第一話「沈黙の中で」.3
――コポッ!
空気の爆ぜる音がする。目を開けた時、ぼやけた視界に移ったのは、色のついた水と機械類。あいかわらず下半身に感触はなく、意識も薄弱。
「目が覚めたかい。生命維持は可能なレベルにまで回復できたようだね」
「……ッ、――ウ」
声を出せない。自分の入ったカプセルに手を突くと、ボクを助けた誰かは近づいてきた。
毛むくじゃら……クワハウ星人。銀河で最も優れた科学文明を生み出してきた、体重に対して最も脳容積が大きい種族だと、あとで知った。
「君の体は、かなり大きな怪我を負っていた。正直生きているのが不思議だったくらいだ。地球人が時折口にする、執念というものを見た気がするよ」
「……」
「名前を、教えてくれるか。私はクワハウのコンゴー。地球人には、クマ型宇宙人とかとよく言われている。ただ指もしっかりあるし、なんなら六本だし、むしろベジタリアンだし、だいぶ違うと思うけれど」
そう言って手を振ってくる。でもやっぱりボクにも毛むくじゃらのクマに見える。
「うむ……喉に異常は何もなかった。爆風で焼けたのは肌だけで、視力がかなり低下してしまっているのは、強烈な閃光のせいだろう。君のお母さんが、必死で守ってくれたんだろうな」
コンゴーは、そう言って申し訳なさそうに俯く。あなたは悪くないと伝えたい。ありがとうと言いたい。
なのに、声が出ない。
「機械に置き換えたとしても、言葉は出ないだろう。君のそれは、ストレス性の失声症というものだと思う。悪い、クワハウ人の持つ医療記録では、心因性の病状に対する対処法がなくてな……」
「――ッ! ……ン」
「無理をしないほうがいい。あの状況にいたのだ。君が悪いわけではないし、君を守るために、君の声が痛みを肩代わりしてくれたのだろうさ」
クワハウ人の表情は、人間と違っているため読み取れない。ただ、彼が何か苦しい思いをしているように見えたから、ボクは名前を伝えて、お礼を言わなければと思った。
『フィオガ』
鏡文字では書けない。文字だって最近書けるようになったばかり。地球の言葉で伝わるかどうか不安だったけれど、言葉が通じるなら、文字も伝わるはず。
そこまで考えていたわけではないけれど、コンゴーは読み取ってくれた。
「フィオガ、そうか。良い名前だな。またもう少し休んだ方がいいんな。また様子を見に来るよ」
そう言って、コンゴーは部屋を去る。
部屋の電気が落ちる。暗闇が不安を掻き立てる。
また何かが襲いに来るのか、また誰かが目の前で死ぬのか。
――ゴボポッ!
溢れ出した気泡が、意識と視界を遮る。急に現実が遠退き、その日のボクは目を閉じた。
次に起きた時は、一週間以上が経っていた。
「おお! 起きたかい、フィオガ。脳波レベルが低下していたから何事かと思ったが、眠っていただけのようだね」
「ッ……エゥ」
「無理に話さなくていい。右手を少し右に動かして。ああそこ、端末を入れたんだ。指で文字を書けるなら、筆談……話す代わりに、文字を書いてみてくれ」
まだ文字は、両親から習い始めたばかりだった。
船で惑星間を移動することが多く、学校に通い始める年齢だったけれどそれはできなかった。代わりに二人が教師になってくれた。
地球人種であれば有数の学者であった二人は、今なら教えるのは下手だったのだとわかる。
「そう、銀河標準語とは別に、地球の言語も知らないと、故郷に帰れたときに寂しいからな。うん、大丈夫だ。私はこれでも故郷では教師の経験があってね」
カプセルに収まった状態で、まともに話もできないのに、コンゴーは根気よく文字を教えてくれた。体の感覚が少しずつ戻るより早く、言葉が脳に沁み渡っていく。
一か月も経つ頃には、銀河標準語で簡単な会話なら十分できた。
「気にしないでくれ。いやむしろ、君を助けさせてくれてありがとうと言うべきは私なんだ」
『まえもいってた』『コンゴー』『のせいって』
指が素早く動かないため、時折言葉が途切れる。彼はそれを読み取って返事をしてくれる。
「……あの状況での会話を覚えていられる君は、なかなかすごいヒトなのかもな」
肩をすくめたコンゴーは、気まずそうに顔を逸らした。まだ子どもであったこのころも、何か聞いてはいけないことを聞いたような気がして、無理に話題を変えた。
『それより』『まだ出ら』『れないの?』『足うごかないけど』
「脳の機能の損傷は、未だに明確な治療法がなくてな。多分、その、君は……」
『しょうがないよ』『コンゴーの』『せいじゃないから』
顔は動かせない。いまだに見ること、聞くこと以外、かろうじて右手が動かせるくらい。
だから、この文字もどこまで伝わっているだろうか。
『ありがとうコンゴー』
せめて、この気持ちだけは、伝わっていてくれれば。
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