第二話「狩人の目覚め」.1
この銀河において、人類社会――銀河連邦を脅かすのは、三つ。
未知の惑星に存在する、凶悪生物たち。
辺境で自らを『銀河帝国』と称した武装集団。
そして、それの先兵として傍若無人に振る舞う宇宙海賊。
「つまり、君を襲ったのはその三番目ということだ」
連邦は警察、軍隊、傭兵、さらには賞金稼ぎなども交えて、この対処にあたっている。
だが後ろ盾を得た海賊とは非常に強力で、長年にわたる交戦もむなしく、その数は減るどころか増える一方だった。
『父さんと母さんを』
「……そうだ。君の両親は皆を守るために研究を続けていたのに」
ボクの書いた文字に、コンゴーは苦しげに答えた。
そして彼は、手元にある小さなケースを見せてくる。
視界はまだほとんどぼやけている。まともに見えないはずなのに、紫の光が飛び込んできた。見覚えがあった。
『それは?』
「君の両親が研究していた、アクシャハラ・リアクターの中枢コアユニットだ。戦闘用アンドロイドに使われるソーラー・リアクターよりも強力な、銀河最強の心臓だ」
『なんでもってるの』
「……この技術を教えたのは、私なんだ」
クマの眉間に、深いしわができた。
「私たちクワハウ人は、かつてその科学技術と野心で宇宙に破壊と死をばらまいた。その反省として、私たちは自らの文明を封印し、これから現れる新たな銀河の担い手に力を貸すことを決めたんだ」
コンゴーの語る内容は、その当時あまりよく理解できなかった。
ただ彼は、その部族の取り決めに従いつつも、宇宙海賊の危険に晒される人々を放ってはおけなかった。そのためにボクの両親にアクシャハラ・リアクターの基礎研究を与えた。
自分自身で制御可能な技術として学ばせること。それがクワハウ人の行う最大限の技術提供。自らを御せない文明に、力を与えることはできないというのが、彼らの結論だった。
「だが、その情報が宇宙海賊に……銀河帝国に漏れていたんだ。私が二人に技術を教えたことで、結果として宇宙海賊の脅威を呼び込んでしまったんだ」
『あなたのせいじゃない』
「君は優しいな……。せめてもの救いは、アクシャハラ・リアクターが未完成で、あれはただの光る石でしかない。私のこれとは違って、ただの光源にしかならない」
『あんぜん』『なの?』
「エネルギーの取り出し方を開発するのに、我々クワハウ人でも3サイクルかかったんだ。銀河帝国といえども、その十倍は必要になるだろう」
クワハウ人にとって一サイクルは地球時間での約十年。つまり、銀河帝国がアクシャハラ・リアクターという最強の心臓を手に入れるには、三百年かかるとコンゴーは予想していた。
それだけ難しい技術であり、クワハウ人の飛びぬけた科学力の証明だった。
「君の両親は、地球人の中でも、特に良識のある人だったよ。私たちが、クワハウの技術を託してもいいと思えるほどに」
『その心ぞうは』『つかえるの?』
「使えるが、どうした? まさか、両親の跡を継ぎたいなどと言わないでくれよ?」
コンゴーにとって、両親の死は大きなトラウマになっていたらしい。だから、アクシャハラ・リアクターの技術提供には消極的な姿勢だった。
クマの口がぐっと結ばれ、いやそうな顔をした。
『それつかえば』『つよい?』
「まさか、両親の敵討ちをしたいと言うことか? ダメだ、ダメだ! この力は争いに使うためのものではないし……何より君は、動くことすらままならないんだ」
『わか』『てる』
ゴポポポ、と気泡が漏れる。全身を、あのクロビアン人に対する怒りが駆け巡っていた。まともに動かない体を動かしてでも、あの宇宙海賊に飛び掛かろうとした気持ちが蘇る。
あいつだけは、許しておけない。
『なら』
「フィオガ……」
『なおしてくれる?』
それが、彼の罪悪感に付けた込んだことだと理解しながら、ボクはコンゴーに頼んだ。
自らの後悔から技術を封印した科学者に対して、どれだけ残酷な願いであったか。怒りに身を任せた子どもには理解できなかった。
ただ戦う力を、あの時のボクは欲していた。
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