第三話「宇宙へ」.3
ハンターナイト教会。
その名の通り、宗教団体であり、その教義はシンプルだ。
「狩りを神に捧げよ」
悪を狩り正義を為せ。教義上はそのような教えがあるが、実際に教会の言う正義とは「より強い獲物を狩る」ことにある。もし銀河連邦政府から認可された宗教団体でなければ、その狩りの対象は犯罪者・帝国だけに限らず、連邦側にまで及んでいただろう。
ハンターナイト教会にとって、強い獲物であればその貴賤も善悪も所属も問われない。
『サポート頼むね、ホチャー』
【任せてください、ニューマスター】
ホチャーは現在、車椅子に代わり多数のアームを備えた整備ロボットへと体を移した。今までのように上に乗ることはできないが、できることは増えている。
特に、コンゴーから教わったとは言え、一人ではできないことも、ホチャーにならできる。
【この船の整備は、私に任せてくださいね。フィオガの快適なハンターライフを保証します】
『うん、ありがと』
壁のスイッチを押すと、天井が開いて、エレベーターが上がっていく。地下倉庫に仕舞われていた宇宙船が、ゆっくりと地上へと姿を現す。
コンゴーが使っていたスペースシップ。銀河連邦が使っているものより何百年も前に開発されたロートルだけれど、性能でいえば互角以上。
流線型の船体に、真紅のボディ。昔サカナ図鑑で見たシャチの前半分に、エイの広げたヒレを合わせたような、全翼機型。
ワープドライブ内臓型、長期間航行モデル。
『食料、エネルギー、弾薬、よし』
【セルフチェック完了。全機能オールグリーン。カタパルト角度変更。発進準備、よし】
「いつでも帰ってきていい。ここは、君の家だからな」
『……成功したら、帰ってくるね』
窓の向こう、コンゴーの声が、通信機に届いた。それはきっと、何年も先の話になるだろう。
そんな確信がありながら、彼が引き留めることも、ボクが思いとどまることもない。
すでに覚悟は、決まっているのだから。
『行ってきます』
同時に、ブースターを起動する。スペースシップの巨体が浮き上がり、アンブロス・プラズマジェットが船体を押し出す。
空気を切り裂き、音の壁を越えて、大気の層を貫いて――漆黒の宇宙へと躍り出る。
――帰ってきた。
父さんと母さんが死んでから、立つことのなかった場所。二人が夢を語り、希望を広げようとした場所。
二人との思い出は、記憶にしかない。コンゴーはボクを助けるのでぎりぎりで、何かを持ちだすような時間はなかった。
――ここからだ。
【フィオガ、まずはワープドライブを起動して、一番近い交易惑星へ向かいましょう。そこならハンターナイト教会の支部があるはずです】
『わかった。でもその前に、寄りたいところがある』
【承知しました。座標は?】
『オリオン腕方向X9491Y6219Z1616……もう、何も残ってないとおもうけど』
そこは、あの日襲撃を受けた地点。
帝国の扇動があったのか、それとも誰かが売ったのか。
宇宙海賊によって襲撃されたのは、銀河連邦内の通常航路。各地に設置されたスペースステーションから哨戒船が常に警戒する通常航路は、この十年の間に残骸含めてきれいに整えられている。
普通なら、襲われることもなければ、機体トラブルでもすぐに救援が駆けつける。
『アクシャハラ・リアクターの存在を、誰かが売った。護衛艦が二隻とも離れたのは、ただの艦長や数人の個人的な判断じゃない。間違いなく、もっと上からの指示を受けている』
【それは間違いないでしょう。当時のあなたとその両親には、特A級保護命令が出ていました。これは連邦評議会議員と同レベルの護衛命令であり、これを上回る対象は最高評議会議員十名と、議長。そしてごく一部の既得権力者のみです】
そんな重要人物の護衛を放り捨てるほどの命令が、あの護衛艦たちには下された。
『必ず、真実を掴んで見せる』
【私もクラッキングや情報収集でお手伝いします】
『ありがとう、ホチャー』
頼もしい相棒の言葉に、自然と笑みが浮かぶ。コンゴーと過ごす中で、少しだけ笑えるようになった。今彼に笑顔を見せることは難しい。ボクが笑った時、辛そうにする彼の顔を見たくないから。
だから、ちゃんと声を出せるようになって、そうしたら、笑顔で会いに行こう。
【フィオガ、接近する艦影を確認。形状に過剰武装を確認。非登録船舶、アンブロス・ジェネレーター反応を照合……スペースパイレーツ、賞金首です!】
『……ホチャー、今のボクは、彼らを倒して問題ない?』
【ハンターナイト教会への登録は完了済みです。物理ライセンスカードは未発行ですが、賞金首登録されている犯罪者の拿捕・抹消に関しては非ライセンサーでも承認されています】
『なら、これが初陣だ』
操縦席から立ち上がり、昇降ダクトへと入る。
【気を付けて行ってください。フィオガ】
『問題ない。初めての実戦、勝ってくる』
コンゴーが教えてくれたのは、言葉と戦い方。そしてくれたのは、シップだけじゃない。
父さんたちが研究していたアクシャハラ・リアクター。その力を、悲しみを一つでも失くすために使う。
――レイハガナ、起動!
胸の中心で、アクシャハラ・リアクターが紫電を放つ。
少しでも気に入っていただけたら幸いです。
評価、感想、ブックマーク、どんなものでも大歓迎ですので、お気軽にどうぞ。