エピオテス 5
ある日、侍女が微笑ましげに言った。
「エピオテス様は、いつもアウローラ様を気に掛けておいでですよね。」
言われれば確かに……彼女の瞳に、いつか感情が灯るのかと…
自分がいつも、瞳を注視している事は自覚してるが…
気に掛けている様に見えるのか…
自身では気付かなかった。
アウローラ・ディアマント…
ディアマントの性を持つ者は、元々[金の目]の一族と呼ばれていた。
一族の特徴である…金髪と金眼の色を持つ者は、特に魔力量が高く
戦闘センスもずば抜けていると聞く。
激情を持つ一方でとても温厚な性格を持つそうだ。
温厚…は、なるほど納得だが……
激情?
およそアウローラに似つかわしくない言葉だ……
『彼女が怒る事なんてあるんだろうか……』
怒りでも良いから感情を見せて欲しい……
****************
二学年に上がって三ヶ月程経った
アウローラは、王子の婚約者に相応わしく。学園一の淑女と言われる程の存在になっていた。
そんなアウローラの目に俺はどの様に映っているのだろう……
何故か最近…度々そう思う。
夏季休暇に入る前日
食堂のすぐ外…
マリーゴールドが植えられた花壇に囲まれたテラス席で、面倒くさい揉め事が起きた。
「あなた!何故そうやって王子に付きまとうの?」
そう声を荒げているのは、学園でアウローラが友好を深めた公爵家の令嬢だ。
「……エピオテス様と仲良くなりたくて……だって!学園では身分の分け隔て無く友好を深めてって言ってますし…」
所在なさげに手をもじもじしながら、そう答えたのは
今年入学した、一年生の男爵令嬢。
入学早々、俺の周りをウロチョロして…臆面もなく俺に秋波を送って来る。
今だって、婚約者であるアウローラが一緒に居るのに……頭がおかしいのか?
「それは、そもそもクラスメイトやクラブ活動など、接点有きですわよね!。あなたは生徒会でも無いし!クラブの関わりも無い!。学年だって違うじゃありませんか!。」
俺とアウローラは二年に上がると同時に友人達とともに生徒会に入った。
この時もそのメンバーと共に昼食を摂り終わった時だった…
「そんな…だって…同じ学園に通う生徒同士、仲良くしたいと思っただけなのに…」
「ハァ……じゃぁ貴方は街中で見知らぬ男性に、声をかけられて、「同じ街の住人なんだから仲良くしよう」と言われて、疑いなく仲良くできますの?」
素晴らしい。噛み砕いた分かりやすい例えだ。
「酷い!そんな言い方あんまりです!」
いや、酷くはないだろう。
「酷い言い方などしてませんわ。本当の事を正しく伝えているだけです。」
パチパチパチパチ……俺は心の中で拍手を贈る。
「〜〜!私が男爵家で家格が低いから、そんな風に追い払おうとしてるんですよね!公爵家の令嬢だからって横暴です!この学園は身分の分け隔て無くって言ってるのに!」
なんて事言い出すんだコイツ!
「勿論。それがこの学園の理念ですわ!ですが、家格・身分の下の者が上の者に無礼千万に振る舞って良いと言う意味では無いわ!
学園の活動に置いて、下の者の意見を家柄を傘に無碍にしない。また、好意を理由に不当に過度に優遇しない。そう言う行いを見た時に正す権利を皆平等に!そう言った意味ですわ!」
「???」
あ〜コイツ…頭も悪いのか…
「ハァ……つまり!例えば生徒会において、男爵子息の有益な意見を押しのけて、公爵子息の愚策を通すなどの家柄への忖度。例えば同じ家格の伯爵令嬢が二人いた時、好意のある方の意見のみを通す。恋愛や友好感情による贔屓。そんな場面に行き当たった時、権力に押さえつけられ黙認しなくていい…つまり!家柄の下の者でも、それは間違っていると堂々意見しよう!また下位の者の正しい意見を、上位貴族と言うだけで押さえつけてはならない!と言う理念です。」
「えっ…と…」
「貴方は何の接点もない王子に付き纏っていて、私はそれは良くないから止めなさい。と言っているのです。この事に置いて家格は関係ございません。」
うん!うん!良く噛み砕いて言ってやってくれた。
そろそろ、俺が治めないと……
「もぉ良いよ…諌めてくれてありがとう。それで…君は僕に何か用があるのかい?」
「あ……いえ…あの…友好を深める為に……お喋りをしたくて……」
あからさまな上目遣いで見ないで欲しい…寒気がする。
「さっき彼女が言った通り、見ず知らずの者に友好をと言われても懸念しか湧かない。
そして君と友好を深める必要性を感じない。
さらに、断っているのにも関わらず度々来る君に、少々険悪が湧いている。
僕はとても忙しい身で、友人と友好を深めるならともかく…見ず知らずの君に時間を割く気はないよ。」
淡々とした口調で、付け入る隙は無いのだと。しっかりと伝える。
「これ以上煩わせるなら、侍従に引っ張って貰って無理にでも下がらせる事になるから、その前に引き下がりたま…」
「エピオテス様の事が好きなんです!入学式の時お見かけして!一目惚れしてしまったんです!」
ガタガタガタガタッ…
その場に居た友人全員が立ち上がった。
公爵令嬢が声を荒げる!
「あなた!王族とその婚約者がいる場で、なんて非常識な事を言うの!!罰せられる覚悟がお有りなの?!」
「なっ!何でですか?。好きな人に告白しただけです。気持ちを伝えるのが悪い事なんですか?!」
「悪い事に決まってるでしょう!!!。婚約者のアウローラ様がいる前で王子を略奪すると宣言してるのよ?!あなた貴族でしょう?!
分からないの?!」
「…え?…」
「本当にわかって無いのか?隣国の王女であるアウローラ様とエピオテス様の婚姻を邪魔してやるって宣言してるんだぞ?!」
とうとう侯爵令息まで、声を荒げた。
「……ぁっ……えっ……そんな…つもりじゃ…」
事の重大さが飲み込めて来た男爵令嬢は青ざめて震え出した……
だが今……俺はそれどころじゃ無い……
全身に鳥肌が立ち…
額に汗がジワリと吹き出して…
体が震えるのを辛うじて耐えている……
さっき…男爵令嬢が俺に向けて告白した瞬間。
男爵令嬢が胴体から真っ二つに千切れる映像が見えた……
具体的に可視化される程の殺意……
ほんの一瞬だったのだ…
周りの友人達は気付いて無い。
殺気が放たれた元は……俺の隣に座るアウローラだった。
そっと視線をアウローラに向ける…
いつもと違い、笑顔が無く無表情だ……
瞳は……いつも通り、感情が見えない。
その感情の無い瞳がこっちを見た!
ドッドッドッドッドッドッドッ…
自分の心臓の音がうるさい……
これは…恐怖だ……
彼女の瞳に殺意が見えたら…どうしたら…
「エピオテス様……私、気分が優れませんので、本日はもう帰ろうと思います…お先に失礼致しますね。」
アウローラがそう言って
僅かな笑顔を貼り付け…感情の無い瞳のまま、立ち上がった。
俺は、瞳に何の感情もない事に安堵してしまった…
「あ…あぁ…大丈夫かい?」
力の入らない足を何とか踏ん張って、立ち上がる。
それと同時に…男爵令嬢を糾弾していた、友人の令嬢達が心配してアウローラに駆け寄る。
「まぁ!アウローラ様…大丈夫ですか?あのような無礼者のせいで……ご気分を害されてしまいましたよね…」
「あの者は男性陣に任せて、私達はアウローラ様に付き添いましょう。」
「一旦、個室の休憩室に行かれては如何ですか?」
「本当に申し訳ありません…同じ我が国の貴族として恥ずかしいですわ……」
「エピオテス様、アウローラ様の事は私共にお任せ下さい。」
アウローラの侍女も近づいて来た。
「…………そうだな。頼むよ……」
女性陣はアウローラを囲み、静々と去って行く…
「エピオテス様、僕達は彼女を教員室に連れて行こうと思います。」
いつの間にか男爵令嬢の糾弾も終盤らしい……
教師からも厳重注意をしてもらう流れの様だ
「あぁ…頼む。」
男爵令嬢は、令息達に引きずられて行った……
まだ何か喚いているが……よく聞き取れないし、それどころでは無い……
膝の力が抜けて、再び椅子に座り込んでしまった。
俺の侍従が近づいて来て、小声で言った。
「さっきのアウローラ様……凄かったですね…」
「…お前は気付いたか…」
先程の殺意を思い出して、とうとう体が震えてきた…
「はい……思わず結界を張りそうになりました…」
「ハアアアアァァ〜……」
テーブルに額を押し付け、盛大な溜め息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「……今、腰が抜けてる…」
「……お茶をお持ちします。」
侍従も困惑顔を仕舞えないまま給仕をしに行った。
『初めて見た感情が…殺意って……』
「……怖かった……」
誰にも聞こえない音で、ポツリと呟いた。
今までの人生で一番の恐怖だった…




