第一話「沈黙の中で」
惑星と惑星の間。
亜光速民間航行船が利用する正規ルートは、常に銀河連邦警察の警戒網にあり、宇宙海賊といえども容易く手出しできるものではない。
容易くは――であるが。
「これはな、父さんと母さんが見つけた、この銀河を救う、多くの人を幸せにできるものなんだ」
目の前の固く閉ざされた扉の先。そこには薄紫に輝く宝石があった。大きさは子どもの掌大。特殊な機械の中央でカプセルに入って浮かんだそれは、どこか怪しく、どこか神秘的に見えた。
「お前のおかげで多くの人が救われる。みんなを笑顔にできるんだ!」
嬉しそうに笑う父が抱き上げてよく見えるように視線を合わせた。後ろに立つ母も「その通り」と微笑み、ボクの頭を撫でてくれる。二人がなんで褒めて喜んでいるのかよくわからないけれど、ただ喜んでいるのならそれでよかった。
『しゅ、主任! おかしいです! 護衛部隊が編成を離れて……ジャミング!?』
「どうした、何があった!?」
ボクを降ろすと、父さんは壁際の通信パネルに額を突き合わせる。おかしなことが起きているらしい。不安がったのがわかったのか、母さんは大丈夫と抱きしめてくれる。
いつも誰かの幸せや、助けになるんだと笑っていた父が、見たこともない表情をする。
壁のパネルから取り出したライフルを手に取り、どこか慣れた手つきでそれを確かめ、構えた。
「いいか。最奥のシェルターに隠れていなさい。あの扉の生体認証は――」
「私のDNA認証だけしか設定していないから。無理しないでね」
「当たり前だ。こんなところで、お前たちを失うわけには――!」
突然、足元が大きく揺れる。何かが船体にぶつかった。
「まさか、もう接近されて……軍のステルス艦か!」
船外カメラには、船の横っ腹に突き刺さった一隻の強襲揚陸艦を移した。その船体には、惑星間航行時代になっても意味の変わらぬ髑髏のマークが掲げられていた。
船のシステムが次々と落とされ、最低限の生命維持システムのみが残され、防衛装置もシャットダウンされた。
薄暗くなった船室には、硬く閉ざされた奥の扉の中だけが、不気味に光を放っていた。
「静かになった?」
父の呟きに、母は答えずに視線を左右に巡らせる。じっと、扉の奥に意識を集中させたかと思うと、何かに気づいた。
「……扉から離れて!」
瞬間、閃光が視界を埋め尽くした。
……それから、しばらく意識はなかったと思う。ただ、自分を庇って血を流した母の姿だけは、瞼に焼き付いていた。
「護衛船もねぇ、船体のサイズもさほど大きくもねぇ。話を聞いたときはあんまり期待していなかったが、こいつはたまげた」
目の前に立つ影が、母の亡骸を掴み上げて掌を奥の端末へ押し付ける。
まだかろうじて熱が残っていたのか、硬く閉ざされていた扉が音を立てて開く。
母の亡骸は投げ捨てられ、体のあちこちをおかしな方向へ曲げる。そちらに体を這いずって近づくも、声が出ない。
喉が焼けたわけではない。肺が潰れたわけでもない。下半身の感覚こそないが、腕はまだ動いた。
「――ッ! ――、――……」
けれど、声は出なかった。
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