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声なき声

 錬金ギルドの重い扉を閉めた瞬間、空の色が翳り始めた。灰色の雲が低く垂れ込め、遠くで雷鳴が低く唸る。アルヴェンがびくりと肩を震わせ、青銀色の髪が揺れた。彼女の小さな手が、無意識にマントの裾を握りしめる。


「雨が降る前に、寝床を見つけないとな」


 俺は空を見上げ、冷たい風に目を細めた。旅の疲れが肩に重くのしかかるが、立ち止まるわけにはいかない。

 ティナが明るく手を叩き、いつもの軽快な笑顔を浮かべる。


「じゃあ、さっそく宿の情報を仕入れよう! 酒場に行けば、話は早いよ」


 彼女は迷わず路地に足を踏み入れ、まるで風のように進む。その背中を追いながら、俺は思う。ティナのこの行動力、いつ見ても飽きない。

 オラの首都ヴァルクゼンの城下町は、まるで生き物のように脈打っていた。石畳の大通りには商人の呼び声が響き、馬車の車輪がガタゴトと唸る。通りを抜けると、瓦の古びた酒場が軒を連ね、昼間から酔客の笑い声やジョッキのぶつかる音が漏れ聞こえてくる。城壁を巡る騎士団の厳めしい鎧の音とは対照的に、ここでは無法者たちが気ままに杯を傾けていた。彼らの笑顔には、どこか粗野で自由な空気が漂う。


 その中でも、喧騒がやや控えめな一軒を見つけ、俺たちは木製の扉を押し開けた。

 古びた蝶番が軋む音が、店内のざわめきに溶け込む。薄暗い室内に足を踏み入れると、燻された木材と安酒の匂いが鼻をついた。一瞬、鋭い視線が俺たちに突き刺さる。だが、すぐに客たちは興味を失ったように顔を背け、酒や会話に戻る。獣のような警戒心と、他人を避ける無関心が奇妙に混じり合う空気だ。


 空いた席は隅にあった。煤けた木のテーブルに、俺たちは腰を下ろす。アルヴェンは無言で隣に座り、窓の外をぼんやりと見つめた。外では、雲がさらに厚くなり、遠雷が不穏なリズムを刻んでいる。


 ティナが「ちょっと話を聞いてくるよ」と小声で囁き、バーカウンターへ向かう。彼女の軽やかな足音が、床板のきしみを小さく響かせた。俺はさりげなく店内を見渡す。

 ……妙な空気だ。

 笑い声やジョッキの音に紛れて、どこか張り詰めた緊張が漂っている。客たちの目は笑っていない。視線が、時折、壁の一点に吸い寄せられる。


 いや、正確には──掲示板だ。


 無数の紙がクギで乱雑に打ち付けられた掲示板。その中央に、見覚えのある顔があった。

 俺の顔。そして、アルヴェンの顔。


 心臓が一瞬止まる。指名手配書。紙に描かれた俺の目は、まるで俺自身を睨みつけているようだ。アルヴェンの肖像は、彼女の青銀色の髪と繊細な輪郭を不気味なほど正確に捉えていた。

 俺は静かに立ち上がり、視線を集めないよう出口へ向かう。だが、その途中で。


「おい、お前」


 酒臭い息とともに、濁った声が耳元で響く。振り返ると、肩幅の広い大男がニヤつきながら立っていた。煤けた革の服に、鉄のナックルが鈍く光る。後ろには、数人の人影。いつの間にか、俺の背後を塞ぐように迫っていた。


「どっかで見た顔だと思ったら……あの張り紙の奴だろ?」


 大男の声に、店内の空気が一変する。ざわめきが止み、視線が再び俺に集まる。


「人違いだ」


 俺は淡々と返すが、心臓は速く鼓動を刻む。歩き出そうとした瞬間、大男が腕を広げ、行く手を阻んだ。


「逃げんなよ。衛兵に突き出せば、賞金がもらえるんだぜ!!」


 言葉と同時に、鉄のナックルを巻いた拳が飛んできた。

 俺は右手を差し出し、それを受け止める。

 刹那──手の内で金属が溶ける。金の波紋が広がるように、ナックルが液状化し、鎖へ、さらには枷へと姿を変える。俺の意志が流れ込むまま、男の両手首を拘束する。

 ガシャン。鎖が床に落ちる音が、静寂を切り裂いた。


「……何!?」


 大男が目を剥く。周囲の客たちがざわめき、椅子を引く音が響く。俺は一歩踏み出し、残りの連中を睨みつける。誰もが息を呑み、動けない。


「その金で、品性を買え」


 一言を残し、俺は扉を押し開けた。冷たい風が頬を叩く。後ろでティナがアルヴェンの手を引き、慌てて追いかけてくる。


「ちょっと、待ってよ!」


 ティナの声が響くが、俺は振り返らず歩き続けた。


 〇


 宿は、ギルド通りから外れた小道にひっそりと佇む石造りの建物だった。苔むした壁に、雨除けの布が窓枠に揺れている。夜になると、窓から漏れる灯りが暖かな色を放つ、静かな場所だ。先ほどの騒動を避けるため、人目につかない宿を選んだ。


 ティナが鍵を受け取り、扉を開ける。


「とりあえず、今日はここで休もう」


 彼女の声はいつもより少し低く、酒場の出来事をまだ引きずっているようだった。

 部屋は質素だが清潔だ。木の床は磨かれ、ベッドには清潔な毛布が畳まれている。旅の宿としては上々の部類だ。

 アルヴェンは疲れたように息をつき、窓辺に腰を下ろす。外の街灯が、彼女の青銀色の髪を淡く照らし、まるで月光をまとっているように見えた。


 ティナが鞄から干し果物を取り出し、「食べる?」と差し出す。アルヴェンは小さく頷き、両手で受け取った。その指先が、わずかに震えているのに気づく。

 部屋に、重い沈黙が流れる。

 俺は部屋の隅に腰を下ろし、包帯に巻かれた右手を膝に置く。酒場の出来事が頭をよぎる。指名手配書。あの紙に描かれた俺とアルヴェンの顔。

 この少女は、何かを隠している。

 逃亡の理由──それ以上の、もっと深い“何か”を。


 ティナもそれを感じているはずだ。だが、彼女はアルヴェンの隣に座り、穏やかに微笑む。まるで、問い詰める気はないとでも言うように。


「アルヴェンちゃん。今日はよく頑張ったね」


 ティナの声は、まるで古いオルゴールのように柔らかく、部屋の空気を和らげる。


「疲れた顔してるよ。今日は早めに休もうか?」

「……はい」


 アルヴェンの声は小さく、だが確かにうなずいた。ティナは目を細め、そっと彼女の肩に手を置く。

 そのやり取りを見ながら、俺は言葉を飲み込む。

 指名手配されている俺とアルヴェンが一緒にいれば、目立つ。危険は増す。俺たちの力で、どこまで彼女を守れるのかもわからない。

 だが、あの酒場でティナがアルヴェンを庇うように引っ張った光景が、頭から離れない。迷わず手を差し伸べた彼女の姿。


 ……優しさってのは、理屈じゃない。


 俺は天井を見上げ、ため息をついた。外では、雨がポツポツと窓を叩き始めていた。遠くの石畳を、軍靴の音が重く響く。


「……これ、どこに置けばいいですか?」


 アルヴェンが水差しを手に、部屋を見回す。


「あ、棚の上でいいよ」とティナが指差す。


 アルヴェンは静かに歩み寄り、水差しを置く。その動きが、異様に滑らかだ。音も立てず、まるで空気に溶け込むような──あまりにも整った動作。

 ……なんだ、この違和感。


「……あのさ」


 思わず声をかけると、アルヴェンがくるりと振り返る。


「どうかしました?」

「いや、なんでもない」


 誤魔化すように視線をそらす。直感で物事を探るようなことはするもんじゃないと思い直したのだ。

 その時、棚のランプがカタリと傾く。小さな振動でバランスを崩した瞬間──


「……!」


 アルヴェンが一歩も動かず手を差し出し、ランプをぴたりと支える。完璧な軌道、無駄のない動き。あまりにも自然すぎて、俺とティナは一瞬、言葉を失った。


「……落ちるの、わかったから」


 彼女の声は静かで、どこか遠い。


「え?」


 ティナが目を丸くする。


「なんとなく、落ちるって“声”がしたから……」


 声? 確かにそう言った。


「それ、どういう──」


 俺が尋ねるより早く、アルヴェンは手を引っ込め、棚の角を指でなぞる。


「この棚に使われてる木、ちょっと乾燥してる。空気に馴染んでないから、割れるかもって」


 すると、アルヴェンのなぞった棚はパキッと乾いた音を立てた。ランプの光に照らされて、埃が少し宙を舞ったのが分かった。

 俺は腰を上げ、棚を見据える。微かにひび割れ、確かに隙間ができている。

 ティナがぽかんと口を開け、小さく頷いき、俺は椅子に深く腰を沈め、ふぅと息を吐いた。


 ──物質の“声”が聞こえる?


 信じがたいが、彼女は確かに物体の状態を“感じ取って”いた。あの動き。ランプが落ちる“前”に反応していた。偶然じゃない。

 この能力はエルフなら誰でも使えるのか?

 ふとティナにを一瞥する。俺の質問は顔にでも書いてあったらしい。ティナは静かに首を横に振った。どうやら、が物質の声を聴けるのはエルフの能力ってわけではないらしい。


 だが、それ以上は問わない。ティナもまた、微笑みながらアルヴェンの隣に座り直す。


「すごいね、アルヴェン。でも無理しないでね。疲れたら休んでいいから」

「……はい」


 夜は静かに更けていく。

 俺は包帯の奥の右手の感覚を確かめながら、これからの旅がさらに騒がしくなる予感を噛み締めた。俺は別室に移動すると、買い漁った錬金の材料を並べる。考える事は山ほどあるが、今は俺の能力の解明と錬金術についてだ。この時間が、今の俺にとって唯一の憩いの時間。雨音が、窓を叩くリズムを刻む。雨音が早くなるにつれ、俺の鼓動も早くなっていくのが分かった。


 夜の帳が町を包み込む。宿の窓から見えるのは、揺れる街灯の光と、遠くの馬蹄の音だけ。昼の喧騒は消え、静けさが支配していた。

 俺は今、店で買ったモノクルを分解し、研究している。


 レンズ、フレーム、そして鎖のアクセサリー。

 構造としてはシンプルであり、俺の知っている眼鏡と遜色はない。だが、試着した時にも分かった通り、レンズにはうっすらと魔術式が描かれている。


 魔術式とは、魔術を行使する際に用いる幾何学的な図形と記号の組み合わせだ。円や多角形を基盤に、中央に効果を定義する「核」のルーンを置き、放射状や螺旋状に補助線や記号を配置する。線の角度や長さ、記号の配置は厳密で、わずかな誤差が効果を弱めたり暴走させたりする、らしい。これはティナの持っていた本の受け売りだ。


 胸から1冊の分厚い手帳を取り出す。俺はティナの家にいるうちに、興味があった本を読み漁り、1冊の手帳に要約していたのだ。


 レンズの中心には同心円状の魔術式を刻まれている。中心には「探査」のルーン——これは対象物のマナ振動を捉える。外周には「収集」「解析」の記号。

 なるほど。これによって対象物から反射するマナ振動を収集し、材質や魔術的特性を解析する機能をもたせるようだ。

 俺はレンズのみを通して、目の前の金属片を見る。だが、何も起こらない。

 それも当然。これだけでは一時的な情報がレンズに蓄積されるだけだ。蓄積された情報を俺の眼球に投影しなければ、その情報は見られない。


 そこでフレームの出番だ。フレーム内側には螺旋状の魔術式を刻まれている。中心には「変換」のルーン、周囲に「視覚化」「安定化」の記号が配置されている。レンズから送られたデータを視覚情報に変換し、装着者の視界に投影。「安定化」記号は情報過多による頭痛や疲労を軽減するようだ。最も、この安定化の魔術式があったところで俺は眩暈に襲われたわけだが。


 鎖には何も描かれていない。どうやらこのモノクルの鑑定魔術はレンズとフレームの2パーツで構成されているようだ。

 俺はふと、手帳に視線を落とす。「増幅」のルーン。これを使えば、もっと面白いことになるのではないだろうか。


 俺はフレームに目を移す。このフレームにはびっしりと魔術式が刻まれており、書き加える場所はない。となると、空いているのは鎖になる。と言っても、この鎖は落下防止用のアクセサリーであり、1つ1つのリンクが非常に小さく、これに魔術式を刻むには少々骨が折れる。


「これは……無理か」


 諦めようか。そう思い、ぐいっと背中を椅子の背もたれに押し当てた時。


「あの、お手伝いしましょうか?」

「うわあああっ!?」


 突然かけられたか細い声に、俺は思わず飛び跳ねた。

 見ると、アルヴェンがコップと水差しを持って目を丸くしていた。


「お、お前どうして——!?」

「すみません、何度もノックしたのですが。すごく楽しそうにしていらしたので、邪魔はしたくなかったのですが……その、お水くらいはと」


 酷く取り乱していた心臓は、やがて落ち着きを取り戻し始める。俺は胸をなでおろし、倒れた椅子を戻した。


「ありがとう。俺は集中すると周りが見えなくなるんだ」

「そうなんですね。あ、お水です」


 ろうそくの光に照らされたアルヴェンの顔が、気のせい少し綻んだ気がした。

 俺は手渡されたコップを受け取ると、アルヴェンが水を注いでくれる。手慣れている所作が嫌に皮肉に見える。この子は生まれた見世物小屋でもこういう事をやっていたのだろうか。

 注がれた水を飲む。俺はコップが一つしかないことに気付き、棚に置かれた別のコップを差し出した。


「アルヴェンも」

「えっ。私は後で……」

「いいから」


 俺はアルヴェンから水差しを受け取り、コップに水を灌ぐ。アルヴェンは少し遠慮気味にそのコップの水を飲んだ。

 アルヴェンの着ている服は、未だにすり切れた布切れ1枚。靴すら履いていない。


「明日、着る物を買おう」


 俺の提案に、アルヴェンは首を横に振る。遠慮しているのかと聞いた俺に、アルヴェンは再び首を横に振った。怪訝に見据えると、アルヴェンはコップを指で叩きながら、気まずそうに答える。


「エルフ族は本来、局部だけを隠して生活します」

「え?」

「エルフは肌を隠しません。肌で呼吸をするからです。エルフは裸足で大地を踏みしめます。足の裏から水分を吸うからです。エルフは髪の毛を切りません。髪の毛で陽の光を吸収して栄養を作ります」


 そう、淡々と。まるで、書かれた原稿を読み上げるように、アルヴェンは言った。


「今のは、私が育った見世物小屋で、お客さんの前で言っていた文言の一節です。エルフ族の特徴のようですが、私はハーフエルフなので、人間と同じように口から食べ物と水分を摂取するんですけどね。エルフ族の習慣だけが残っちゃったみたいで、肌を隠す服があまり好きでなくて」


 アハハと乾いた笑いを見せるアルヴェン。


 ああ、今わかった。

 俺が間違っていて、ティナが正しかった。いや、気づいてはいたが、俺に覚悟がなかった。

 ティナを守ることを。そして、この子を守ることを。犠牲を出すことを恐れていた。


 ナイーザのような子を、出さないように。


 その犠牲とは、死ぬこと。俺はそう、勝手に“定義“していた。

 だが、それは過ちだった。

 今、手を差し出さなければ零れ落ちてしまう命がそこにあった。俺はそれを見ていなかった。


 ティナは、それを初めから理解していたんだ。


 俺からフッと笑いが零れる。久々に笑った気がする。胸に引っかかっていたものがスッと落ちた、そんな気分だ。


「あの、ユキヤさん?」


 アルヴェンが、不安そうにこちらの顔を覗き込んでくる。

 当然だろう。この子の前で笑ったのは初めてだ。


「なんでもないよ。ただ、その服を着ていると、君が俺の奴隷のように見えてね」

「あっ……すみません」

「いや、いいんだ。明日、服を買いに行こう。君が気に入りそうなやつを、ね」


 アルヴェンはパッと顔を明るくし、頷いた。

 それは俺の前で見せた顔の中で、一番の笑顔に見えた。


「それで、今何をされていたんですか?」

「うん。鑑定魔術が施されたモノクルに「増幅」の魔術をかけ直したいんだが、この鎖が小さすぎて」


 俺は鎖のアクセサリーをアルヴェンに見せる。摘まんだ鎖がぷらぷらとアルヴェンの瞳の前で揺れている。アルヴェンはそれをしばらく凝視して、再び俺に視線を戻す。


「それ、私が書きましょうか?」

「書けるのか!?」


 俺は食い気味にアルヴェンに近寄った。アルヴェンは頬を少し引きつらせたが、すぐに笑顔に戻った。


「魔術の知識はありませんが、目と手先の器用さだけは自信があるので」

「いいぞ! ならこの手帳に書いてある「増幅」のルーンと「安定化」の記号の記述を頼む!」


 俺はアルヴェンに席を譲り、アルヴェンは着座する。が、背丈が足りないようで、椅子に着座するとテーブルが目線近くまで来てしまう。俺は一度アルヴェンを抱きかかえ、俺が椅子に座り、膝の上にアルヴェンを乗せた。


「これでちょうどいいだろう。さあ、頼む」


 はきはきとしゃべる俺に対し、アルヴェンが少し頬を赤らめた。

 何をためらっているんだ早く早くという気持ちとは裏腹に、アルヴェンは静かに答えた。


「あの、ユキヤさんって、金を錬成できるんですよね……」


 あっ。


 俺は少量の金属片を媒介に、アルヴェンの背丈に合った高さの椅子を椅子を新調する。金で作られているので無駄に豪華だ。アルヴェンを再び抱きかかえ、その椅子に座らせる。


「さしずめ、金の玉座に座るエルフの王女ってところか」

「プッ……フフフ」


 無邪気に笑うアルヴェン。だがすぐに真剣なまなざしを鎖に向けた。慎重に長さを図り、手帳に記された「増幅」のルーンを針で刻んでいく。俺には小さすぎて、何が刻まれているのか判別できない。だが、カリカリと音を立てて書き進めていくアルヴェンの様子からすると問題なく作業は進んでいるようだ。

 手帳から鎖へ、鎖から手帳へと視線が移動する度にアルヴェンの艶やかな青髪が揺れる。そうすると、アルヴェンから仄かに香ってくる匂い。草木と土、そして日。まるで森の中を連想させる。エルフは“森人”と呼ばれる所以に、少し近づいた気がした。


 アルヴェンと作業を開始してからどのくらいの時間がたっただろうか。西の方角にある窓からは赤い月が覗いており、紅光で部屋を照らしている。既にロウソクの火は尽いているが、赤い月の光だけで部屋の光量は十分だった。


「できました!」

「おお! ありがとう!」


 俺は早速パーツを合わせ、モノクルを組み立てる。そして装着し、金属片を観察した。


 《材質: アルミニウム(Al)、純度98.7%

  構造: 面心立方格子(FCC)、格子定数約4.05Å

  不純物: 鉄0.8%、シリコン0.4%、その他微量元素0.1%

  マナ伝導率: 0.2%。

  状態: 微細な擦り傷あり》


 想像以上の結果だ。俺たちはこのモノクルを、ただの識別装置から“分光分析装置”に昇華させのだ。

 魔術式は非常に便利で強力だ。だが同時に恐ろしくもある。俺がまだ知らないだけで、この世界には魔術が至る所で使われているはずだ。


「どうですか? うまく動いてます?」

「ああ、成功だ……」


 アルヴェンに振り向く。途端、アルヴェンの座っている金に鑑定が集中し、結果が表示される。

 その表記を目にし、驚愕し、絶句した。


 《材質: Au₉Alb₁、純度99.2%

  構造: 複合面心立方格子、由来の局所的歪み構造(格子定数約4.08Å、歪み率0.3%)。

  不純物: 鉄0.2%、シリコン0.1%、その他微量元素0.5%。

 マナ伝導率:極高。

 状態:微細なクラック》


「あの……どうかされましたか? 顔色が悪いようですけど」

「いや、なんでもない。アルヴェン、ありがとう。今日はもう休んでくれていいよ」


 俺は額に滲んだ脂汗を掌で拭い、アルヴェンに告げる。アルヴェンは「はい」とだけ小さく返事をすると、足もつかない金の椅子から降りた。

 俺は机に手を置き、静かに構える。後ろからトタトタとアルヴェンが去っていく足跡が聞こえ、やがて扉の閉まる音と共に静寂が訪れる。


 俺はそっと金の椅子にモノクルを向ける。

 観えるのはやはり「Au₉Alb₁」の表記。この金属の名称が観えないのは、この世界ではまだ未知の金属であり、名称が名付けられていないからだろう。


 俺が錬金していたのは、正確には金ではなかった。

 金90%とアルベニウム10%を混ぜ合わせることで出来る合金。転生前、俺が作り出した全く新しい合金。


 ——ミスリウム。


「なんで俺の体からミスリウムが……?」


 謎を解明できたと思えば、また新たな謎ができる。従来、科学とはそういうものだ。

 だが正直、今の環境下ではやめてもらいたいものだ。


 俺は右手を覆う包帯をほどく。

 腕の付け根から延びるソレは、赤い月の光を帯びて淡く光る。鈍く光る黄金の右腕は、明日の俺をどこに導くのだろうか。

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