第22話 秘密クラブの真相
沈黙が、重くのしかかっていた。
未来の騙してたという言葉が、頭の中で何度も反響して、空は何も言えなかった。
夕暮れの光が差し込む部屋。
その橙色の光に照らされた未来は、涙をこぼしながら、まるで自分を責めるように俯いていた。
空の胸が締めつけられる。
未来の涙を見るのは衝撃的だった。
「……未来、どういうことなんだ?」
やっとの思いで声を絞り出す。
けれど、未来はすぐには答えなかった。
少しの沈黙のあと、震える唇を開いた。
「空……最初から“秘密クラブ”なんて存在しなかったの。」
その一言が、さらに空の心を揺らした。
「……え?」
「全部、私が作ったの。 恋の練習をする秘密クラブなんて、本当はどこにもなかったんだ。」
未来は机の上で手をぎゅっと握りしめた。
その指先が白くなるほど強く。
「だから、空ことを騙してた。……ずっと。」
涙がぽたりと落ちて、机の上に小さな染みをつくった。
「どうして……そんなことを?」
空は混乱していた。
騙されたというよりも、理解できないという感情の方が強かった。
どうして未来がそんな嘘を――。
未来は深呼吸をひとつして、小さく笑った。
その笑顔は痛々しいほど弱々しかった。
「……話すね。ちゃんと、全部。」
未来は窓の外を見た。
夕陽が少し傾き、金色の光が彼女の横顔を縁取る。
「最初に空を見たのは、偶然だったの。」
「偶然?」
「うん。……おばあちゃんと一緒に出かけた日。道の途中で、おばあちゃんが転びそうになったとき、空くんが助けてくれたんだ。」
空は少し目を見開いた。
そんなことがあったかもしれない。
駅前の商店街で、買い物袋を落とした年配の女性を助けたこと。
そのときは深く考えず、ただ自然に手を貸しただけだった。
「あのとき、空の優しさを見て、この人すごいなって思ったの。」
「……俺、そんなこと……。」
「してたよ。おばあちゃんだけじゃない。学校でも、重い荷物を運んでる人とか、忘れ物をした友達とか……空さりげなく助けてるの。そういうところを見てたら、なんだか気になって。」
未来の声は静かで、でも確かに心の奥から出ているようだった。
「でも、ただいい人だなって思ってただけだったんだ。 それが変わったのは……ある日の帰り道。」
未来の目が少し伏せられた。
その表情には、わずかな震えと痛みが混じっていた。
「……電車の中でね、痴漢に遭いそうになったことがあって。」
空の呼吸が止まる。
未来は小さく頷き、続けた。
「怖くて、声が出なくて……でも、空が気づいてくれて、助けてくれたの。」
記憶の中で、断片的な映像が蘇る。
満員電車の中、困っている女子生徒に気づいて、さりげなく間に入ったあのとき――。
あの子が、未来だったのか。
「……あれ、未来だったんだ。」
「うん。」
未来は微笑んだ。
けれどその笑みは、どこか切なかった。
「助けてもらったあと、何も言わずに帰って行ったでしょ?」
「あぁ……そうかもしれない。」
困ってる女子生徒に気づいて助けたつもりではあったけど、その女子生徒に話しかける勇気もなく、痴漢がどこかに行ったのだけ確認して帰った。
「そのとき、気づいたんだ。――私、空のことが好きなんだって。助けてくれたのに恩着せがましいこともなく、ただ何事もないかのように去っていく姿がかっこよかった。」
胸の奥に何かが詰まる。
未来の声は震えていた。
けれど、その言葉には嘘がなかった。
「でもね……どうしても言えなかったの。」
「言えなかった?」
「うん。だって、私はただのクラスメイトで、空はみんなに優しい人で……。もし、私だけが特別になりたいって言ったら、きっと迷惑かなって。」
未来は苦笑いを浮かべた。
その笑みが痛いほどに切なかった。
「それで、考えたの。せめて、練習でもいいから、恋人みたいになりたいって。」
その言葉を聞いた瞬間、空の心が静まり返った。
全ての出来事が、一本の線でつながっていくのを感じた。
「……だから、秘密クラブを作ったのか。」
「うん。」
未来は頷いた。
「恋の練習、って言えば、空と一緒にいられる。
活動って言えば、放課後に会っても変じゃない。そんな風にして、私は秘密クラブを作って、空を誘ったの。」
未来の指先が、机の端をそっとなぞる。
その仕草が、小さな罪の告白のように見えた。
「最初は練習のつもりだったんだ。本当の恋人じゃなくても、ちょっとだけ近づけたらそれでいいって。でも、空が楽しそうにしてくれて、優しくて……どんどん欲張りになっていった。もっと一緒にいたいって思うようになって。」
未来は顔を上げ、空を見た。
涙の跡が頬に残っていたけれど、その瞳は真っ直ぐだった。
「だから、ごめんなさい。私は空を騙してた。恋の練習なんて嘘で、ほんとは……本気で、空が好きだった。」
その言葉が、部屋の中に静かに落ちる。
空は何も言えなかった。
怒りも悲しみもない。
ただ、心の奥がじんわりと温かく、痛かった。
騙された――たしかに、そうなのかもしれない。
けれど、あの日々の笑顔や会話が嘘だったとは思えなかった。
未来は、もう一度頭を下げた。
「全部、私の勝手だった。でも、空と過ごした時間は、私にとって本当に大切だったんだ。だから、ありがとう。そして……ごめんなさい。」
その謝罪の言葉は、まるで祈りのようだった。
空は小さく息を吐いた。
心の中に浮かんだのは、あの日々の光景――相合傘、プレゼント交換、デートプラン。
どれも嘘じゃなく、確かに笑っていた未来の姿。
その嘘の中に、本物の想いがあったことを、空は感じていた。
でも今は、何も言えなかった。
ただ、未来の震える肩を見つめることしかできなかった。
時計の針が、静かに時を刻む。
外では、夕陽が沈みきり、夜の色が滲み始めていた。
未来は小さくつぶやいた。
「……これで、秘密クラブは終わり、だね。」
その声には、どこか決意のような響きがあった。
空は何も言えず、ただその言葉を胸に受け止めた。
――秘密の意味を、やっと知った気がした。




