第18話 一緒に下校
放課後のチャイムが鳴り、学校での一日がゆっくりと終わる。
窓の外は少しだけ赤く染まり、廊下を吹き抜ける風が春の匂いを運んできていた。
今日も、秘密クラブの活動が終わった。
昨日――初めての放課後デートから一夜明けて、いつもと同じように図書室の資料室に集まったものの、どこか空気が違っていた。
言葉が出ない。
未来も、空も、どう話しかけていいか分からなかった。
机を挟んで向かい合っているのに、距離が遠く感じる。
いつもなら軽い冗談や雑談で埋まる沈黙が、今日はやけに重かった。
昨日のデートは楽しかった。
それは間違いない。
けれど、楽しすぎたのかもしれない。
今はどういう風に話をすればいいのかもわからなかった。
そして活動の終わり際、未来が静かに口を開いた。
「ねぇ、空。……今日は、一緒に帰らない?」
その一言に、心臓が跳ねた。
「い、いいのか?」
「うん。昨日も一緒に帰ったしね。」
未来の声はどこか優しく、どこか寂しげだった。
空は小さく頷いて、二人で部屋を出た。
◇
夕暮れの廊下を歩く。
窓の外の光が少しずつ薄れていき、影が長く伸びていく。
昨日も並んで歩いたのに、久しぶりのような気がした。
ずっとぎこちない。
未来が口を開く。
「……昨日、楽しかったね。」
「う、うん。楽しかった。」
「……ちょっと、緊張したけど。」
「俺も。」
会話が続かない。
言葉を探しても、どれもそれっぽい言葉ばかりで、
心の中をうまく表せない。
校門を抜けると、夕陽が校庭をオレンジに染めていた。
風が少し強くなり、未来の髪がふわりと揺れる。
空はその横顔を見ながら、
言葉にならない何かを喉の奥に飲み込んだ。
学校を出てからの道のり。
いつもの帰り道なのに、まるで別世界のように感じた。
特に何かが違うわけではないのに、今の空気感が異質に感じさせた。
しばらく無言で歩いたあと、未来がぽつりと呟く。
「……ねぇ、空。」
「ん?」
「なんか、今日は静かだね。」
「そう……かも。」
未来が少しだけ苦笑する。
「昨日、あんなに話したのに。今日は全然。」
「……うん。なんか、変に意識しちゃって。上手く言葉が出てこない。」
「ふふっ。私も。変だよね。」
その笑い声に、ようやく空の緊張が少しだけほぐれた。
未来は相変わらず穏やかで、優しい。
でも今日は、その優しさが少し怖かった。
本当に、これが練習なのか?
心の奥で、そんな疑問が小さく鳴った。
駅までの道の途中、
未来が信号待ちの間に空をちらりと見上げた。
「ねぇ、空。」
「うん?」
「……やっぱり、何でもない。」
未来はそういうと寂しそうに微笑んだ。
その笑顔の奥に何かが隠れている気がして、空の胸が少し痛んだ。
◇
駅前の交差点に差し掛かる。
人通りが多くなり、二人は歩幅を合わせながら歩いた。
沈黙。
けれど、先ほどよりは苦しくなかった。
ただ一緒に歩くだけで、心が少し落ち着く。
――このままずっと、こんな時間が続けばいいのに。
ふと、そんなことを思ってしまう。
でも、現実はそうもいかない。
秘密クラブの時間が終われば、教室ではただのクラスメイトに戻る。
そう思うと、少しだけ寂しくなった。
その時、空は思い切って口を開いた。
「なぁ、未来。」
「うん?」
「明日からさ……いつも通りに話そう。」
「いつも通り?」
「うん。教室でも、秘密クラブでも、もっと普通に。なんか今日みたいに気まずいのは、俺、嫌なんだ。」
未来が少し驚いたように目を見開く。
そして、すぐに優しく笑った。
「……うん。私もたくさん話したい。」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
未来の声が、夕暮れの雑踏の中に溶けていく。
◇
やがて、二人は駅の改札をくぐった。
いつもならここで別れるはずだったが、
未来が小さく首を傾げて言った。
「ねぇ、今日は一緒に電車乗ってもいい?」
「いいけど?」
「……もっと話したいから。」
その一言で、胸がどきりと鳴った。
「……ああ、いいよ。」
二人並んで電車に乗る。
空いた座席に並んで腰を下ろすと、
不思議なことに、教室よりも自然に話ができた。
他愛もないこと。
授業の話。
クラスの出来事。
昨日の映画の感想。
それらが途切れることなく続く。
未来が笑うたびに、
昨日のぎこちなさが少しずつ溶けていくようだった。
アナウンスが流れ、空の降りる駅が近づく。
「……じゃあ、俺、ここで。」
「うん。」
「また明日。」
「うん、またね。」
空は電車のドアが開くのを待ちながら、未来を見た。
彼女は微笑んで、軽く手を振ってくれた。
電車のドアが閉まる瞬間まで、その笑顔が目に焼きついて離れなかった。
◇
改札を抜けて家までの帰り道、
空はひとりになっても、どこか胸が温かかった。
言葉にできない気持ちが胸の奥で広がっていく。
――きっと、明日は今日よりも話せる。
そんな予感がして、自然と笑みがこぼれた。
「……また明日、未来。」
静かな夜の空に、誰にも聞こえない小さな声で呟く。
それだけで、少し幸せな気分になった。




