あなたは可憐な幼馴染に夢中のご様子なので私はもう自由にさせていただきます
「カリーナ、聞いてくれ! 昨日シャーロットが……」
まーた始まりましたわ、フランツ様のシャーロット様語り。
私の婚約者であるフランツ様には幼馴染の女性がいらっしゃいます。
シャーロット様……別名、白百合の君。
淡紅藤の緩く波打った長く美しい髪に華奢で小柄な体型。全体的に色素が薄く儚げな美少女。いつも柔和に微笑んでいらして、その可憐なお姿の虜になった男性は数知れず。
かくいう私も近くで微笑みかけられると何となく幸せな気持ちになってしまう……まさに魔性の美少女なのである。
そんな美少女が幼馴染とあっては仕方がないと思いつつ、彼は何かに付けては白百合の君の話ばかりなのです。
二人で街に出掛けても花を見てはシャーロットに似合いそう、ドレスやアクセサリーを見てもシャーロットに似合いそう、本を見てはシャーロットの好きな本だ、お茶をいただいてはシャーロットの好物はアレでコレでお土産に買って帰ろう……二言目には『シャーロット』である。
「それでシャーロットが言ってくれたんだ、フランツにも似合いそうねって! 彼女が言うんだから間違いないよな、今度買ってくるとするか。でもそれだと、シャーロットの分も買わないといけないよな? 忘れないようにしないと……それと、この間シャーロットに贈った菓子が――」
あーーーー……最っ高につまらない。
なにこの時間……拷問かしら? 人生は有限なのだけれど、こんなつまらないことに私の大切な時間を食い潰されていいのでしょうか?
――いや、よくない。よくないでしょう、どう考えても。
溜め息を吐くと長い髪がさらりと頬に落ちてくる。シャーロット様とは似ても似つかない濡羽色の重い髪。
本当はこんなに長くしたくなかったのだけれどフランツ様が君もシャーロットのように長くしたらどうだとおっしゃったので仕方なくこの長さを保っております。
「俺の話を聞いているのか、カリーナ?」
「え!? ええ、勿論ですわ。シャーロット様は素敵な方ですわね」
「そうなんだよ、良く分かってるじゃないか!」
良く分かってるじゃないか、じゃねぇんですのよ……ああいけませんわ、言葉が乱れてしまいました。
「……おっと、もうこんな時間か。今日はお開きにしよう」
……は?
私はあなたに話があるとお伝えしましたわよね? わざわざ授業が終わったあとフランツ様の屋敷を訪れたのはシャーロット様の話を聞くためではなく、明日行われる学園主催の舞踏会のことで話があるからなのですが。
「その前に、明日の舞踏会のことでフランツ様にご相談がありまして」
「舞踏会がどうかしたのか?」
「いつも一番最初にシャーロット様と踊られますが明日は最初にわたくしと踊っていただけませんか?」
明日は来賓として叔父も呼ばれているので、さすがに婚約者としての役目を果たして欲しいと思っていた。
――なのに。
「あー……それは無理だな」
「………………え?」
「明日はシャーロットと一番最初に踊れるのが俺なんだ。いつもは幼馴染の俺を差し置いて他の奴らと踊っているんだが、明日は運良く俺が一番最初に踊れるらしい。まあ元々幼馴染の俺が優先されるべきなんだがな。婚約者ならいざ知らず、一般生徒のくせに……ってことで明日は無理だ」
「で、ですが、明日は叔父がいらっしゃるので……」
「あー……まあまたの機会に、だな。とにかく明日は絶対に無理だ!」
◇
――そこから先のことは、あまりよく覚えていない。
自分の屋敷に帰り、気が付いたら自分で自分の髪の毛を切っていた。
腰まであった髪が肩くらいまでの長さになっている。
もう、どうでもいい。私は私のしたいようにする。
そう決めた時、ようやく上手く呼吸ができた気がした。
翌日、学園も舞踏会もお休みして街へ髪を整えに行くことにした。
短くなった髪はとても新鮮で心地が良かった。
服もフランツ様がシャーロット様のような格好をしてほしいというので私には似合わないフワフワとした生地に淡い色合いの可愛らしい服ばかりを着ていましたが、全て捨ててシックな色合いの落ち着いた召し物を新しく購入いたしました。
飲み物もお砂糖とミルクたっぷりの物をシャーロット様が好んでいるからというので、普段から無理して飲むようにしていましたが、シンプルなストレートティー以外ほとんど口にしなくなりました。
シャーロット様がお好きだからと読むように言われていた好みではない恋愛小説も、読んでみたいとおっしゃっていた学友にお譲りしました。
そんな私を見てフランツ様は酷く驚いていましたが、正直どうでもいいので放っておいたら何故かあたふたし始めて……ああもしかしたらシャーロット様の話は二度と聞きたくないと言ったせいかもしれませんが。
いろいろと吹っ切れたお陰で凄く楽しい毎日を過ごしていたある日――。
突然フランツ様が私の元へと訪れ頭を下げられました。
「いままで申し訳なかった! その、君のことを傷付けてしまって」
「…………は? なんですか、急に……」
「君が変わってしまって、どうしたらいいのか分からなくて……その……シャーロットに相談したんだ。そうしたら、あの可憐で優しいシャーロットが鬼の様な形相になって酷い言葉で俺のことを罵りながら叩いたんだ。……でも、シャーロットがあんなふうになるくらい君に酷いことをしてしまったってことなんだろう? 本当にごめん……シャーロットの話も君がにこにこ聞いてくれていたから楽しいのだとばかり思っていた」
…………ああこの人、本っ当にバカなんだ。
人に言われないと気付かないんですの? と言うかシャーロット様に罵られて叩かれたからですわよね。言ってくれた相手がシャーロット様だからこそ気付けたのですよね?
はぁ……何処まで行っても行動理念がシャーロット様なのですのね、この人……呆れて溜め息が出る。
「……それで?」
「……は?」
「気付いたのは分かりました。気付いてどうなさるおつもりですの?」
「ど、どうって……」
「まさか謝ったから許してね、今までごめんねで終わらせるおつもりですか?」
「そ、そんなことは……」
「では、どうなさるおつもりなのです?」
「いや、その……もう君にシャーロットの話はしない……」
「……は? いや、そんな当たり前のことを言われましても……」
「で、では、どうすればいい?」
「婚約を解消しましょう」
「……………え?」
「お互いもう自由になりましょう。私は私、あなたはあなた。お好きなだけシャーロット様と仲良くなさってください。私は私の好きなようにいたしますので」
私はにこりと微笑む。
こちらから一方的にだと、なかなか難しいですが、二人揃って婚約を破棄したいとなれば皆さんきっと飲み込んでくださるでしょう。
「私一人の問題ではなく互いに合わなかったということでお終いにしましょう」
フランツ様は言葉にならない声を漏らすが、しばらくすると項垂れながらも小さく頷いてくれた。
◇
その後、互いの親族に集まってもらい、事の経緯を話し婚約を解消したい旨を伝える。
フランツ様はご両親や親族の方々に集中砲火を受けてしまい、逆に私は皆さんから謝罪を受けてしまいました。
何はともあれ自由の身になりました。一人は気楽で最高です!
……のはずなのですが、なぜだか急にフランツ様が絡んできます。
「カリーナ、君に似合いそうな花を見つけたんだ。良ければ貰ってくれないか?」
「カリーナ、君の好きそうな茶葉を選んでみたんだが……その、違っていたらすまない」
「カリーナ、街に行ったら最近人気だという茶菓子が売っていたので、君に渡そうと思って……」
――今更なにがしたいのでしょうか?
「フランツ様……どうかなさったのですか? 私たちもう婚約者でもなんでもない赤の他人ですよね?」
「あ、赤の他人とか言わないでくれ! い、いや、そのカリーナさえよければまた俺と……」
「あら、シャーロット様ですわ」
色素の薄い髪を軽やかに揺らしながらシャーロット様がこちらにいらっしゃる。
「あら、フランツにカリーナ様。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう、シャーロット様。では、私はこれで失礼しますね」
◇
「あっ、まっ、待って! カリーナ!」
「あらあら……振られてしまいましたわね。まあ頑張りなさいな」
「……う、うぅ……」
◇
お天気の良い日に庭園でのんびりと昼食をいただけることの幸せ。
シャーロット様の話を聞きながらフランツ様と食事をいただいていた時は味も分からず虚しいだけだったけれど、今は違う。
空気もサンドイッチも紅茶も何もかも全部美味しい。
自由って最高!
◇おわり◇