第一話「沈黙の中で」.2
掠れた空気が、喉を掻き毟る。なのに、声が出ない。涙がこぼれるだけで、慟哭の一つ上げることはない。
触れた母の手は冷たい。遠くには、肩から上が潰れた父の姿がある。持っていた火器は捻じ曲げられ、何の抵抗も意味をなさなかった。
「おお、これか! 確かにこんなものを乗せてちゃぁ、まともな奴なら護衛なんてしたくねぇし、銀河連邦にだって渡したくねぇよな」
何もできなかった――そんな自責の念すら許さない状況。
沸き上がるのは怒りと憎しみ。地球人種用に造られた船室には大きすぎる巨体を揺らす侵入者は、手に何かを持って見下ろしてきた。
「まだ生き残ってたやつがいたか」
「――ッッ! ■ッ■ー、ッ!」
「何言ってんのかわかんねぇな」
倒れたこちらに向けて、相手は膝を追って顔を地面に近づけ、視線を合わせてくる。
今までの視界からでは、その膝くらいまでしか見えなかった。それが、全体がはっきり見える。図鑑で見たことのある、地球のワニやトカゲを思わせる鱗、牙を持つ。
宇宙海賊として名を馳せるクロビアン星系人。
「憎いか? 俺が。ほら立ってみろ、ん? 今なら爪が届くぞ?」
「カ――。ア……!」
「おっと、ほらどうした。もう一歩、あと三ミリ、おしいおしい」
クロビアン人の挑発に乗って腕を振り降ろす。けれど、ほんのわずかな距離が届かない。
両親の仇、この小さな体で討てるとはこの時だってみじんも思っていなかった。ただ、目の前の相手にかすり傷の一つでもいい。つけてやりたかった。
それが叶わなくても、ただ泣いて命乞いするなんてできなかった。
「さて、取るもの取ったし、行くか」
「ア、――エ!」
「じゃあな。がんばれ」
巨体の影が遠ざかる。数十秒後、地面――正しくは船の床が揺れる。壁面に突っ込んできた強襲揚陸艦が離れたのだろう。
父と母の、他の船員の声も一人もしない。本当に、生き残ったのはボクだけなのだと実感した。きっと誰かが助けてくれる――そんな希望はなかった。
いつかどこかの恒星の引力に捕まり、ゆっくりと炎の中へと消えていくだろう。
それよりも前に、瞼は明けられなくなる。
なにもできず、暗闇の中で消えていく。
――いやだ。
いやだ。絶対に嫌だ。
わけもわからず両親が殺された。
ボクたちを守ろうとした父。盾になった母。優しくて、諦めが悪く、誰かの幸福を願っていた両親。
そんな両親と一緒に働いていた人たちを、ボクは覚えている。
「おい、誰かいないのか。生体反応は残っているんだ、返事しろ!」
声が聞こえる。
諦められない、そんな気持ちが幻聴を聞かせたのではないかと思った。
動かない下半身。朦朧とする意識。
「生きているな、意識をしっかり持て。爆発で肌が焼けてるけど、内臓までは……いや、これは下半身が……だが大丈夫、まだ生きられる!」
「……ウ、オィ」
「無理に喋るな。保つのは意識だけでいい。ここじゃあまともな治療をしてられん。私の船に移動する。ストレッチャーに乗せるからな。痛いかもしれんが我慢してくれ」
誰かが、ボクを抱き上げた。大きな手と、毛むくじゃらの感触がする。さっきまでの硬い床から、柔らかいベッドのようなものに乗せられた。
視界の端に、母さんの姿があった。そちらに手を伸ばすが、届かない。
「ア――ァン」
「……君だけでも生き残ったのが幸いだろう。急がないと、この船のエンジンが爆発する。回収している時間はないんだ」
体が運ばれている。母さんが、父さんが遠ざかっていく。
先ほどの海賊の突撃で壊れた部分があったのか。それとも後から撃たれたのか。
「大丈夫だ。私が救う。私のせいで、こうなってしまったんだから……」
何を言っているのか、もうよくわからなかった。
ただ、何かこのヒトは何かを悔いているようで。
「頼む、生きてくれ……」
ボクの意識は、消えていった。
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