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08

 翌日からも、七緒は暇があれば稲荷の祠に通った。

 捨てた瓶と花の代わりに、新しい水差しと近所の家から貰った蝋梅を持ってきて飾ったり、お供え物として稲荷寿司を買ってきたり。最初は祠のことをしていたが、稲荷がひとりで苺の苗の周りの雑草を取っているのを見て、それも手伝うようになった。

 一つの株から取れる苺は限られているため、株の数を増やしたいらしい。

 最初に植えられていた苗を中心に陽当たりの良い場所の雑草や枯草を抜いていく。

(本当、意外と広いなぁ、ここ……)

 入口こそ狭いが、一軒家くらいは立てれそうなスペースがある。

 陽当たりの良い場所の草を取り除くだけでも二日はかかりそうだと思いながら、手近な草を引っこ抜いていると、入り口の方から枯れ葉を踏みしめるような音が聞こえてきて七緒は顔を上げて振り返った。

「やっぱいるし……」

 ぼそりと呟かれた声には明らかに“呆れ”が含まれていた。

「陵さん……」

 今日はコンタクトレンズなのだろうか。表情が分からなくなるあの分厚い眼鏡はなく、形の良い切れ長の目が七緒を見下ろしている。

「あんた、何してんの?」

「えっと、稲荷さんのお手伝いを……ひとりだと大変そうだったので……」

 冷ややかな視線を向けられて、七緒は固唾を呑んだ。

 美人が怒ると怖いと言うが、正にそれだろうか。マスクをしていても美人と分かるほどに顔が整っているのだが、どうしてか七緒は少し怖いと思ってしまうのだ。

 何を言われるのかと構えていたが、陵は溜め息を吐くと、まだ手付かずな場所に座り込んで雑草を抜き始めた。

「あ、ありがとうございます……」

「別に。あんたとそこの稲荷だけじゃ、いつまで掛かるか分からない」

「バイトとかは大丈夫なんですか……?」

「今日は昼であがり」

 アルバイトの帰りに寄ったということだろうか。

 何でわざわざ? と七緒の中で疑問が浮かぶが、淡々と作業をしている陵を見ていると、話し掛けるタイミングが見付からない。

 七緒は諦めて、ひとまず自分で答えを考えようと陵の言動を思い返す。

(この前、駅で見かけたって言ってたから、使ってる電車が一緒ってことだよね……あれ、でも、その言い方だと、降りる駅が一緒の可能性も……?)

 何となく電車に乗る駅が同じだと思い込んでいたが、近所に住んでいる可能性だってあるのだ。だとすれば、こうして立ち寄るのも不思議ではないかもしれない。

「陵さんは、この近くの人なんですか……?」

「いや、少し離れてる」

 なら、何でわざわざ? と先程と同じ疑問が再び七緒の頭に浮かんだ。

「ええと、近くじゃないのに、立ち寄ってくれてありがとうございます……」

「あんたがもっと危機感持ってれば、こんなことしないで済んだんだけどな」

「す、すみません……」

 そう謝った後で、七緒は危機感という言葉に違和感を覚えた。

 確かに、先日の夜は怖い思いもしたし、危ない状況ではあったが、稲荷はもう渉の兄が清めてこの通り正常な状態に戻っている。危険など、どこにもない筈だ。

「あの、危機感って……」

「こんななりしてようと、神は神だ。神は扱い方を間違えれば祟る。そう気軽に関わっていい相手じゃない」

 陵にそう言われ、七緒は稲荷の方に目を向ける。

 小さな手で一生懸命に草を抜いている姿を見ていると何か手伝いたくなる気持ちになるが、あの夜襲い掛かってきたのも稲荷なのだ。

「またあんな風に、堕ちたりするってことですか……?」

「同じじゃないが、厄介なことに変わりはないし、何の力も持ってないやつが対処できることじゃない」

(あ……)

 あの時、何もできずにただ陵に庇われ、丁司や渉に助けられたこと思い出す。

 偶々相性が良くて稲荷の姿が見えるだけで七緒は何の力も持っていないし、渉や陵のように豊富な知識があるわけでもない。

 何かあった時には彼らを頼らざるを得ないのだ。

「すみません。陵さんからしたら迷惑ですよね……」

 今のところ、稲荷は七緒の手助けを喜んでくれているが、もう関わらない方がいいのだろうか。

 悩む七緒に、陵は軽く溜め息を吐いた。

「別に、何かあったら後味悪いから、勝手に手を出してるだけだ。面倒臭くなったら放置するから気にしなくていい」

「あ、はい……」

 好きにしていいという意味なのだろうが、あまり迷惑を掛けないようにするに越したことはない。

 どこまで関わっていいか、一度渉あたりに相談してもいいかもしれない。

(今度、お店が忙しくなさそうな時に行こう……)

 今この場で陵に相談してもいいのかもしれないが、やはり何となく話しかけ辛い。

 暫くは黙って草抜きに集中しようとしたが、その内、沈黙そのものに居心地の悪さを覚えるようになった。

 七緒は思い切って、「あの」と陵に話しかける。

「陵さんも、色々詳しいですよね……小さい頃から神様とか見えたりしてるんですか?」

「まぁ……そういう血筋だから……」

「神社とかの……?」

「違う」

 陵は短く否定する。それ以上訊くのは何となく躊躇われ、七緒は、そうですか、と話を終わらせた。

 結局、会話らしい会話がないまま、気付けば陽当たりの良い場所はほとんど雑草がなくなっていた。

 陵の手助けがなければ二日は掛っていただろうが、今日だけで終わってしまった。

 稲荷は嬉しそうに尻尾を振りながら、広くなった畑を眺めている。

 作物を育てるなら土を耕したりもしないといけないだろうが、陽も落ちてきて大分薄暗くなっているため、今日の作業はここまでだろう。

「あの、陵さん、手伝ってくれてありがとうございました」

「あんたが礼言うことじゃなくない?」

「い、いえ、私だけだったらもっと時間掛かってたでしょうし……」

 自分が助かったのも事実だからとそう言ったのだが、陵は呆れたように溜め息を吐くだけだった。

「もういいから、早く帰ったら? 魔除けの鈴持ってても、寄ってくる奴は寄ってくる」

(寄ってくる……)

 一体何が、と一瞬疑問に思ったが、“魔除け”なのだから、あまり好ましくない存在のことだろう。

「は、はい……」

 七緒は頷いて、「じゃあ、帰りますね」と陵と稲荷に軽く頭を下げて祠を後にした。

 西の空は薄く茜色に染まり、所々空を覆う雲が夕陽に彩られている。綺麗、と思わず足を止めたくなる一方で、建物の影は黒々としていてあの夜のような微かな不安が胸をよぎる。

 ひやりと冷たい風が頬を撫で、七緒は早く帰ろうと家に向かって駆け出した。

 肩掛けの小さいバッグが揺れるのに合わせて中から、りぃん、りぃん、と硬質な音が聞こえる。お礼にと貰った御守りの鈴だ。

 そういえば、と七緒は陵の言葉を思い返す。

 鈴だけになった御守りは家の鍵に付けているのだが、陵は何故持っていると分かったのだろうか。

(音、鳴ったっけ……?)

 こんな風に激しく揺れている時は鳴るのだが、しゃがんで草取りをしている間は鳴らなかったように思う。

 七緒が気付かなかっただけで、陵には聞こえていたのだろうか――。

 ささやかな疑問が生まれるが、相手とは既に別れており、七緒は小さなそれを胸の奥に仕舞った。



 大通りに面していない陽だまりカフェも土日は忙しいだろうと、七緒は平日になるのを待ってからカフェへと足を運んだ。

 時間を確認すると午後一時半を過ぎていた。ランチに来た客もほとんど帰っている頃合いだろう。

 七緒はガラス窓から中を窺いながら店のドアを開ける。遅めに来ただろうランチ客が一人残っている程度で、他には客の姿はなかった。

「いらっしゃいませ。あ、相模さん、こんにちは」

「こんにちは」

 七緒はこの前も座ったカウンター席に座る。

「一応まだランチもあるけど、昼ご飯はもう食べた?」

「あ、はい。家で少し食べたので大丈夫です」

「じゃあ、デザートメニューだけでいいかな?」

 渉はそう言って、デザートのページを開いて七緒の前に置く。

「今日のおすすめは蜜柑のタルトレットかな」

「蜜柑タルト……!」

「大きいのじゃなくて、小さいタルトレットの方ね」

「大きいのと小さいのって、名前が違うんですか?」

「うん。日本では区別されないことが多いけど、小さいタルトはタルトレットって言うんだよ。まぁ、タルトって言うと、基本的に皆大きい方を想像するだろうけど」

「なるほど……」

 七緒が想像したのも大きなタルトの方だ。

「あとは、蜜柑のパウンドケーキといつものガトーショコラ」

「パウンドケーキも蜜柑なんですね」

 オレンジではなく蜜柑とわざわざ言っているのだから、温州蜜柑を使っているのだろう。ちょっと珍しい、と七緒は思う。

「蜜柑を大量に貰ってね……そのまま食べるのもちょっと飽きてきたから何か作れって言われちゃって……」

 渉はそう言って苦笑する。

 七緒の家では、蜜柑はたくさん買っても気付けばなくなっていることが多いが、渉の家族はあまり蜜柑を食べないのだろうか。

(それとも、本当に飽きるくらいいっぱい貰ったとか……?)

 大量の蜜柑を想像しながらも、折角少し珍しいケーキがあるのだからそれを食べてみようと七緒はもう一度メニュー表に目を落とす。

「えっと、じゃあ、蜜柑のタルトレットでお願いします」

「飲み物はどうする? 中身にチョコレートを少し使ってるから、個人的にはコーヒー系がおすすめ」

 そう言われて七緒はコーヒーメニューの欄に目を向ける。

 ブレンドコーヒー、エスプレッソ、カプチーノ、カフェラテ、カフェオレ――。

 ブラックはどうしても苦いと感じてしまうため、七緒が選ぶのは大抵ミルクが入ったコーヒーメニューだ。

「えっと、じゃあ、カプチーノで」

「蜜柑のタルトレットとカプチーノね。かしこまりました」

 渉は注文伝票にメモを書くとケーキとドリンクの準備を始めた。

 冷蔵庫や戸棚を開け閉めする音、コーヒーを淹れる機械を動かす音。あくせくと動く渉を眺めながら、七緒はメニューと一緒に出された水をちびちびと口にする。

 相談があることを伝えたいのだが、なかなか忙しそうで言い出すタイミングを見付けられない。

 その内、残っていた最後のランチ客が会計を済ませて帰り、客は七緒一人だけとなった。

 これで更に相談しやすくなった、と安堵していると、七緒の前にカップとケーキ皿が置かれた。

「お待たせ。蜜柑のタルトレットとカプチーノです」

 ふわふわの白い泡の中に薄っすらと淡い茶色が見えるカップに、八センチ程の小さなタルトが載っているケーキ皿。飾り付けられている蜜柑は、上から何か塗られているのか艶があり、きらきらと光っている。

 七緒の頭の中は一瞬で目の前のスイーツに塗り替えられた。

「わぁ……! いただきます……!」

 待ちきれないと言わんばかりにさっと手を合わせ、フォークを取る。

 綺麗に盛り付けられているタルトを崩すのは少しもったいない気もしたが、それよりも早く食べたいという気持ちの方が勝っていた。

 できるだけ壊さないようにと、上から慎重にフォークを刺し、一口分を切り分ける。

 蜜柑の下には生クリーム、そしてチョコレート色の生地が敷き詰められていた。

 切り分けた一口分が全部フォークに乗るように掬い、口に運ぶ。

 サクサクのタルトが口の中でほろほろと崩れると同時に、蜜柑の甘みと酸味、生クリームの程良い甘さが口に広がる。チョコレートの入った生地はしっとりと濃厚で、甘みの他に仄かな苦みと香ばしさがあった。

(んん……!)

 七緒は口の中に広がる味を堪能するかのようにぎゅっと目を閉じる。

 チョコレートが入っていると聞いていたからもっと甘いものを想像していたのだが、生地は思ったよりもビターでくどさを感じない。

 もう一口、と形が崩れるのも気にせず切り分けて口の中に入れる。

 蜜柑のシロップ漬けは甘みと酸味のバランスも良いが、ふわりと香る柑橘系の香りがまた良い。ぱっと見はどこにでもありそうな蜜柑の缶詰に見えるが、これほど美味しい蜜柑のシロップ漬けは今までに食べたことがない。

「どう? 気に入った?」

 渉に訊かれ、七緒は勢い良く頷く。

「はい! これ、すっごく美味しいです! あの、蜜柑を大量に貰って言ってましたけど、もしかしてこれって……」

「ああ、手作りの蜜柑のシロップ煮だよ。この方が日持ちもするから、自分で作ってみたんだ」

「や、やっぱり、手作り……」

 七緒は軽く震えながら食べかけのタルトを見下ろす。載っている蜜柑は薄皮はもちろん、白い筋も全く残っていない。

「皮とかって、綺麗に剥けるんですか……?」

「うん、重曹に漬けるとするっと剥けるよ」

「へぇ、重曹とか使うんですね」

「結構手間ではあるんだけどね……」

 量も結構あったから、と渉は苦笑いする。

「じゃあ、この味付けとかも店長さんが……?」

「うん、そうだね。そのままシロップ漬けにしちゃうとちょっと甘くなりすぎるから、レモン汁足したり、あとは香り付けにコアントローとかスパイスを少し入れたかな」

「こあんとろー」

「オレンジ風味のリキュールの一つだよ。ただ蜜柑を煮ただけじゃ、やっぱり香りは付かないから」

 このシロップ漬けを作るだけでも相当時間がかかりそうだ、と七緒はまじまじとタルトを見詰める。

「タルトの下の方も手作りだったり……?」

「うん。タルト台から自分で作ったよ。市販で売ってたりもするけど、甘すぎたり食感が良くなかったりするからね」

「店長さん、普通にケーキ屋さんもできそうですけど……」

 七緒の言葉に渉は声を立てて笑う。

「ケーキ屋は流石に無理かなぁ。基本独学で、パティシエの専門学校とか行ってないし。バレンタインが近いからこのタルトレットはちょっと凝ってみたけど、パティシエが作るようなタルトには遠く及ばないと思うよ」

 飾り付けとか特に、と渉は言う。

「ケーキ作りは好きなんだけど、飾り付けはセンスがいるからね。あとは技術も。これ、本当は大きなタルトにしてみたかったんだけどさ、果物いっぱい盛っちゃうと、切るのが大変になるから諦めたんだ……」

 そう言われて、七緒はケーキ屋などで売られているフルーツ盛りだくさんのタルトを想像する。

「タルト台が崩れないようにするくらいなら兎も角、蜜柑を潰し過ぎないように切るのは難しいからね。蜜柑は特に水分多いし」

 ああ、なるほど、と七緒は頷く。七緒自身もそんなタルトを上手に切る自信はない。

「それでタルトレットにしたんだけど、飾り付けまで先にしちゃうと、クリーム使ってるから傷みやすいでしょ? でも、うちはまだそこまでお客さんが多いわけじゃないから、結局クリームと蜜柑は後載せにせざるを得なくてね……そうなると今度は、短時間で綺麗に盛り付けれるようなセンスと技術が要るんだけど、どっちもそんなに持ってないからこれが僕にできる精一杯かな。まぁ、カフェで出す手作りスイーツならこういうのでも十分かなって思ってるんだけど」

「いえ、見た目も全然綺麗ですし、味もすっごく良いです」

 お世辞ではなく本気でそう思っていることを伝えれば、渉は嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。

「でも、相模さん、ここがケーキ屋になっちゃったら、丁司さんのご飯食べれなくなるよ?」

「はっ……!!」

 タルトレットの美味しさに感激してケーキ屋などと言ってしまったが、このカフェは食事も凄く美味しいのだ。

「そ、それはちょっと、困りますというか、カフェのままでお願いします……」

 頭を下げる七緒に、渉は肩を震わせながら笑う。

「大丈夫、僕も、ケーキ屋に変えるつもりはないから」

 ツボに入ってしまったのだろう、くすくすと笑いながら言う渉に七緒は少し恥ずかしくなりながら、口直しにカプチーノを飲む。

 ふわふわのミルクがあるとはいえ、砂糖を入れていないカプチーノは七緒にはほんの少し苦かった。

「そうえいば、相模さん、今日は何か用があって来たんじゃないの?」

 一頻ひとしきり笑って満足したのか、渉が「ずっと何か言いたそうにしてたよね?」と尋ねてくる。

「あっ、そうでした……」

 蜜柑のタルトレットで頭がいっぱいになっていたが、そもそも今日は渉に相談があって来たのだ。

「えっと、この前、稲荷さんのお手伝いに行ってる時に陵さんにお会いしまして」

「うん、ちょっと情報量が多いかな?」

 そう切り返されて、七緒は多いだろうかと首を傾げる。

「稲荷の手伝いに行ったの?」

「はい。最初は祠周りの掃除をするくらいだったんですけど、苺の方も気になって……手伝いと言っても雑草を抜いたりしたくらいですけど……」

「あー、祠の裏に入ったんだね……」

「えっ、入っちゃ駄目だったんですか……? 稲荷さんは特に駄目とは言わなかったんですけど……」

 そもそも稲荷の祠に呼び出された時、七緒は渉達に連れられて祠の裏に入った。入ってはいけない場所ならば、七緒を裏には連れて行かないのではないだろうか。

「あ、いや、うん、ちゃんと出てこれるならそこまで問題はないかな……」

「出て、これる……?」

 普通に出入りできたが、出てこられない場合があるのだろうか。

「あー、ええと、そこはそんなに気にしなくていいよ。多分問題ないみたいだから」

「はぁ……」

「それで、陵君がそこに来たの?」

「はい……その、私がちゃんと危機感を持ってないから、何だか心配を掛けてしまったみたいで……」

 口調や態度は心配しているという感じではなかったが、あんな風に気にしてくれたということは、心配してくれたということなのだろう。

「陵君が、ねぇ……」

 渉の言葉に少し含みがあるような気がしたが、七緒は兎に角相談内容を話してしまおうと話を続ける。

「陵さんにはあまり関わらない方がいいって言われたんですけど、稲荷さんの方はお手伝いも喜んでくれてたみたいなので、どこまでお手伝いしていいかアドバイスを貰えたらと思いまして……」

「なるほど。相模さんは稲荷の手伝いがしたいんだ」

「はい、何となく気になるので……」

「因みに、陵君が関わるなって言った理由は?」

「神様は扱い方が難しいから、です。扱い方を間違えたら祟られることもあるからと……確かに、そんなことになってしまったら、自分ではどうしようもないので陵さんの言う通りなんだと思います……店長さん達にもご迷惑を掛けるかもしれませんし……」

「あー、なるほどねぇ」

 渉は腕を組んで軽く宙を見上げる。

「陵君が言うことも一理はあるかな。今回は、稲荷は望みも叶って大人しくなったけど、神様って基本的に気難しいというか、人とはやっぱり価値観が違う存在だから、考えなしに関わるのは良くないよ。知らない間に地雷踏んじゃって祟られる例とかも確かにあるし」

 それは怖い、と七緒は身を固くする。あの稲荷も、何かあれば再びあの黒い獣のようになってしまうのだろうか。

(そんな風には見えないけど、そうなってしまう可能性もあるってことだよね……)

 やはり関わるべきではないのか、と悩む七緒に、渉は「でも」と続ける。

「神社の息子としては、祠の掃除とかは続けて欲しいかな。祀られてる場所が荒れてると、神様にも良くないからね。稲荷、喜んでなかった?」

「はい、とても」

 とても堕ちていた神とは思えないほど、目を輝かせて尻尾を振って喜んでいた様を思い出す。

 そんな姿を見ているからこそ、もっと何かできないかと思えるのだろう。

「僕個人の意見にはなるけど、相模さんはあの稲荷と良い関係を築けていると思うから、他の手伝いもしていいと思う」

 渉の言葉に七緒は顔を上げる。

「苺が駄目になりそうな時とかはすぐに連絡して欲しいんだけど、上手く行ってる間は少し手伝いをしながら見守ってくれるとこちらとしても助かるかな」

 陵に注意をされてから、七緒は間違ったことをしているのかもしれないと不安になっていたが、決してそうではなかったのだと胸を撫で下ろす。

「陵君が言うようなことも確かにあるから、これからもし他の神様と関わる機会があれば、その時は慎重になった方がいいけどね」

「は、はい!」

 本当にそんな機会があれば確かに気を付けた方が良いだろう。

(でも、稲荷さんは相性が良いから見えたらしいし……)

 きっとこんな経験は今回だけだ。七緒は心の何処かでそんな風に感じている。

 だからだろうか、最初は怖い思いもしたが、今では稲荷との出逢いを大切にしたいと思い始めている自分がいる。

(手伝ってもいいって分かって良かった……土日行かなかったし、明日行ってみよう……)

 祠用に何かお供え物も用意しようと考えながら、食べかけのタルトレットをフォークで切り分ける。

 何度口に入れても美味しいと感じるそれに、自然と笑みが零れた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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