転生
至るのは完全な暗闇。
指先一つ動かせる気がしない脱力感と疲労感。
ずしりと体全体に、もう一人の俺が重なっているような重みを感じるし、ふわりと羽のように宙に漂う浮遊感も感じる。そうした矛盾の中に頭が酔う。
死ぬというのはこういう感覚なのだろうか。
よく創作物では、死ぬときは静かだとか何も感じないとか表現される。所詮は死んだことがない人間が書いた想像の感覚でしかないということなのか。
あとは死ぬだけなのだから安らかにさせてほしい。
——思い返してみれば、女手一つで育ててくれた母親に何一つ親孝行をしてあげられなかった。
加えて25歳で死ぬのだから、親不孝者の極みというものだ。
研究や実験が俺の人生の大半を占めていた。
幼いころから研究者だった父に憧れて、よく真似事をしたもので、当然のように研究者の道に進んでいたし、いつの間にか父の年齢を超えていた。
そんな俺を、先月誕生日を迎えた母は立派だと褒めてくれた。
その時に食べた生クリームたっぷりのショートケーキの味がふと蘇る。
じわりと、口の中が湿るような気がした。そうして蘇ったのはケーキの味ではなく、武骨で硬い鉄の味だった。
つん、と土の匂いが鼻に刺さった。雨上がりの独特な埃の匂いも交じっている。
明らかにおかしい。俺は死んだはずなのに、何故味覚も嗅覚も戻ってきているのか。
「——カハッ!」
急に始まる呼吸に、肺が追い付かない。収縮しきっていた肺は流れ込んできた空気を取り込んで、肋骨を押し出すように膨れ上がる。乾ききっていた喉に空気が触れると、針で刺されたかのような痛みが襲ってくる。
それでも、体が呼吸を求める。喉仏を震わせながら、血の味がする唾液を飲み込みながら、体が生きようともがく。
瞼を開く。ぼやけた視界が捉えるものは深い緑と闇の輪郭。それらがはっきりと見えだしたのは、力強い瞬きを4度繰り返した後だった。
「ここは……?」
こぼれた言葉に反応するかのように風が頬を撫でる。同時に草木の葉を揺らし、かさかさと音を鳴らす。
周囲は薄暗い。見上げると、茂った葉の隙間から星々が見える。
——森だ。
蘇った五感が告げるのは、そんな平凡かつあり得ない結論だった。
「俺は……死んだはずでは?」
あれは夢だったのか?
いや、そんなはずはない。確かに俺はさっきまで研究所にいたし、あの惨劇を目の当たりにした。できれば夢であってほしいと思ったが、体が覚えている。俺は爆発に巻き込まれ、いくつもの破片に体を文字通り切り刻まれた。ミンチという言葉のほうが適しているんじゃないかっというくらいに。
口の中はまだ血の味がする。口元を親指で拭うと、微かに血がついていた。着ていた服もボロボロになっている。
俺は親指と人差し指とこすり合わせ、血をぬぐいながら周囲の様子を観察する。
見たこともない景色だ。研究所の周辺にはこのような森はない。吹き飛ばされたという可能性はないだろう。
「いや、今やるべきことはそこじゃない。とりあえず知っている場所に戻って事の顛末を収集しなければ」
そうだ。なぜ自分が生きているのかなど後回し。まずは自分の置かれている状況を把握することが重要だ。
脚に力を入れる。普段なら脚力だけで起き上がれるが、どうもうまく力が入らない。まるで立ち上がり方を忘れていたかのように。
手を地面につけ、生まれたての羊のようにふらつきながら立ち上がる。だが自重を支えきれず、傍に生えていた樹に手をついて体を支える。
ふう、とため息をつく。ひやりと汗が頬を伝う。
「とりあえず歩くか……」
落ちていた木の枝を杖替わりによたよたと歩く。見たことがない場所とはいえ、都内にいることは間違いない。適当に歩けば自然と人がいる場所に行きつくに決まっている。
「はぁ……はぁ……」
しかし、歩けど歩けど見えてくるのは似たような景色。やけに太い樹と長年刈られていないであろう生い茂った雑草だけだ。
10分くらい歩いたであろうか。頼りなかった足取りも、ようやく歩き方を思い出しのか、一般成人男性ほどの歩行能力は出せるようになってきた。もっとも、杖替わりの枝は手放せずにいるが。
「あれは……?」
ここでやっと景色に変化が訪れる。と言っても、人が居たわけでもコンクリートの道路が現れたわけでもない。月明かりに照らされた、ただ少し広い空間を見つけたのだ。
まるで吸い込まれるようにその場へ足を向ける。今の俺にとって、光はとても恋しい。懐かしくも感じる月明かりに、自然と足取りが早くなる。
闇と光のコントラストを踏む。月明かりに照らされて宙を飛ぶ塵が、上へと視線を誘導する。
目に映るのは薄く白銀に光る満月。だが、明らかに異常がそこにはあった。
「……なんだよ、これ……」
そこに君臨していたのは、“もう一つの月“。
焔のごとく赤く滾り、まるで天を焼き尽くさんとするかのような巨大なカタチを持つ、禍々しくも荘厳な夜の覇者。
その不気味な輝きは、星々の囁きを吞み込み、静謐な闇を切り裂いて、まるで世界そのものを嘲笑うかのように脈打っている。
俺の心臓は鼓動を忘れたかのように一瞬停止し、冷や汗が背を滑り落ちる。
——この月は、いや、“これ”はただの天体ではない。
生物としての直感か、学者としての感性か。
その赤は、血を、焔を、或いは終焉の予兆を孕んでいるかのようだ。膝が震え、足元が地に縫い付けられたかのように動かない。
この異端の月が、何を告げ、何を求めるのか。
その答えを知るには、あまりにも大きな代償が必要な気がして、胸の奥で恐怖と好奇がせめぎ合っていた。
だが、そのような感傷も続けさせてはくれなかった。
ガルル、と獣とも鬼ともつかぬ唸り声が、森の深奥から響き、静寂を切り裂いた。
それは、群れを成して現れた。
一頭、また一頭と、影の如く蠢く無数のシルエットが、赤月の光に照らされ、禍々しい実態をあらわにする。
狼と呼ぶにはあまりにも異形。
まるで、奈落かの底から這いあがった怪物そのものだ。
爛れ、腐臭を漂わせる肌には、骨とも角ともつかぬ突起が無秩序に突き出し、まるで生ける呪詛の結晶。
瘴気——否、黒く澱んだ霧のようなものが、その巨躯から絶えず立ち上り、大気を汚し、触れるものすべてを侵すかの如く漂っている。
先頭の一頭の眼窩に宿る光は、赤月の輝きを映し、だがそこには獣の野生はなく、ただ底なしの憎悪と飢餓が渦巻いていた。
目が、鼻が、耳が、喉が、体が、恐怖に締め上げられた瞬間だった。
膝は笑い、握り潰した拳の中で汗が滲む。
「何だこいつらは……!」
掠れた呟きが無意識に唇を滑り落ちるも、群れの唸りは瞬時にそれをかき消してしまう。
モンスター。
そうとしか呼びようのないこの存在は、一歩、また一歩と足音を鳴らす。その音はまるで俺の心臓を踏み砕くような重圧を孕み、逃げることすら許さぬ威圧で迫り来る。
本能が告げる。逃げろ、逃げろと警告する。歯を打ち鳴らし、荒い息を吐く。
だが意外にも、俺の理性のほうは冷静だった。
杖替わりの枝を握り直し、ゆっくりと、目線を外さずに後ずさる。
こいつらは俺を見定めているのだ。
現に、すぐに襲い掛かってこないのがいい例だ。群れを成し、チームで獲物を狩る。
見た目は異形だが、冷静な目で見ると生物としての特徴が見て取れる。
仮に狼で例えるなら、先頭の狼は様子見の鉄砲玉。周囲を取り囲んでいるのは獲物を逃がさないために配置された威嚇役の老兵。リーダーは茂みの奥から隊全体を指揮しているはずだ。
であるならば、対応の仕方は出てくる。
まずは大声をあげながら体全体を大きく広げて威嚇する。次に目の前の鉄砲玉に一撃を加え、群れの不意を突く。そのまま奥で控えているであろうリーダーを叩き、隙をついて逃げる。
これしかない。
俺は大きく息を吸い込み、大声を出す準備に取り掛かる。瞬間、目の前の鉄砲玉が白い歯をむき出して襲い掛かってきた。
「うわあああああああああ!!!」
無論、俺は逃走した。
さっきまでの作戦とか知らない。所詮素人がSNSで見かけた狼の対処法を実践しようとしたところでこの程度だ。
脱兎のごとく逃げる俺を、当然の如く追いかけてくる異形の狼の群れ。
草木をかき分け、茨が肌を裂こうとも、血が滲もうとも、意に介さず直線に走った。
背後から響く異形の狼どもの咆哮は疲労すら消し飛ばし、俺の足を無理やり前へと押し出す。
息は荒く、肺が灼けるほどに空気を貪り、顕界が迫るその刹那、視界が突如開けた。
だが、同時に足元は虚無となった。
——崖だ。
「うわああああああああああ!!!」
本日二度目となる絶叫と共に滑落する。
幸い、急峻な崖ではなかった。地面に叩きつけられ、骨を軋ませる衝撃と全身を貫く激痛が襲うも、意識は辛うじて闇に呑まれず残った。
視界の隅、崖の縁から黒い鼻先が、悔しげに覗き込む。
異形の狼め、ざまあを見ろと中指を突き立ててやりたい衝動に駆られるが、軋む肉体はそれを許さない。全身を貫く激痛が、俺を地面に縫い付ける。
やがて、獣の咆哮が遠ざかる。諦めたか? いや、遠回りして追ってくる可能性も否定できない。油断は大敵だ。ここに留まるわけにはいかない。
左肩が外れたのか、左腕はまるで死んだように動かない。歯を食いしばり、痛みを噛み殺しながら、這うように前へ進む。だが、数十メートルも進まぬうちに、視界が霞み始める。
——死にたくない。
死の恐怖が込み上げてくる。
否、これはフラッシュバックだ。俺は、死ぬ恐怖を知っている。
心から冷えていくような、死の冷たさ、身体が石化するかのように動かなくなっていく死の感覚。そうだ、俺は一度死んでいるのだ。
「い……やだ……! 死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくないぃ!!」
そうした生への渇望が込み上げた時、死へ向かう感覚が反転する。
ホウッと右手が光った気がした。じんわりとした温かさ。蠟燭に灯った火を握ったかのような一瞬の温もり。そして、握った拳の中に生まれた異物感。
その異物を確かめるため、恐る恐る拳を開いてみる。
そこには、1円サイズにも満たないほど小さな、それでも暗闇でもわかるほどの輝きがあった。
「金……?」
そこかしこに転がっている石のように武骨な形をしているが、それは確かに金だった。しかし、何故金を握っているのか。
考えられることはいくつもあった。
だが、新しく生まれた混乱と同様に、ついには俺の脳は限界を迎えたようだ。
酩酊する意識と明滅する視界。
意識が薄れ、瞼が重く落ちるその刹那——
ちりーん。
甲高い金属音が、沈みゆく俺の意識を掴み上げる。鈴のようでいて、もっと重い。まるでキャンプの時に持っていく熊避けのベルの響きだ。
その音に導かれるように、瞼がわずかに開く。ぼやける視界の先に、揺らめく影。
小さな少女がそこにいた。くすんだシャツに橙のエプロン、木彫りの靴を履き、植物の繊維で編まれた手籠を脇に抱える。右手には古びたランプ。少女は怪訝な眼差しで、這い蹲る俺を見下ろしていた。
「……君、は……?」
掠れた声でそう呟いた瞬間、人の気配に安堵したのか、溜め込んでいた疲労が一気に押し寄せ、意識の糸が音もなく断ち切られた。
夢を見ている。
黒い、黒い、泥の中。不思議と呼吸ができるし、目も見える。
そして、目の前には、輪郭がはっきりとした影。それは俺だ。俺は俺と対峙する。
ゆっくりと、右手を伸ばす。合わせ鏡のように、目の前の影も手を伸ばす。
そっと指先が触れる。その瞬間、重なり合った指先に亀裂が入り、光がこぼれ始める。
理解が追い付かない間に、その光はやがて黄金の光となり、俺の右腕を侵食する。
そこで俺は悲鳴を上げるのだ。
「うわあああああああああ!!!」
全く、何度目だ、この悲鳴は。
体を蝕まれる感覚で覚醒する。上半身を跳ね上げ、右手を確認する。
何でもない。普段通りの手の様子に安堵し、ふぅとため息をつく。
そこで、ようやく視線に移る景色に疑問が生じた。
「ここは、家……?」
ゴワゴワとした藁のマットの上に寝ていたことに気付く。ベッドは地面に直置きされた木の枠に藁を敷き詰めた簡素なもので、薄い毛織の布が一枚、身体を覆っている。体を動かすと、藁がカサカサと音を立て、ほのかに土と干し草の匂いが鼻を突く。
部屋の広さは10平方メートルほどだろうか。壁は木造、というか丸太をそのまま組んだようで、隙間は粘土と土で固められている。壁には小さな穴が一つ、窓の代わりに開けられ、木のフレームで囲われていた。そこから零れる光を見るに、今は朝だろうか。差し込んだ光は埃が舞う空気をぼんやりと照らしていた。
まるで異国に飛ばされたような景色に唖然としていると、粗雑に組まれた扉からコンコンとノック音がした。返事を待たずに開けられた扉から現れたのは、見覚えのある少女だった。
手には小さなパンとスープが入った器。想像するに、俺に持ってきてくれたのだろうか。少女は起き上がった俺の姿を見ると、ぱぁっと顔を明るくし、短い赤毛を振った。
「スーノ・クウェ? マーロ・パニス・クウェ?」
「え……スーノ……なんだって?」
「パニス。マーロ・パニス・クウェ?」
少女は持っていた器を俺の膝元に置き、パンを手に取った。
彼女の発する言葉は流暢だ。だが、俺の耳にはただの音の羅列でしかない。この感覚は覚えがある。高校でドイツ語を履修した時の感覚にそっくりだ。
赤く巨大なもう一つの月、狼のようなモンスター、聞いたこともない言語。
間違いない。ここは日本ではない。いや、それどころか、俺の知っている世界ではない。
俺は、全く違う世界に飛ばされたのだ。
「ナーメ・ラ・クェ?」
少女は眉を顰め、俺の顔を見据える。
この少女は行き倒れていた見知らぬ俺を助けてくれた。まずはその事実だけを受け止めよう。
「あー……助けてくれて、ありがとう」
「……?」
少女は余計不信感を募らせたのか、首を傾げた。
これでいい。まずは言葉が通じないことを伝えなければ。
俺は目の前に置かれたパンを手に取り、少女に見せた。
「これは? 何?」
これは何か問うているのだと、分かりやすくパンを小さく揺らして見せる。意図が通じたのか、少女はふふっと笑顔を見せた。
「パニス、パニス」
「パニス……パニスか。ははっ。パニス」
どうやらパンのことはパニスと呼ぶようだ。この要領で自己紹介を済ませてしまおう。
「俺、ユキヤ。ユキヤ」
「ユーキヤ? ナーメ・ラ・ユーキヤ・クウェ? ナーメ・エスト・ウェイロ」
少女はケタケタと笑う。どうやら馬鹿にされたような気がする。こういう世界では日本人の名前はさぞ不思議に思うだろう。推測するに、変な名前とでも笑われたのだろうか。
「ナイーザ。エーサ・ナーメ・ナイーザ!」
少女はナイーザという言葉を主張し、自らのことを指さした。どうやら少女はナイーザというようだ。
「イシ・エスト・ココット・ドーマ」
全く分からない。ココットという言葉を主張したかったようだが、それが何をさすのか分からない以上、推測するしかない。さしずめ話の流れからして、少女のミドルネームか、地域の名前かだろう。
こちらの事情などお構いなしに話す少女をよそに、俺は貰ったパンにおそるおそるかじりつく。持った感触で大方予想はついてはいたが、とても固い。これではデカい乾パンだ。
今度はスープを口にする。味は塩と野菜を煮詰めたもののようで、日本のものと比べるとだいぶ薄口だ。しかし、温かいものが体内に入るだけで心身がとてもリラックスできる。
———とんとん、と扉がノックされると同時に開く。
姿を見せたのは口の周りにひげを蓄えた初老の男性と、一人の青年だった。
見ず知らずの俺に対してもおしゃべりだった少女は、二人の姿を見るや否や静かになり、いそいそと部屋から退散していった。入ってきた男たちの険しめの表情からして、これから始まるのは尋問といったところか。
扉が閉まるのを待たず、初老の男性はさっきまで少女が座っていた椅子へ静かに腰を下ろす。もう一人の青年は扉を閉まるのを確認すると、扉の前でじっと佇んだ。
静まり返る空間に、手に持っているスープの器から昇る湯気が溶け出している。
1……2……3……。自然と頭の中で秒数が浮かび上がる。そして、10の数字が浮かんだところで、初老の男性が腰を曲げてグッと顔を寄せてきた。
「ヴェーニ・テ・ウンデ・クウェ?」
そう言葉を発した初老の男性の目には優しさが見えた。警戒をする必要はないよと、そう語りかけてくる眼差しに、いつの間にか強張っていた体から、スッと緊張が抜けていくように感じた。以前と言っていることはわからないが、少なからず自分の立ち位置というのを明確にしたほうがいいだろう。
「助けていただいてありがとうございます。私の名前は神蔵幸哉と申します」
そう日本語で返事をした。
もちろん通じるとは思わない。だが、こちらが挨拶していることと敵意がないことは態度で示すことができる。
「ロークィ・テ・ネー・インテロ・エスト……」
初老の男性は、困ったように太い眉をㇵの字にし、立派な髭を撫でた。
すると、扉の前で門番をしていた青年が口をはさんだ。
「パーテル、ローケ・タリス・ネー・アウディー・エーサ。コズモ・デ・エミッサ・クウェ?」
「ネー・エスト・ポッシボ。ドーマ・パルヴォ・タリス・エスピオ・ネー・センス。ナイーザ・ディーセ・マーニ・ラ・アタッカー、エスト・クウェ? アウシリ・エーサ・ノース」
「ヴィーヴェ・イシ・ファーセ・クウェ!?」
よくわからないが、初老の男性と青年がちょっとした口論のような状態になっているのは肌で感じる。
ここまでのやり取りでも、なんとなく彼らの言語のルールが分かってくる。前提として、彼らは言葉と同時に身振り手振りで言葉の修飾を行っているで、会話がとてもユニークだ。
初老の男性は青年と会話している最中、何度も両手を伸ばして俺に差し出す動きと自分の体の前に掌を置く保守的な動きが多く、対して青年のほうは拳を握り、振っては回す攻撃的な動きが多い。
感覚的に、身元不明な俺の処遇をどうするかで揉めているのだろう。だが、初老の男性が立場的に上なのか、青年の反論を否応なしに棄却する素振りを見せた。
「エスト・ヴェーロ。ダー・テ・ラボーラ。ヴィーデ・ノース・プローバ」
初老の男性は青年に向けて指を差し、部屋を後にした。それはまるで何か釘を刺すかのような素振りに見える。
青年は眉間にしわを寄せ、キッとこちらを睨みつけた。そう睨まれても、こちらには現在の状況が全く分からないので困るしかない。
「は……ははっ……」
とりあえず笑っておくとしよう。




