三つの息と黒の名
敵の数がまだ圧倒的だ。黒いフードの影が闇から次々と現れ、まるで夜そのものが俺たちを飲み込もうと蠢いている。しかし、最初に感じたあの凍りつくような緊張は、もはや心を縛る鎖ではなくなっていた。
俺たちには、この試練を打ち砕く力と知恵がある。脳裏を駆け巡るアドレナリンが血管を熱し、この異世界に転生して初めて味わう高揚感が全身を貫く。不覚にも、俺は戦いの只中に奇妙な興奮——いや、楽しささえ感じ始めていた。
ティナが鋭い眼光を光らせ、懐から取り出した瓶を構える。俺は金の流れを掌で操り、戦場の支配を試みる。アルヴェンは細い指で弓弦を引く。その動きはまるで三人の心臓が同期したかのように、見事に調和している。
ティナが力強く瓶を投げ放つ。 ガラスが空を切り裂き、俺は即座に金属片を錬成し、黄金の盾を空中に展開。敵の矢を弾き返す輝く壁が、陽光を乱反射させる。
その裏で、アルヴェンが静寂を破るように矢を放ち、風を裂いて敵の懐に突き進む。命中を狙うのではなく、混乱を誘う牽制の鋭い一撃だ。
敵の足がもつれ、逃げ場を失った影が焦燥に震える。だが、戦いは一瞬の休息も許さない。再びナイフを握った男が獣のように突進してきた。
俺は真正面から右手を突き出し、その刃を迎え撃つ。金属と金属が激突し、鋭い衝撃が金掌を穿かんと火花が散る。
「……っ!」
その瞬間、刃が変貌を遂げる。俺の意志が金属を逆巻かせ、ナイフは一瞬にして鋭い槍へと変形。柄ごと歪み、男の足元に伸びた黄金の穂先が太腿を深く貫いた。血が飛び散り、男の悲鳴が空に響く。
「う……ッ!」
拘束は完璧。動けぬ敵を背後に置き、俺は次の標的を鋭く見据える。その刹那、ティナの凛とした声が俺の鼓膜を叩いた。
「幸哉、こっち!」
視線を転じると、別の男が宙を舞うように跳ぶ。 短剣が冷たく光り、殺意を帯びて迫る。俺は咄嗟にティナの前に立ちはだかり、金の盾を再び錬成。
男が盾に激突するその隙を突き、ティナが瓶を投擲。液体が敵を直撃し、男はバランスを崩して転倒する。
「着火ァ!」
ティナが指を鳴らし、火花が手袋から弾ける。油に引火し、猛烈な炎が男を包む。
絶叫が屋根に反響し、炎に飲まれた影が転落。焼け焦げる臭いが風に乗り、戦場の空気を一変させた。俺は苦笑を浮かべながら呟く。
「……やっぱえぐいな、それ」
「でしょ?」
ティナが勝ち誇った笑みを返す。
その直後、アルヴェンの弓弦が再び唸りを上げ、矢が空を切り裂いた。鋭い一撃がもう一人の敵を撃ち倒し、黒いフードが血に染まる。
だが、戦局はまだ終わりではない。残る敵は二人。しかし、奴らは突然動きを止めた。
静かに、後ずさり、煙の帳に身を隠すように姿を消していく。残されたのは、一人。
膝をつき、血を滴らせながらも黒いフードを被ったままの男。俺は彼の前に立ち、鋭く問いかける。
「……俺たちを襲った理由は?」
男は沈黙を守る。フードの奥から漂うのは、死を覚悟したような重い気配。やがて、擦れた声が闇を切り裂く。
「……夜明けは来たらず……黒き使途が夜を継ぐ……」
「……!」
「これぞ……救済の……かたち……」
言葉が途切れた瞬間、カリッと乾いた音が響き、男の口元から泡が溢れる。歯に仕込んだ毒を噛んだのだ。脈を確認するが、既に息は絶えている。
「……黒き使途」
ティナが小さく呟き、眉をひそめる。
「それって組織……? それとも、宗教?」
「わからない。だけど初めて聞く名前じゃないのは確かだ」
金の右腕が微かに疼き、異様な感覚が全身を這う。
痛みではない——何かを「嗅ぎつける」ような、得体の知れない予感だ。
「ユキヤさん……」
アルヴェンが俺の隣に寄り添う。まだ震える手が矢を握りしめ、幼い瞳には不安が宿る。
「わたしたち、狙われ続けるのでしょうか……?」
「たぶん、な。」
「やっぱり、幸哉さんって面倒な体質だねぇ」
ティナが笑いを交えて言うが、その目は鋭く警戒を解いていない。しかし、この静寂は、むしろ新たな戦いの「始まり」にしか見えなかった。俺だけではない。仲間たちの視線にも、同じ確信が宿っている。




