第11話 告白の練習会
放課後、いつもの資料室。
カーテン越しに射し込む夕陽が、机の上のノートを淡く染めていた。
静かな空間の中、未来はペンを回しながら、何か考え込んでいるようだった。
「ねえ、空。」
「ん?」
「今日の活動、決まったよ。」
未来は顔を上げて、いたずらっぽく笑った。
「告白の練習をしよう。」
その言葉を聞いた瞬間、ペンを落としそうになった。
「こ、告白……?」
「うん。恋愛の練習なんだから、避けて通れないでしょ?」
「いやいや、いきなりすぎるだろ。それに、そういうのはちょっと……。」
空は慌てて首を振る。
恋愛禁止の校則に縛られてきたせいか、好きと言うことに免疫がない。
そんなセリフを口に出すなんて、照れくさいにもほどがある。
「別に本気じゃなくていいんだよ。演技、みたいなもの。」
「……演技ね。」
「そう。演劇の練習だと思えば少しは気が楽でしょ?」
「そうはいってもな……。」
「それにいつかはすることになるよ?だから、今のうちに練習しておいた方がよくない?」
未来はにっこり笑う。
その穏やかな笑顔に、断る言葉が出てこなくなった。
確かに、これまでの活動も恋の練習だった。
見つめ合ったり、占いしたり、相合傘をしたり……。
あの延長線上だと思えば、特別おかしくはない?――はずだった。
「……わかった。でも、やっぱり恥ずかしいな。」
「こういうのは、恥ずかしいのが普通だよ。」
未来は少しだけ顔を傾け、机の向こうから空を見つめる。
その瞳でまっすぐと見つめられると、もう逃げられない気がした。
「じゃあ、どっちから告白する?」
「……未来からでいいんじゃない?」
「だめ。提案したのは私だけど。練習だとしても、男の人から告白してほしいな。」
「うぐ……そう言われるとどうしようもないな。」
空は深く息を吸った。
心臓の鼓動が、さっきまでよりずっと速くなっている。
頭では「嘘の告白」だとわかっている。
でも、いざ口にしようとすると、喉が妙に乾いた。
「……じゃあ、いくよ。」
「うん。」
未来が静かにうなずく。
その表情がいつもより少し真面目で、目を合わせるのが難しい。
空は手のひらに力を込めながら、言葉を探した。
かっこいいセリフにしたいと思いつつも、なかなかいい言葉が浮かばなかった。
ありきたりな言葉でも、シンプルな言葉で言うことにした。
「……未来のことが、好きだ。付き合ってほしい。」
言葉が出た瞬間、空気が止まった。
あまりにも静かで、自分の声だけが響いていた。
未来は一瞬、何か言おうとして口を閉じ、それから小さく息をのんだ。
頬が、ゆっくりと赤く染まっていく。
「……えっと、その……ありがとう。……空、上手だったよ。」
未来はぎこちなく笑った。
演技、という言葉を使ったのは未来なのに、今の彼女の反応はどう見ても素だった。
その様子を見て、今度は空の方が顔を熱くする番だった。
「うわ、やっぱ無理。……めっちゃ恥ずかしい。」
思わず頭をかきながら、空は視線を逸らす。
「じゃあ次は未来の番な。」
「え?」
「言わせっぱなしはずるいだろ。……俺だけ恥ずかしいの嫌だし。」
未来は一瞬迷ったあと、ふっと笑った。
そして、机の上に手を置き、少し身を乗り出して言った。
「……空。私は、ずっと前から空のことが好きだよ。」
その瞬間、心臓が跳ねた。
たった十数文字。
けれど、耳に届いたその声は、思っていたよりもずっと優しくて、甘かった。
嘘だとわかっている。
練習だ。
演技だ。
そう頭で理解しているのに――胸の奥が、妙に熱い。
……なんだ、これ。
顔を上げると、未来の頬も赤く染まっていた。
指先で髪をいじりながら、照れたように笑っている。
それがまた可愛く見えて、つい口元がゆるむ。
「なに、笑ってるの?」
「いや、なんか……照れてる未来が珍しくて。」
「なっ……笑うなんてひどい!」
「ごめんごめん、違うんだって!なんか嬉しくてさ!」
慌てて両手を振ると、未来は頬をふくらませて、もうと呟いた。
その姿がまたおかしくて、空はこらえきれずに笑ってしまう。
「笑っちゃだめ!」
「わかってるけど、無理!」
二人の声が、狭い資料室に響く。
いつも静かな空間が、今日はやけに明るかった。
◇
笑い疲れて、二人は机に肘をついたまま息を整えた。
窓の外はすでにオレンジ色から薄紫に変わっている。
沈みかけた夕陽が、未来の横顔を柔らかく照らしていた。
「……ねえ、空。」
「ん?」
「好きって言葉、思ってたよりすごいね。」
「すごい?」
「うん。嘘でも、本気みたいに聞こえるんだもん。」
「それは……たしかに、そうかも。」
空は頬をかきながら小さく笑った。
たしかに、ただの言葉なのに、心臓がこんなに騒ぐなんて思わなかった。
口に出したときも、言われたときも。
好きという二文字には、何か特別な力がある。
「未来もさ、あんなに赤くなって……。」
「それは言わないの!」
未来は即座に遮る。
その慌てっぷりに、空はまた笑いをこらえきれなかった。
でもその笑いの奥には、ほんの少しだけ嬉しさが混じっていた。
未来の顔が赤くなる理由が、たとえ演技でも、自分の言葉だったと思うと――どうしようもなく、心が浮き立つ。
◇
「今日の活動、どうだった?」
「……練習ってわかってても、やっぱ恥ずかしいな。」
「それは成功だね。」
「え?」
「だって、本当の恋も、恥ずかしいものだから。」
未来は穏やかに言った。
その言葉に、空は少し黙り込む。
本当の恋――。
その響きが、妙に胸に残った。
「……未来って、意外と真面目だな。」
「そうかな?」
「だって、恋の練習って言いながら、結構本気だし。」
「ふふ、それ、褒めてる?」
「たぶん。」
二人の笑い声が、また小さく重なった。
帰り際、未来が扉の前で立ち止まった。
「ねえ、空。」
「ん?」
「今日の好き……ちゃんと演技だった?」
その問いに、空は一瞬返事に詰まる。
未来が笑っているのか、それとも本気なのか――わからなかった。
少しだけ考えて、空は照れくさそうに言う。
「……どうだろ。自分でもよくわかんないや。」
「そっか。じゃあ、私は先に帰るね。」
未来はほんの少しだけ微笑んで、扉を開けた。
夕焼けの中へ出ていく彼女の背中を見送りながら、
空は胸に残る鼓動を、どうすることもできなかった。
嘘の告白だったはずなのに。
あの好きの響きが、まだ耳の奥に残っていた。
明日も投稿したいけど、できるかな??
がんばります。




