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静寂の弾丸

 敵の無残な死体を見下ろし、俺たちはしばらく言葉を失った。血と埃が混じり合う重い空気が、裏路地の闇を満たしている。

『黒き使途』——その名を口にした謎の組織の一人が、自らの命を絶ち、呪文めいた最期の言葉を残した。静寂の中、その余韻が不気味に響き合い、背筋を冷たくする。


「……行こう。ここに長居はできない」


 俺の声が低く切れ、ティナとアルヴェンを促す。火の気配が遠ざかり、人気のない裏路地を抜け、表通りに出た瞬間、異様な光景が目に飛び込んできた。

 そこに、喫茶店があった。営業は終了しているはずなのに——テラス席のひとつに、異様な存在感を放つ男が座っていた。静かにコーヒーを啜り、白い湯気が黒い外套の肩越しに舞う。その姿は、この死に絶えた一帯にあって、まるで時を切り離した幻影のようだった。


「幸也さん……

「……無視だ。行こう」


 ティナとアルヴェンをかばうように先を急ごうとしたその瞬間—— 。


「ひどい目に遭ったな、坊主。


 背後から響いた声は、低く、しわがれた刃音のようだった。振り返ると、男がこちらをじっと見据えていた。スキンヘッドに近い短髪、鋼を彫り上げたような鋭い顔立ち。片手には湯気を立てるカップが握られ、冷酷な眼光が俺を貫いていた。


「……あんたは?」


  警戒を隠さず問い返すと、男は淡々と答えた。


「カイル。……まぁ座れ。食いもんは出ないぞ。ウェイターがいないからな」

「関係ないな」


  立ち去ろうと足を踏み出した刹那——


「お前、ゴールドフィストだろ?」


 足が凍りついた。心臓が一瞬止まったかと思うほどの圧力が全身にかかる。


「そのなりを見ると、フィストってよりアームだな。……まぁどっちでもいい」

「……こいつらの仲間か?」


 俺の問いかけに、カイルは口角をわずかに歪め、嘲笑を浮かべた。


「そうとも言えるし、違うとも言える。……聞きたければ座れ」


 そう言いながら、テーブルの向かいの椅子を足で蹴り出し、挑発的な視線を投げかけてくる。俺はティナの肩をそっと叩き、彼女に後を任せる。ティナはアルヴェンを抱き寄せ、数歩後退。俺は椅子を引き、男と対峙する姿勢で腰を下ろした。テラスの空気が、刃物のように鋭く張り詰める。


「いい子だ」


 カイルの声は煙草の煙のように渋く、だがその奥に潜む殺意が微かに漂う。


「それで? こいつらとお前の関係は? どうして周りに人がいない?」


 俺の質問に、男は肩をすくめ、コーヒーを一口啜った。


「人払いの結界と、いくらかの金。それをしたのはこいつらだ。お前が今さっき片付けた黒いフードの連中だ」

「……こいつらは?」

「組織の名前は“黒き使途”。得体の知れない宗教団体だ。理屈より信仰、命より使命に取り憑かれた狂信者どもさ」


 声は淡々としているが、言葉の端々から吐き捨てるような嫌悪が滲む。


「……お前との関係性は?」

「雇い主が同じ」

「じゃあ同類じゃないか」

「違うね。あいつらは思想のために人を殺す。俺は外注で、金のために人を殺す。まぁ、こいつらが失敗した時の後始末屋ってわけだ」

「つまり、標的は俺ってことか?」

「それも違う」


 カイルの視線が鋭く動いた。向けられた先は——アルヴェン。ティナが反射的にアルヴェンの肩を強く引き寄せる。


「……アルヴェン? ハーフエルフってのがそんなに気に食わないのかよ」

「勘違いするな坊主」


 初めて、男の声に苛立ちと嘲笑が混じる。


「ハーフエルフは噂で聞くほど珍しくない。エルフにもいろんな種類がいる。スノー、ダーク、ウッド。裏社会じゃそいつらを買って抱きたがる物好きもいるってだけだ」


 ティナが顔をしかめ、アルヴェンの肩にさらに手を添える。


「だが、そいつは——ただのハーフじゃない」

「……なに?」

「野放しにできないほど、特別な能力を持ってる」


 頭の中で思考が嵐のように渦巻く。魔術か、エルフの魔力操作か、それとも——宿での出来事を思い出す。


「その能力って、何だ?」


 カイルは空のカップを置き、無造作に言い放つ。


「“マテリアル・マインド”」


 ティナが小さく息を呑む。アルヴェンは無言で視線を伏せた。


「物質の声を聴く能力。石でも金属でも雑草でも、そこに残る痕跡や記憶を過去に遡って読む力だ」

「……記憶を、読む?」

「そう。つまり“秘密を暴く能力”だ。そんなもんは、秘密主義の権力者にとって邪魔でしかない」


 空気が凍りつくような緊張が支配する。


「飼い殺しにするため奴隷商から買う予定だったが失敗。なら殺すしかねえよな」


 その言葉と共に、カイルの目に宿る殺意が刃のように鋭く研ぎ澄まされた。アルヴェンを確実に捉えるその視線に、俺の血が逆流する。


「ティナ! アルヴェンを連れて逃げろ!」


 叫んだ瞬間—— “シュッ”と風を切り裂く音が響き、黒曜石のナイフが俺の右手を貫いた。 テーブルを突き刺し、刃が木を裂き、俺の右手を固定する。激痛が腕を走るが、動けない。


「破裂魔術式の黒曜石ナイフだ。動くと割れて、破片が残る」


 カイルが懐から異形の銃を抜く。木と金属が融合した筐体、魔術刻印が刻まれた銃身、紫の宝石が輝く後部、魔力が走る照準スコープ——“フォトン・ルーラー”、魔術を用いたマジックガンだ。


 無慈悲な銃口が、逃げるアルヴェンの背中を捉える。男の指がゆっくりと引き金にかかる。

 低く唸るような声。手首の黒曜石が脈打ち、生き物のように疼く。俺は左手を拳に握り、呟く。体が熱を帯び、右腕の激痛を超えて芯が煮え立つ。

 目の前でアルヴェンが怯え、ティナが震えながら彼女を庇う。


 なら——やるしかないだろ。


 拳を叩きつけるように右腕に力を込める。 黒曜石が“ビシッ”と鳴り、魔術刻印が一瞬光った次の瞬間、閃光が走る。右手が爆ぜた。


「っ……ッッッ!!!」


 耳元で爆竹が炸裂する衝撃! テーブルが砕け散り、右腕が粉砕される。肘から先が吹き飛び、血ではなく黄金の粒子が飛び散る。カイルが目を細める中、俺は左手で地面を押さえ、立ち上がる。 右腕の断面から金の液体が噴出し、蠢き始める。滴る金が筋肉、骨へと変形し、黄金の右腕が再び“再構築”される。


「……再生するのか。便利なもんだ」


 砕けた黒曜石の破片が転がる中、俺は爆ぜた金の一つを拾い、カイルへ投擲する。それは空中で槍に変形し、一直線に男を貫こうとする。が、カイルはそれを予測済みだった。


「遅いな」


 腰からナイフを抜き、槍の軌道をずらし、跳ね返す。その反動で複数のナイフを投擲。俺は横に跳び、一つが髪をかすめ、もう一つが椅子を貫く。着地と同時に周囲を確認するが、いない。


 次の瞬間、腹部に激しい衝撃。カイルの足が横から突き刺さり、俺の身体が吹き飛んだ。テラスの卓と椅子をなぎ倒し、地面を転がる。


「……俺は、無駄な殺しはしない主義だ。少しの金にもならないからな」


 視界が揺れ、立ち上がろうとする俺に、カイルが銃を構える。

 “フォトン・ルーラー”の無音の銃口が迫る。魔術式の発射音は消え、左手、両足に次々と弾が命中し、俺は身体から崩れ落ちた。


「……生身のほうも、再生するのか?」


 カイルの呟きが視界の端で揺らめく。次の瞬間、彼はアルヴェンの方へ歩き出す。

 足が動かない。膝下に重い鈍痛、魔術反応の灼け跡が残り、出血はない。金の腕とは違い、生身の肉は再生しない。遠ざかる足音が響き、カイルがアルヴェンに近づく。


「動け……動けよ、クソ……!」


 マジックガンの銃口が再び上がる。狙いはアルヴェンの背中。

 撃たせない。絶対に。 俺は無理やり右手を突き出し、新たに錬成された金の腕が眩く輝く。

 意志が金を走らせ、地面の砂鉄から金属の柱が形成される。一撃が軌道を逸らし、アルヴェンの頭上をかすめた魔力弾が石壁をえぐる。

 カイルが立ち止まり、俺を一瞥する。


「いい眼をしてる。まだ折れてねえな」


 腰のベルトから丸薬を取り出し、地面へ落とす。それを踏み砕くと白煙が上がった。


「大人しくそこで寝てろ」


 煙の中へ姿を消し、足音も気配も霧に溶ける。静寂だけが残り、俺は崩れるように地面に伏した。焼けつく傷の痛みと砕けたプライドが、俺を容赦なく押し潰した。

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