外へ行く
今日は土曜日で、私は仕事の下準備の、下準備の日だ。
ライターに記事を書いてほしい高級レストランに、下見に行くのだ。
自腹で。
せっかくだからミヤトも連れて行く。
今日の店は、三ツ星レストランのスーシェフが開いた、庶民でも目一杯背伸びすればギリギリ手が届く、フレンチレストラン。
普段遣いは難しいけれど、大切な記念日に行きたい店だ。
……厳格なドレスコードはないけれど、格式(とお値段)はそこそこ高い店とも言える。
だから私も(ドレスやスカートは似合わないので)パンツスタイルのスーツを着て、髪も整えて化粧もした。
「……わ、タカオさん、綺麗」
なんてお世辞を言ってくれるミヤトにも既製品のリクルートスーツにネクタイでめかしこませた。
おぉ、なかなかに美男子に仕上がった。
褒めたら照れて、一生懸命に髪を梳いていた。
だめだ、毛づくろいする猫にしか見えない。
そんなこんなで、店を目指す。
うちの可愛い黒い猫は、移動の電車内では
ネットのサイトを見ては
「めっちゃ綺麗な皿と料理だ」
「兎って食べられるんだ?」
と一人で、にゃうにゃう鳴いていたのだが。
レストランに着くと途端に黙り込んだ。
ガチガチに固まっている。
なんか、昔のアニメにあったな、猫が凝り固まってじっと不動で縫いぐるみに間違われるシーン。
いや、あれは意図的に擬態していたか。
まぁ、それはともかく。
ミヤトはギクシャク歩いて、尻尾も丸めて後脚に挟んで、私の背から離れようとしない。
「俺、ここ無理、怖い」
動物病院に連れてこられたペットじゃあるまいし。
情けない声でみぃみぃ鳴いているミヤトの頭をぽんぽん撫でつつ、
「2名で予約した小鳥遊です」
私は受付で名乗った。
「今日は、お前が家に来て半年の記念だ、超一流の美味いものを経験しようじゃないか」
テーブルに着いて私が言えば、
私の愛しい黒い猫は、目を真ん丸くして私を見つめ、ふいとそっぽを向いた。
尻尾がぴこぴこ揺れているようにみえるのは、気のせいだろうか。
ちなみにうちの黒い猫は、うずら肉のココットと、真鯛のソテーに添えられたオランデーズソースがいたく気に入ったらしい。
しばらくの間、バターたっぷりのスクランブルエッグやカルボナーラスパゲッティ、甘くないフレンチトーストが家の食卓に連日並んだ。
「ごめんなさい、作れない。作りたいのに」
すっかり耳を垂れて悲しそうな黒い猫が、
みゅぅ……と弱々しい声で鳴くけれど
これらはこれらでちゃんと美味いよと褒めてやると、ぴくぴくと耳を震わせていた。
そしてある日ようやく、
「ソース、できた、かも。どう?」
と出されたのは、オランデーズソースのかかったベーコンサンド。
「おぉ、これはすごいな」
私も感嘆して、とろりと濃厚な卵のソースを堪能する。
きっちりお座りして、むふん!と誇らしげに胸を張る黒い猫をよしよしと撫でると
びっくりしたように一瞬慄き、
それから、おずおずと私にすり寄って来た。
「美味しい?」
不安げに私を見上げる可愛い黒い猫。
「美味しいよ、私はお前の作るこのソース、とても好きだ」
ミヤトが照れたのか俯いた。
でも、ごろごろと喉が鳴るのが聞こえた気がした。