第21話 告白
放課後の校舎は、静まり返っていた。
部活の掛け声やボールの音も遠くに聞こえ、図書室の前の廊下には、ほとんど人の気配がない。
その静けさが、余計に心臓の鼓動を強く感じさせた。
――今日、言うんだ。
何度も胸の中で繰り返しながら、空は資料室の前に立つ。
さっき教室出伝えた「いつもの場所で待ってる」という言葉。
あのあとからずっと、いろいろなことを考えていた。
息を吸い、ドアノブに手をかける。
金属の冷たさが、少しだけ現実に引き戻してくれる。
――行こう。
静かに扉を開け、未来が来るのを待った。
◇
部屋の中は、いつもと同じ。
いつも感じていた穏やかな温度が、今日は少し冷たく感じられた。
未来が来てくれるのを信じてじっと待つ。
心の中では様々な感情、期待と不安が入り乱れる。
静かにドアが開き、未来が入ってきた。
「……来てくれてよかった。」
「……うん。」
その声は静かだった。
笑ってはいるけれど、その笑顔はどこかぎこちない。
それ以上、会話が続かない。
沈黙が、重く、息苦しいほどの重さを持って漂う。
昨日のあの言葉のせいだ。
付き合ってみる?
それを断った自分が、今ここにいる。
けれど、今日こそはちゃんと伝えたかった。
練習じゃなく、本当の気持ちを。
深く息を吸う。
「……未来。」
名前を呼ぶと、未来が小さく肩を震わせた。
視線がぶつかる。
その瞳の奥に、自分の姿が小さく映っていた。
「昨日のこと、ずっと考えてた。」
「……うん。」
「俺……言えなかったけど、未来にちゃんと伝えたいことがある。」
未来のまつ毛がかすかに揺れる。
空の声は震えていた。
でも、それでも言葉を止めなかった。
「最初は、ただの興味だったんだ。恋の練習なんて、なんか面白そうだって思って。でも、活動を重ねるうちに……未来と過ごす時間が本当に楽しくて。」
未来は何も言わず、じっと空を見ていた。
その沈黙が、逆に空の背中を押す。
「未来の笑った顔とか、驚いた顔とか、そういう全部が気になって、放課後のこの時間が楽しみになって……気づいたら、未来のことを考えてる自分がいた。」
言葉にするたびに、胸が締めつけられる。
けれど、同時に少しだけ軽くもなっていく。
「だから――」
立ち上がって、机の向こうにいる未来を見つめた。
心臓が痛いほど鳴る。
手が震えているのがわかった。
「未来ことが好きだ。……付き合ってほしい。」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
言葉が空気の中に溶けていく。
未来は一瞬、驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐにその瞳が揺れ、唇が小さく震える。
「……待って。」
小さな声。
まるで泣き出す前の子どものように。
「え?」
未来はゆっくりと立ち上がった。
その顔は、笑顔を作ろうとしているのに、涙が今にも零れそうだった。
「待って、空。……お願い。」
その表情を見た瞬間、空の喉が詰まった。
泣きそうな顔なんて言葉では足りないほど、切ない表情だった。
「ど、どうしたんだよ。俺、何か――。」
「違うの。違うの、空。」
未来は首を横に振った。
その動きは震えていて、声も掠れていた。
「空が悪いわけじゃない。ただ、私……このままじゃダメなの。」
未来は両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
まるで、何かに耐えるように。
空は言葉を失った。
どうして泣きそうになっているのか。
なぜ、告白を止めたのか。
頭の中が混乱する。
「未来……?」
彼女は深く息を吸い、ほんの少しだけ目を伏せた。
そして、震える声で言った。
「空に……聞いてほしい話があるの。」
「……聞いてほしい話?」
未来は静かに頷いた。
その瞳の奥に、覚悟のようなものが宿っていた。
「ずっと言わなきゃって思ってた。でも、怖くて言えなかった。」
その言葉に、空の心臓がまた早くなる。
怖くて言えなかった――何を?
未来はほんの少し唇を噛み、それからゆっくりと空を見つめた。
涙が、頬を一筋だけ伝う。
「私……空に秘密クラブのこと、ずっと騙してたの。」
――その瞬間、空の世界が止まった。
何を言われたのか、理解するのに時間がかかった。
騙してた?
「……え?」
その瞳には、涙と後悔が混ざっていた。
「ごめん、空。本当は――。」
その先の言葉は、出なかった。
未来は唇を震わせ、言葉の続きを飲み込んだまま、ただ俯いた。
沈黙が部屋を満たす。
時計の針の音だけが響く。
空はただ、立ち尽くすしかなかった。
何が起きているのか、どうして涙を流しているのか、わからない。
もしかしたらこの秘密クラブは――何か、大きな秘密の上に成り立っていたのかもしれない。
空の喉が音を立てて動く。
声を出そうとしたその瞬間、未来が顔を上げた。
涙を拭わず、真っ直ぐに空を見る。
「……だから、お願い。この先の話を、ちゃんと聞いてほしいの。」
その言葉には、覚悟が宿っていた。
空は何も言えず、ただ頷いた。
胸の奥で、何かが大きく音を立てて崩れ落ちた気がした。
◇
窓の外では、夕陽が沈みかけている。
橙色の光が、未来の横顔を照らした。
その頬を伝う涙が、光に反射してきらめく。
騙してた――その意味を知るのは、もう少し先のこと。
今はただ、その言葉の重さだけが心に残り、空は息をすることすら忘れていた。




