第17話 デートプラン実践編
放課後。
チャイムが鳴り終わった教室で、空はそっと息を吐いた。
鞄を肩にかけて廊下へ出ると、昇降口の方から見慣れた髪が揺れる。
「空。」
振り向けば、未来が立っていた。
制服姿のまま、少し照れたように微笑んでいる。
「……一ノ瀬。」
「今日は放課後デートの実践だよね?」
「……そうだな。よろしく、未来。」
未来は楽しそうに頷いて、軽く鞄を揺らした。
その声の響きに、空の胸が少しだけ高鳴る。
放課後の教室で立てたあのプラン――映画を見て、カフェで食事して、駅まで歩いて帰る。
まさか本当にやることになるとは思っていなかった。
「じゃあ、行こっか。」
「お、おう。」
二人で校門を出ると、冷たい風が頬をかすめた。
少し冷たいけれど、どこか甘い匂いが混じっているように感じた。
◇
映画館までは徒歩十五分。
学校帰りの制服姿で並んで歩くのが、なんだかくすぐったい。
未来は時々小さく笑いながら、空と同じ歩幅で歩いていた。
「こうやって歩くの、なんか変な感じだね。」
「変?」
「うん。いつもは秘密クラブの部屋だけだから。外で話すの、ちょっと新鮮。まあ、相合傘した時もあったけどね。」
「そうだな……なんか、普通の放課後って感じ。相合傘は恥ずかしかったけどさ。」
「ふふ、デートっぽいね。」
未来の言葉に、空は思わず目を逸らす。
デートっぽい――その響きがやけに心に残った。
映画館に着くと、思ったより人が多かった。
高校生やカップルがちらほらと列を作っている。
未来が少しだけ不安そうに空を見上げた。
「思ってたより、混んでるね。」
「うん。でも、せっかくだから見ようか。」
「そうだね。せっかく来たもんね。」
チケットを買い、ポップコーンをひとつだけシェアして席に座る。
上映が始まり、暗くなった館内に光が流れる。
恋愛映画は思っていたよりもコメディ寄りで、ところどころで未来が小さく笑う。
その笑い声が、意外と近くて、空は画面に集中できなかった。
ポップコーンを取ろうとした瞬間、指先が未来の手に軽く触れる。
その一瞬の接触に、心臓が跳ねた。
「……ごめん。」
「ううん。」
未来は小さく首を振り、照れたように微笑んだ。
それだけで、映画の内容がほとんど頭に入らなくなってしまった。
◇
映画館を出ると、外はすっかり夕方になっていた。
街の明かりが点き始め、オレンジと紫の空が混ざり合う。
「面白かったね。」
未来が満足そうに言う。
「うん。笑えるところも多かったし。」
「途中で空くん、ポップコーン全然食べてなかったけど?」
「……あ、あれは、その……食べ過ぎたら悪いなって思って。」
「ふふっ。本当に?」
未来が楽しそうに笑う。
その笑顔に、つられて空も笑ってしまう。
――うまくいかない部分もあるけど、それも悪くないっと思った。
映画のあとは、プラン通りカフェへ行く。
映画館の近くにある落ち着いた喫茶店で、木目調のテーブルと静かなBGMが流れていた。
二人並んで席に座ると、未来がメニューを開きながら言う。
「プラン通りだけど、こうやってデートするのも楽しいね。」
「デートって……まあ、楽しいのには同意だけど。」
「こうやって一緒にご飯食べるの初めてだね?」
そう言われると、途端に緊張する。
「確かにクッキーは一緒に食べたけど、一緒にご飯を食べに行ったことはなかったよな。」
未来が注文したのはホットティーとチーズケーキ。
空はコーヒーとサンドイッチ。
「甘いもの、好きなんだな。」
「うん。頑張った日のご褒美って感じ。」
「今日は、頑張った日?」
「うん。だって、初デートだよ?」
未来が少し照れたようにしながらもいたずらっぽく笑う。
その言葉に、心の奥がほんのり熱くなる。
「俺だって、初めてさ。」
頬をかきながら照れながら、言った。
談笑しながら食事をしていると、想像していたよりも自然に時間が流れた。
少し沈黙があっても気まずくなくて、
時折目が合うと、どちらともなく笑い合える。
「……なんか、不思議だな。」
未来がカップを置いて、ぽつりと呟く。
「いつもの恋の練習なのに、今日は本当に恋人みたい。」
その言葉が胸に刺さる。
空は慌てて笑いながら言葉を返した。
「……それだけ、練習が上達したってことかも。」
「うん、かもね。」
未来の微笑みはどこか寂しげにも見えて、空はそれ以上何も言えなかった。
店を出ると、空は自然と未来の歩幅に合わせて歩いた。
街灯がぽつぽつと灯り始め、薄暗い道に二人の影が並ぶ。
「駅まで歩くのも、プランの通りだね。」
「うん。……ちゃんと実践してる。」
「でも、想像とちょっと違ったかも。」
「え?」
「もっと気まずくなると思ってたけど、すごく楽しかった。」
未来の言葉に、空は顔を向ける。
夕暮れの光が彼女の頬を染めていて、どこか大人っぽく見えた。
「俺も……楽しかったよ。」
自然と口をついて出た言葉に、未来がふわりと笑う。
その笑顔があまりにも柔らかくて、
胸の奥で何かが溶けていくようだった。
駅前に着く頃には、すっかり夜の気配が濃くなっていた。
人通りも少なくなり、遠くで電車の音が聞こえる。
「もう、こんな時間か。」
空が時計を見て言うと、未来が頷く。
「そろそろ帰らなきゃね。……楽しかった。」
「うん。俺も。」
未来が鞄を持ち直して、少し微笑んだ。
「こういう放課後も楽しいね。」
「そうだな。悪くないな。」
しばしの沈黙。
別れの言葉が出てこない。
ほんの少し、名残惜しさが胸に残る。
せっかくだし、最寄の駅まで一緒に帰らないか?
という言葉が上手く言い出せなかった。
「今日は楽しかったよ。じゃあ、また秘密クラブでね。」
「……ああ。またな。」
未来は軽く手を振って、駅のホームに帰って行った。
その背中が人混みに消えるまで、空は未来のことを眺めていた。
さっきまで隣にいた温もりが、まだ手のひらに残っている気がした。
デートなんて大げさなものじゃない。
けれど、心が少しだけ浮き立っている。
楽しかった。
笑い合えた。
彼女の笑顔が、頭から離れない。
「……もし、未来と付き合ったら……こんな感じなのかな。」
思わず、独り言のように呟く。
その瞬間、自分で自分に気づいて小さくため息をついた。
「いや……これは、秘密クラブの活動だろ。」
言葉にしても、胸の奥の温かさは消えない。
小さなため息が夜の空に溶けていく。
――恋の練習のはずなのに。
どうして、こんなにも心が満たされるんだろう。
そんな思いを抱えたまま、空は家に帰った。




