第16話 デートプラン作成
放課後。
薄い夕焼けが差し込む資料室は、静かに時を止めたように穏やかだった。
机の上には、未来が用意したノートと数本のペン。
そのページの見出しには大きくこう書かれていた。
――今日の活動:放課後デートプランを立てよう
「……デートプラン?」
ノートを覗き込んだ空が、目を瞬かせる。
「うん。」
未来は微笑みながら頷いた。
「恋人同士なら、休日とか放課後に一緒に出かけたりするでしょ?だから、今日は放課後デートの練習をしようと思って。」
「練習って、まさか実際に出かけるの?」
「うーん。とりあえずは計画たてるだけかな。」
未来は少し悩んでそう言ってから、ペンを手に取った。
「せっかく恋の練習をしてるんだから、デートについても考えたいよね。」
◇
「じゃあまず――デート、どこに行きたい?」
「えっ、いきなり俺?」
「もちろん。男の方から提案することもあるでしょ?
」
未来がペンを構えながら微笑む。
空は少し考えてから、ぽつりと口を開いた。
「うーん……やっぱり、映画館かな。」
「映画?」
「うん。会話が途切れても気まずくならないし、天気に関係なく行けるし。無難かなって。」
「なるほど、安定だね。」
未来はノートに「①映画館」と書き込む。
「ただ、どんな映画がいいんだろうな?」
「うーん……流行りのやつとか?でも、1番はやっぱり、恋愛映画かな。」
「恋愛映画かー。確かにデートって感じはするな。俺はあんまり得意ではないけど。」
空の言葉に未来が少し肩を震わせて笑う。
「空らしいね。」
◇
「次は……そのあとどうする?」
「映画終わったら……たぶん、お腹すくよな。」
「うん、夕方だしね。」
「じゃあ、軽くご飯?ファミレスとかカフェとか。」
未来が頷きながらメモを取る。
「②カフェでご飯、ね。……どんなカフェがいいとかある?」
「落ち着いた感じの。あんまり騒がしくないところ。」
「なるほど。静かで、ゆっくり話せるもんね。」
未来が書きながら、ふと笑う。
「空って、カフェとか好きなの?」
「そういうわけではないけど、デートの定番かなって。」
「空って真面目だね。でも、そういうとこいいと思うよ。」
その一言に、空の胸がわずかに高鳴った。
ペンを握る未来の横顔が、やけに近く見える。
夕焼けが彼女の髪を淡く照らし、微かな光が頬に揺れていた。
「さて……ご飯の後はどうする?」
未来が話を戻すように尋ねる。
「そうだな……といっても、もう帰る時間だろうな。夜だろうし。だから、駅まで送るぐらいかな。」
「送ってくれるの?」
「うん。暗くなるし……やっぱり女の子一人は危ないからな。」
その言葉に、未来の手が止まった。
顔を上げると、彼女は少しだけ驚いたように目を見開いていた。
「……空、そういうの、ちゃんとしてるんだね。」
「え?」
「女の子を大切にしようってしてくれるんだね。」
「そ、そんな立派なもんじゃないけど……当たり前だろ?」
未来はほんの少し笑って、小さく呟くように言った。
「……そういうのが、いちばん嬉しいんだよ。」
空は返す言葉を失った。
未来の声が優しくて、胸の奥がじんわり温かくなる。
◇
「じゃあ、まとめるね。」
未来はペン先を見つめながら、今日の話をノートにまとめていく。
その筆跡は丁寧で、ひと文字ひと文字に穏やかさがあった。
――放課後デートプラン――
①学校を出て、近くの映画館に行く
②映画を見たあと、静かなカフェでご飯
③駅まで一緒に歩いて、見送り
「……こんな感じになるのかな?」
ノートを見せながら、未来が顔を上げた。
「こういうデートプランって、未来はどう思う?」
「落ち着いた感じで凄くいいと思うよ。無理がなくて、楽しそうだし。」
「それなら、よかった。」
ほっと息を吐く。
デートなんてしたことないから、プランに自信がなかったけど、未来に肯定されて安心した。
「でもさ、こうやって話してると、ちょっと本当にデートしてるみたいだな。」
冗談めかして言うと、未来が目を細めた。
「それ、褒め言葉として受け取っていい?」
「もちろん。」
二人の笑い声が、静かな部屋に溶けていった。
◇
しばらく雑談が続いたあと、未来がふとペンをくるくる回しながら言った。
「ねえ、空。」
「うん?」
「もし本当に放課後デートするとしたら、どんなことしたい?」
その質問に、空は少し考えた。
「さっき立てたプランかな。……でも、本当は一緒に歩きながら、いろんな話ができればそれで満足かな。」
「どんな話?」
「なんでも。学校のこととか、好きな音楽とか。別に特別なことじゃなくても、一緒にいる時間があればそれでいいと俺は思う。」
未来は静かに頷きながら、その言葉を噛みしめるように繰り返した。
「一緒にいる時間があれば、それでいい……か。」
その声はどこか柔らかく、けれど少しだけ切なさを帯びていた。
◇
「じゃあ、次はしたくないことも決めておこうか。」
「したくないこと?」
「うん。デートの失敗も、練習のうちでしょ?」
未来の提案に、空は苦笑した。
「そうだな……強引なのは嫌かな。」
「強引?」
「うん。相手の気持ちを無視して、自分のペースで動くのは違うと思う。」
「……うん、そうだね。……よくないよね。」
未来が少し暗い顔をして小さく頷く。
「未来は?」
「え?」
「したくないこと。」
未来は少しだけ考えてから、微笑んだ。
「……嘘をつくこと、かな。」
「嘘?」
「うん。どんなことでも嘘だけは嫌だなって。」
そういう彼女の瞳はまっすぐで、そこに映る自分の姿がやけにくっきり見えた。
でも、未来がなぜそう言ったのかはわからなかった。
空に言っているようにも見えたが、自分に言い聞かせているようにも見えた。
◇
気づけば、ノートのページはほとんど埋まっていた。
映画館、カフェ、帰り道。
たくさんの小さなもしもの話が積み重なって、ひとつの物語のようになっていた。
「……完成、だね。」
未来が満足そうに笑う。
空も頷いた。
「すごいな、これ。なんか本当に行けそうな気がする。」
「でしょ?」
「うん。……練習っていうより、計画書みたいだ。」
そう言うと、未来は小さく笑って、何かを思いついたように顔を上げた。
「ねえ、空。」
「ん?」
「せっかくこんなにデートプラン考えたんだし……。」
未来は少し唇をゆるめて、まっすぐ空を見つめた。
「――私たちも、してみる?」
一瞬、言葉の意味が頭の中で止まった。
してみるって……本当に?
未来の表情は冗談めいていない。
本気だ。
けれど、どこかいたずらっぽい笑みも浮かんでいる。
「え、えっと……。」
空は慌てて言葉を探す。
冗談かもしれない。
でも、その声は本当に誘っているようにも聞こえた。
「……う、うん。」
迷いつつもそう答えていた。
未来がゆっくりと微笑む。
その笑顔が、まるで春の陽だまりみたいに優しかった。
◇
資料室の窓の外、夕焼けが夜に溶けていく。
机の上のノートには、「放課後デートプラン」と書かれたまま。
その文字を見ながら、空は胸の奥に奇妙な鼓動を感じていた。
練習のはずなのに――どうして、こんなに楽しみになってるんだろう。
そんな自分に気づきながらも、
空は未来の笑顔から、目を離せなかった。




