4年ぶりの抱擁
今日の授業はバディについてだった。
クラスの中で自由に組んた相手と得意不得意を照らし合わせ、どのように能力を高め合えるかを話し合い、実際に試した感想をレポートに書いて提出する。
それを3組分それぞれ違う人と試してみて、自分にはどのような人が合うのかも考察して書くよう説明があった。
いつもは授業をサボりがちなライカンが今日は私の隣に座って周りを威嚇するので、私の1組目のバディ練習は強制的にライカンになった。
組み合わせが決まるとそれまでの怖い顔をぱっとやめて、私の手をいそいそと握る。
その様子にトゥーリオがぽかんとしていた。
ライカンとは特に話し合う必要もない。
すぐに実践に移り、私がライカンの首にあるタトゥーに触れると封印が『無効化』されて人狼に変わる。
人狼になったライカンが、模擬訓練用のモンスターを楽しそうに次々と屠っていく様子は圧巻で、トゥーリオ以外のクラスメイトも皆口を開いてその様子を見ていた。
人狼化したライカンの魔力はS級並みであり、枯渇する未来が見えない。
訓練用のモンスターを投影する装置を扱う先生の方が先に魔力がつきそうになってしまい、途中で実践を止められたライカンは少し不服そうだった。
「はあ、この解放感たまらねぇ。人狼化しても理性を保っていられるのが最高。ロザリアだから言うけど、俺は人狼にならないと自分の膨大な魔力を消費できないから、いつも満月になるとため込んだ魔力を抑えきれずに暴走しがちなんだ。でも、これだけ発散できれば今月は余裕で人間のままでいられそうだ」
「いつもはどうしてたの?」
「専用の部屋で月が欠けるまで引きこもり。気だけが高ぶってすげーつらい」
ライカンが遠い目をした。
「毎月こうやって私と訓練する?」
「いいのか?」
「ライカンが苦しい思いしなくて済むのなら、いいよ」
女神様だって人助けをするのにちからを使うのだからお許しくださる筈だ。
私がそう言うと、ライカンが目を細めて眩しそうに私を見て手を取り、その手にキスをした。
「俺にとってはお前が女神だ」
「お……大袈裟だよ」
心なしか視線がうっとりしていて気まずい。
ただ、ライカンの封印を『無効化』するためには私の制御が曖昧なせいで体のどこかに触れていなければならず、手を繋いでいたり、私がライカンにしがみついたりする必要があったので、その分戦いづらそうだった。
それに多分、ライカンが使用する魔法も私の『無効化』が効いて余計に魔力を消費する状態のはずである。
ライカンにとっては魔力の消費量が多いのはメリットかもしれないけれど、普通に考えればデメリットだ。
そのことをレポートに書き込み、次のバディになってくれそうな人を探す。
ライカンは私との組み合わせが終わって人間に戻ると、早々に授業から立ち去ってしまった。
「次はあたしと組みましょ!」
モモが声をかけてくれたので、喜んで話し合いをしたが、モモが得意なのは土魔法で作った小さなゴーレムを動かすことで、私の『無効化』はまったく役に立てなかった。
訓練用のモンスターの攻撃を『無効化』しようとすると、先生の魔力でつくられたモンスターなので、モンスターそのものが消えてしまった。
仕方がないので実践ではその可愛らしいゴーレムがおままごとするのを2人で眺めた。
レポートには仕方なく相性があまりよくないむねを書いた。
メアリが得意なのは支援魔法なので、『無効化』の私とは組む意味がない。
皆ライカンと私のやり取りを見ていたため誰も他にバディを組んでくれそうな人がおらず、3組目は私からトゥーリオにお願いした。
トゥーリオは2つ返事で快く引き受けてくれた。彼はライカンに対してもそうだが、誰にでも平等に優しい。
話し合いをして初めて知ったのだが、眼鏡をかけて頭がよさそうに見えたトゥーリオは実は意外と武闘派だった。
試しにトゥーリオの手を握らせてもらったが、普通に風魔法を訓練用のモンスターに放つ。『無効化』を気にした様子もない。
「あの、トゥーリオの魔力量って……」
もしかして、Gクラスにいるようなレベルではないのでは?と不思議に思った私が尋ねようとすると、トゥーリオが途中で私の唇に人差し指をあてて止めた。
「ないしょだよ」
にっこりと笑うトゥーリオに、私はぱちぱちと瞬きをした。
私の見立てが正しければ、何故彼はGクラスに居るんだろう?
レポートにそのまま書くとまずそうなので、私はモモと同じく訓練を見ていただけでトゥーリオとは相性がよくない、と書いた。
3組試して思うが、やはりライカンとの実践訓練がずば抜けて良すぎる。
あとは私がどう特殊能力を扱えるようになるかがやっぱり課題かな。
感想を書いてレポートを提出し、その日の授業を終えた。
放課後になった。
モモが部活へ行き、メアリに先に帰ってもらった後、教室で待っているとアレス殿下本人が私を迎えに来た。
教室に残っていた数人が驚いて固まっている。
「すぐに帰れるよう荷物はまとめてあるか?」
「はい」
用意し終わっていた鞄を持とうとすると、アレス殿下がさっと私の鞄を持ち上げた。
「えっ?? えっ!?」
「女性に荷を持たせることなどしない。行くぞ」
手をとられ、まるでエスコートである。
王子様にそんなことをさせてもよいのか焦るが、アレス殿下は気にした風ではない。
きっと貴族では普通の事なのかもしれない。
間違っても躓いたりしてアレス殿下を巻き込んではいけない。
私には無様にならないようついていくのが精いっぱいだった。
アレス殿下に連れて行かれたのは馬車乗り場だった。
そのままエスコートを受け、紋章のついた馬車に乗り込むと、そこには白いベールに聖女服を身に纏ったカイがいた。
「アレス、忘れ物はみつかっ……!?」
「カイ!!」
私はアレス殿下から手を離してカイに抱き着いた。
綺麗な紫色の瞳が驚きに見開かれている。
4年ぶりのカイは、私の身長を少しだけ追い抜いていた。