恋愛雑誌の特集みたいで、こういう本を読むのが初めてだった空はなんとなく落ち着かない。
「はい、まずは空から答えてね」
「俺?」
「そう。質問読んでくから、直感で答えてね。」
未来が軽く頬を上気させながら、読み上げる。
「初対面の人にどんな印象を持たれたい?」
「好きな人と話すとき、どんな態度になる?」
「気になる人の前だと、どんなふうに接する?」
……ひとつひとつ答えるたびに、未来がニヤニヤしてくる。
まるで心の中を覗かれているみたいで、顔が熱くなった。
「ふふっ。空って、真面目なんだね。」
「な、なにが。」
「気になる人の前では優しくしてしまうとか、素直になれないとか。可愛いね。」
「可愛いって言うな。」
「だってほんとにそう思ったんだもん。」
未来はページの隅にある結果を指でなぞりながら、読み上げた。
「あなたは誠実で優しいタイプ。恋愛では一途だけど、照れ屋で不器用。」
空は顔をしかめながら小声で呟く。
「当たってるような、当たってないような……。」
「当たってるよ。空、そういうタイプだもん。」
「……未来になんでそんなことわかるんだよ。」
「え? だって、一緒にいればわかるよ。そういうの。」
さらっと言われて、心臓が跳ねた。
占いって、こんなに照れくさいものなのか。
「じゃあ次は、私の番だね。」
「……お、おう。」
未来が同じ質問に答えていく。
声のトーンが少しだけ柔らかくて、どこか楽しそうだった。
理想のタイプは?、という質問に、未来は少しだけ考えてから口を開いた。
「うーん……優しい人かな。」
「へぇ。」
「あと、あんまりしゃべらなくてもいいけど、ちゃんと気持ちを考えてくれる人がいいな。」
「……。」
未来の好きな人の像がなんとなくわかってきて、なんとなく落ち着かない。
言葉では上手く言い表せないが、そわそわしてしまう。
でも、未来は普段通りの表情だ。
「結果は……好きになる人は誠実で優しく、あなたのペースを大切にしてくれる相手。だって。」
「……ふーん。」
「どう? こういう人、いいと思わない?」
「まあ、いいとは思うけど……。」
「空、ちょっと目が泳いでる。」
「気のせいだ。」
俺が未来から視線を逸らすようにすると、未来がくすっと笑った。
それに釣られて俺も笑ってしまった。
2人の笑い声が、静かな図書室にふわりと広がっていく。
ページをめくる音と、微かな笑い声だけが空気を満たしていた。
◇
そのあとも、血液型診断、誕生日別の恋傾向……と、未来は次々にページを開いていった。
恋愛運アップの色とか、相性のいい星座とか。
どれも、空にとっては未知の世界だ。
けれど、未来が隣で説明してくれる声が心地よくて、退屈どころか楽しく感じた。
「ねえ空、恋が叶うジンクスって知ってる?」
「……知らない。」
「好きな人の名前を紙に書いて枕の下に入れて寝ると、その人の夢を見るんだって。」
「へぇ……。」
「空も、やってみる?」
「いや、それはちょっと……。」
「じゃあ、私が代わりに試してみようか?空って書いてさ。」
「やめろって。」
未来がくすくす笑いながら、いたずらっぽく紙を引き寄せる。
空は思わず顔を背けた。
――けれど、心の奥ではほんの少しだけ、気になっていた。
もし本当に未来がその紙に“空”と書いたら。
どんな夢を見るんだろう。
そんなことを考えてしまう自分に気づいて、少し驚いた。
「ふふ、空って、やっぱり占い向いてないね」
「うるさいな。向いてないけど……でも、ちょっと、面白かったよ。」
「でしょ? こうやって笑ったり、ドキドキしたりするのも恋の練習なんだよ。」
未来はそう言って、優しく微笑んだ。
その笑顔を見ていると、たしかに――恋愛に関係ある気がしてくる。
たとえ本の中の言葉でも、気持ちを動かす力がある。
未来の言葉ひとつひとつが、それを証明している気がした。
それに相手のことを知ることができるのは面白いと思った。
◇
図書室を出ると、夕焼けが差し込んでいた。
空は本棚の影で小さく息をつく。
占いなんて、信じていなかった。
でも――未来と一緒に読むと、不思議と信じたくなってしまう。
……俺の恋愛運、悪くないかもな。
そんなことを思いながら、空は未来の後ろ姿を追った。
夕日の中で、彼女の髪が淡く光って見えた。
秘密クラブの時間は、今日も静かに終わっていく。
明日も更新します。
また読みにきてください。




