餌付け
「今日は、鶏カツだ」
台所に立つ私の横で、興味津々といったふうにミヤトが私と私の手元を見つめている。
細かいパン粉をまぶした鶏むね肉を、油をたっぷり入れた鍋にそっと入れて、火を付ける。
温まっていく油がちりちりと鳴る。
「油が跳ねる、もう少し離れておけ」
しゅんとしてミヤトが離れ、今度は食器棚に取り付けたスライドテーブルの上の小鉢を覗き込んでいる。
「ごぼう、煮魚のやつ……」
呟きながら、ぴょこぴょこと微かに体が動いているのは無自覚だろうか。
こいつ、この渋い惣菜が気に入りらしい。
味醂醤油と出汁で煮た牛蒡。
煮魚を作る際に、ほぼ毎回作るものだ。
魚の臭み取りと付け合せを兼ねて、少しだけ。
だが、ミヤトが「ごぼう、もうなくなっちゃった」と毎度悄気ているので、今日はこれだけわざわざ作ってみた。
甘辛い味と、ぽくぽくとした歯ざわり、ほどほどの歯ごたえと柔らかさのバランスがハマるそうだ。
ピーピーと炊き上がりを告げる音にびくっとしてから、ミヤトが炊飯器に移動する。
そうっと手をかざして、湯気のぬくもりを楽しんでいる。
黒い猫が炊飯器で暖を取るさまが目に浮かぶ。
流石に蓋の上に乗りはしないが。
5分ほどだけ蒸らして、炊飯器を開ける。
熱々の飯をよそった茶碗を両手で包むように持って
「温けぇ。それも炊きたて」
と目を細めている。
この家に来るまでずっと、冷や飯を食べていたのだろう、この子は。
今でもそれがささやかな喜びらしい。
今日の献立は、
揚げたばかりの鶏カツと、炊きたての麦入り飯と、ミニサラダに玉ねぎとわかめの味噌汁。好物のごぼうの煮物付き。
「……ごぼうの、あれば、お代わりしていいっすか」
鶏カツもサラダも味噌汁もぺろりと平らげて、ミヤトは言う。
好物のウェットフードをもっとよこせと、
にゃーにゃー鳴く。
気まぐれに与えられる、野ざらしの皿の古いカリカリをちまちま食べて飢えをしのいだ野良猫が。
いま、たらふく餌を食べたくせに。
しっかり家猫になってくれた。
「あぁ、残り全部食っていいぞ」
許してやれば、いそいそと台所の小鍋に向かう。
自分の皿に好物を盛り付けて戻って来る彼が、私を見て、照れたように笑った。
黒い猫の、ぴんと立った尻尾の先が、いま一瞬だけ、ふにゃりと曲がって鍵しっぽになった気がする。
全く、可愛い奴。
こいつが来てからずっと根気よく餌付けしたが、うまく行ったようだ。
温かい飯も、好物のお代わりも、
当たり前だと思えるまでには
もう少しかかるだろうけれど。