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旅の決意

 戦いの終わりは、想像を遥かに超える静けさで訪れた。

 まるで嵐が去り、荒れ果てた大地に穏やかな静寂が降り注ぐかのようだった。爆発によって崩れ落ちた喫茶店の壁からは、外の街路がわずかに覗き、薄明かりがまだ昇りきらない空にじわりと滲んでいた。


 冷たい風が通り抜け、煤と灰、そしてどこかで焼けた果物の甘酸っぱい残り香を運び込み、戦場の余韻を一層重くする。瓦礫の間からは時折、微かな煙が立ち上り、静寂をやわらかく揺らしていた。やがて、遠くから人々の気配が漂い始め、眠りから覚めた街が徐々に息を吹き返す。


 ぽつりぽつりと人影が現れ、日常の喧騒が再び響き合い始めた。しかし、この一角だけは異様な静けさを保ち続け、爆発の爪痕が残る喫茶店の周囲には、まるで時が止まったかのような孤絶した雰囲気が漂っていた。


「俺の痕跡をできるだけ消しておく」


  俺は荒々しい息を整えながら、小さな声で呟く。金の右腕を再び錬成し直し、粉々に砕けた金属片を手に取り、じっくりと液状に溶かしていく。その黄金の液体を身体に吸収し、敵の目を欺くためのささやかな偽装を施す。


 指先から放たれる微かな光が、暗がりの中で儚く輝き、戦いの証を隠そうとする必死さが伝わってくる。それでも爆発で半壊したこの店だけは、どうにもならない。崩れた壁や散乱する瓦礫が、残酷なまでにその存在を物語っていた。


「……悪いことしちゃったね」


 ティナが煤けた壁を見つめ、声に罪悪感を滲ませながらぽつりと呟く。彼女の瞳には、戦いの結果に対する複雑な感情が映し出されており、静かに震える手がその心情を物語っていた。


「しょうがない。お釣りが出るくらいには置いていこう」


 俺は懐から一塊の金を取り出し、掌で力強く錬成を施す。粉砕した金塊がしなやかに形を変え、皿のように平たく延びた純金の塊が、店のカウンター跡にそっと置かれる。その輝きは、崩れた店内に異様な存在感を放ち、まるで戦いの代償を払うための静かな供物のように光を反射していた。


 金の表面には微細な波紋が刻まれ、俺の内なる決意が形になったかのようだった。


 街の人々が野次馬のように集まり始め、好奇の視線が徐々に近づいてくる気配がした。それを避けるように、三人は互いに肩を寄せ合い、喧騒の中に自然と溶け込むように歩き出す。


 足音が瓦礫を踏みしめる音と混じり合い、静かに遠ざかっていく背中には、戦いの疲弊と新たな覚悟が重なっていた。


 黒き使途の死体はいつの間にか、跡形もなくなっていた。まるで誰かに意図的に消されたかのように、血痕一つ残さず消え去り、不気味な空白だけが残されていた。


「全部、持ち去られてる……」


 ティナが驚愕と不安を隠しきれず呟くが、幸哉はそれに答えず、前を向いたまま黙々と歩を進める。心の中では、あの組織の目的、アルヴェンを執拗に狙う理由、そして彼女自身の正体という謎が渦巻き、答えのない問いが胸を締め付ける。


 それでも、今は立ち止まることなく進むしかなかった。背後には消えない影が潜み、前方には未知の試練が待っている。その確信が、俺を駆り立てていた。


「ねえ、幸哉さん」


 隣を歩いていたアルヴェンが、不安げな表情で顔を覗き込んでくる。彼女の瞳には、自己嫌悪と怯えが混じり合い、幼い声が震えていた。


「……うん?」

「私、迷惑……かけてませんか?」


 その言葉に、幸哉の足が自然と止まる。胸に突き刺さるような痛みを感じ、彼女を救えなかった無力感が蘇る。だが、同時に、守るべき存在を守り抜く決意が再び燃え上がる。 そして、そっと彼女の頭に手を置き、優しく髪を撫でる。


「心配しなくていい。もう、そういうのは……言わなくていいから」


 声には力強さと温かさが込められ、アルヴェンの不安を少しだけ和らげる。ティナがその光景を見て、ほのかな微笑みを浮かべ、戦いの後の疲弊した表情に一筋の希望が灯った。 陽が昇り始めていた。新たな朝の光が地平線から差し込み、三人の長い影を街路に伸ばしていく。その光は、戦いの傷跡を優しく照らし、未来への一歩を後押しするかのようだった。 歩こう。 まだ知らぬ地へ、未だ見ぬ真実へ。 俺たちには、立ち止まる時間など与えられていないのだから——その思いが、三人の心を一つに結びつけた。


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