第15話 プレゼント交換
放課後の資料室。
窓の外には淡い夕暮れが差し込んでいた。
外の空気と違い、この小さな部屋の中だけは不思議と穏やかで、静かだった。
机の上には二つの紙袋。
それが、今日の活動道具だ。
「次の活動はね、プレゼント交換をしようと思うの。」
未来がそう言ったのは数日前のメッセージだった。
恋人同士なら、クリスマスとか誕生日にプレゼントを渡したりするでしょ?
その一文を読んだとき、空の胸が不思議とくすぐったくなった。
未来と恋人みたいなことをするたびに、胸の奥で小さく波紋が広がる。
そして今日が、その「プレゼント交換」の日だ。
◇
「じゃあ、どっちから渡す?」
未来が柔らかく笑う。
空は少し迷った末に、右手に持っていた小さな紙袋を差し出した。
「俺から、いいかな。」
「うん、もちろん。」
未来は両手で丁寧に受け取り、少しだけ息を整えるように深呼吸した。
白い紙袋の中には、猫のキーホルダーが入っている。
小さなぬいぐるみのような質感で、表情はどこか穏やかだ。
「……開けてもいい?」
「うん。」
未来が袋を開け、キーホルダーを取り出す。
その瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「……わあ、かわいい。」
未来の声が少し弾んだ。
その一言だけで、空はほっとした。
「猫、好きかなって思って。」
「うん、好き。すごくかわいい。どうしてこれにしたの?」
未来がそう尋ねてきて、空は少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「えっと……なんか、未来に似てる気がして。いつも落ち着いてて、でも優しそうな感じが……。」
口にしてから、急に恥ずかしくなって、空は慌てて言葉を止めた。
未来が少し驚いたように目を瞬かせる。
「……似てる?」
「い、いや、その……なんとなくだよ。あはは……。」
空がごまかすように笑うと、未来はくすっと笑った。
「そう言ってもらえるの、ちょっと嬉しいかも。」
そう言って、キーホルダーを大事そうに手のひらで転がす。
その仕草がやけに柔らかくて、空の胸の奥にあたたかいものが灯った。
「じゃあ、次は私の番だね。」
未来はそう言って、自分の紙袋を空の前に差し出した。
「開けてみて。」
「うん。」
空は丁寧に袋を開けた。
中から出てきたのは、落ち着いたネイビー色のペンケースだった。
革調の素材で、手触りがよく、シンプルなのに上品なデザインだった。
「これ……すごくいいやつじゃない?」
「ううん、ちゃんと1000円以内だよ。」
未来が少し笑う。
「でも、どうしてペンケースを?」
そう尋ねると、未来は少しだけ照れくさそうに目を逸らした。
「前に勉強会をしたとき、空のペンケース、すごく使い込まれてたから。」
「え?」
「チャックのところ、少し壊れかけてたし、インクの跡もついてて……。だから、新しいのがあったらいいなって思って。」
空は思わず黙り込んだ。
――そんなところまで、見てくれてたんだ。
ただ一緒に勉強してただけの時間の中で、自分の持ち物なんて気にしてなかった。
けれど未来は、そんな細かいところまでちゃんと見ていた。
「……ありがとう。すごく嬉しい。」
空は心からそう言うと、未来は少し安心したように微笑む。
「よかった。似合うと思ったんだ。」
彼女の声は穏やかで、まるで雪のように静かに心に降り積もる。
◇
二人の間に、ほっとした沈黙が落ちた。
窓の外には夕陽が沈み、柔らかな光が机の上を淡く照らしている。
それぞれのプレゼントが仲良く並んでいた。
「空、キーホルダー、つけてもいい?」
未来がそう言って、自分の鞄を手に取る。
その鞄には、今まで何も飾りがついていなかった。
シンプルで清楚な印象の鞄の持ち手に、未来はそっと猫のキーホルダーをつける。
「……どうかな?」
未来が少し照れたように鞄を見せた。
小さな猫がゆらゆらと揺れて、光を受けてきらりと反射する。
「似合ってるよ。」
空は自然にそう口にしていた。
未来は目を細めて笑い、その笑顔を見た瞬間、胸が少し痛くなった。
「でも、未来は鞄にはそういうのつけないイメージだったから、つけてくれると思わなかったな。」
「うーん。普段はつけないけど、せっかく空からもらったし、つけたいなって。」
未来はそう言って、キーホルダーをつんと指でつついた。
渡したものが気に入ってもらえたような気がして、ほっとするととともに嬉しくなった。
「ねえ、空。」
「うん?」
「こうしてプレゼント交換するの、なんか不思議だね。」
「そうだな。……でも、ちょっとだけ嬉しい。」
「私も。」
未来がゆっくりと頷く。
机の上に並んだ二つの贈り物。
その光景を眺めながら、空は静かに息をついた。
恋人ごっこのはずなのに、心の奥では違う感情が確かに芽生えている。
誰かのことを思って贈り物を選ぶ――それが、こんなにも難しくて、こんなにも楽しいものだなんて初めて知った。
「そういえば、プレゼント選ぶの大変じゃなかった?」
未来が問いかける。
空は少し笑ってうなずいた。
「正直、めちゃくちゃ悩んだ。何を渡したら喜んでもらえるのか、全然わかんなくて。」
「ふふっ。そういうの、初めて?」
「……うん。女の子にプレゼントなんて渡したことなかったから。」
未来はその言葉に、少しだけ頬を染めた。
「じゃあ、私が初めて?」
「……そう、かな。」
空がうなずくと、未来は少しだけ嬉しそうに笑った。
「なんか、嬉しい。」
その小さな声は、まるで本物の恋人のようだった。 空の胸がまた少し熱くなる。
◇
「今日の活動、楽しかったね。」
「うん。……すごく。」
未来は猫のキーホルダーを軽く指で弾いた。
「これ、ずっと大事にするね。」
その言葉が、空の胸にじんわりと響く。
「……なんか、もったいないな。」
「なにが?」
「その言葉。練習にしては、もったいないからさ。」
未来は一瞬、言葉を止めた。
そして、ほんの少しだけ、切なげに微笑んだ。
「――じゃあ、本気で言ってもいい?」
その言葉に、空の喉が鳴った。
未来は少しだけ視線を落としながら、そっと呟く。
「ありがとう、空。すごく嬉しいよ。」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
その笑顔があまりに柔らかくて、空は返す言葉を失う。
心臓の音が、静かな部屋の中に響く。
◇
チャイムが鳴った。
下校を知らせる音で、現実に引き戻される。
未来は名残惜しそうに鞄を持ち上げた。
小さな猫のキーホルダーが、光を受けてゆらゆらと揺れる。
「じゃあ、また明日ね、空。」
「うん。また明日。」
未来が資料室を出て行く。
その背中を見送りながら、空は机の上のペンケースを握りしめた。
革の感触が指に残るたび、未来の言葉が蘇る。
――ちゃんと見てくれていた。
それだけのことが、ただただ嬉しかった。
秘密クラブの活動は今日も終わった。
けれど、空の心の中では、何かが静かに始まりつつあった。




