第二話「狩人の目覚め」.2
三か月後。
破損した神経や骨格、脳機能の再生に要する時間は、銀河連邦最高の病院でも年単位の時間がかかる。それを、わずか数か月。三分の一以下にまで収めたのは、クワハウの技術力があってこそだ。
パシャッ、と今までは言っていた液体から身を引っ張り出すと、生身の足で地面に立つ。
「アウッ――」
声はまだ出なかった。コンゴーが言う通り、声が出ないのはストレスによるものであって、外傷によるものではない。きっと、あのクロビアン人を殺すまで、この声は出ないのだろう。
「無理するな、フィオガ。ずっと動かないでいたんだ。筋肉が衰え、骨はまだスカスカなんだ。そんな体で何ができるというんだ」
「――ッ、ン」
コンゴーの言葉に頷く。彼が用意した車椅子に体を降ろし、動きづらい肺から息を放つ。
車椅子にも手書きコンソールが接続されており、今まで通り意志を伝えることができる。
『くるしい』
「当然だ。息の吸い方を忘れてしまった気分だろう。ゆっくり慣れていけばいい。食事、運動、睡眠、生物の基本的なサイクルを取り戻すんだ」
『わかった』
さすがに、自分の体がまともに動かない現状は理解せざるを得なかった。戦う戦わない以前に、生きていくことすら難しい。流動食しか食べられない以上、筋力がつくにも相当な時間が必要だった。
それからコンゴーに車椅子を押されて向かったのは、部屋の外だ。
今までずっと彼の研究室のような場所で治療されていた体は、久しぶりの外気に震える。
宇宙船にいる頃は季節もなく、カレンダーも地球標準時に合わせたものであったから、あまり気にしたこともなかった。
「改めて、ようこそ。我らクワハウの故郷、惑星b-Anへ」
そこは、花の咲き乱れる春だった。コンゴー曰く、かつてクワハウは巨大な星間文明を築き上げたというが、この場所は文明とは対照的な、牧歌的な印象を与える場所だった。
木々の間から顔を覗かせる動物たちを見れば、むしろ野性的と言っていい。
「クワハウ人は、もうほとんど生きていなくてね。過度な遺伝子操作と科学発展は、生物としてあるべき機能を損なうらしい。この星の中に、あとどれほど同胞が生きているか」
『れんらくしてみたら?』
「応答がないんだ。居場所を探して空を飛びまわったこともあったが、結局出会えたのは片手で足りる人数だった」
そう言うコンゴーを、肩越しに見上げた。その視線に気づいたのか、コンゴーは少し口を開いて舌を揺らせた。それが彼にとっての苦笑だと理解したのは、それから数年後の話。
『さびしい?』
「君がいるから、寂しくないさ」
ポフリ、と毛むくじゃらの手が、頭に乗る。彼の手には肉球がある。ぷにぷにとした感触が頭を撫で、気持ちよさに顔が勝手に綻んだ。
「まずは体を直すことから始めるんだ。全てはそこから、自分がやりたいことをやるためには、体を動かせなくちゃ始まらない」
たとえそれが、復讐だとしても。
わかっていて、コンゴーは口にしない。ボクが何を選ぶか、それを尊重してくれた。できることなら引き留めたかっただろうけれど、その罪悪感は、彼に口を閉ざさせた。
「一人でも動けるようになったら、まずは生きていく術を教えよう」
それから、必死のリハビリが始まった。
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