女神の祝福
それから、いろんな人にカイとのことを報告に行った。
モモとメアリには手紙を書いて郵送し、アレス殿下は「ロザリアが試練に勝ったようなものだな」と笑い、トゥーリオは普通に「おめでと~~」と祝福してくれた。
ライカンが「俺のおかげだろ」といってカイに長々と説教を食らう中、私はジーンさんに鱗を返しに向かった。
「……その鱗、役に立った?」
「はい。何度も命を救われました」
「そう、じゃあもういいかな。最後に1つお願いなんだけど、その鱗を俺に食べさせてくれない?」
「えっ、その……給餌行為ってやつになりませんか?」
「その鱗に関してなら大丈夫」
そういうとジーンさんはぱかりと口を開けた。
少し長めの舌がちらりと覗く。
わたしがそこにそっと鱗をのせるようにして食べさせると、ごくんと飲み込んでジーンさんの喉が光る。
「ん、ありがと」
「あの、これってもしかして……」
「自分に戻しただけだけど?」
「戻せるんですか!? 加護を与えられるのは1人きりだって、言ってたのに! 持ってたら壊しちゃうから私に預けるっていうのは!?」
「逆鱗は1枚しかないんだから1人きりにしか加護が渡せないのは当たり前でしょ。壊しちゃうって言ったのはロザリアに持っていて欲しかったからに決まってるじゃないか、けどカイ様と結ばれたっていうんだったら鱗はお守りじゃなくて呪いになりかねないからね。最後にあーんしてもらえてよかったよ」
もっと一切のやり直しがきかないものだと思って焦ってたわ。
鱗を食べさせる時だって何が起こるのか、かなりドキドキした。
加護契約からそうだったけど、ジーンさんはだいたい説明がたりない!
「まあまあ。またいつでも加護がいるならおいで。キスしてあげるよ」
ジーンさんはにこりと笑って庭仕事に戻っていった。
ちょうどタイミングよく私を迎えにきたカイが、「僕が与えるからいりません!」と返事をする。
「これは早々にロザリアに指輪を渡して結婚しないと……」
その宣言通り、カイは3日後に指輪を持って私を訪ねてきた。
魔力補充薬と、私も1度飲んだことのある超げきマズの青い栄養薬を併用して飲んで魔力をそそぎ続けてつくられた紫色の石が嵌まった指輪は、しっかりと私の指のサイズにあわせられている。
そんな豪華なものを捧げながら、目の下に隈を作ってふらふらになりながらプロポーズの言葉をいうので私は礼をいうよりもまず「大丈夫なの!?」と叫んでしまった。
こんなにボロボロなカイ見たことない。
私が受け取って指に嵌めると、カイはそのまま私のベッドで寝た。
限界が近すぎたようだ。
久しぶりに両親に手紙を書く。
色々あったけど、カイと無事結ばれそうですと報告すれば、帰ってきた返事にはなんと、カイからは既に3年前に結婚を許してほしいと請われていたらしい。
魔王封印の旅に出る前に渡した手紙に書かれていたそうで、思ったより待ったわと言われてしまった。
◇◆◇
結婚式はエスメラルダ様が無事元気な男の子を産んだあと行われた。
平民出身とはいえ、元聖女の結婚式には多くの人が集まり、中には王族も招待されていたためかなり盛大なものになった。
特別に王宮にある教会で挙式をすることが許されて、私達が誓うのはもちろん女神リオーネに対してである。
神官が誓いの言葉を催促すると、教会に飾られた女神像がきらきら光りだす。
その光がだんだん強くなって観客がなんだ演出にしては凝っているなとざわめきはじめたが、私もカイもそんなものは仕込んでいない。
けれど、その正体はなんとなく知っていたので、落ち着いて2人で女神像のところまで歩いていく。
「女神リオーネ、ロザリアとの結婚を許していただき感謝いたします。何度忘れても、出会えばきっと僕はまた彼女に恋をするでしょう。死が二人を別ってもなお、愛し続けると誓います」
「リオーネ様。あの時力をお貸しいただけなかったら、カイとこうしてここに立てていなかったかもしれません。深く感謝して、私もあの時の言葉通り、カイにその心を捧げ続けたいと思います」
光がおさまると、そこに女神が顕現していた。
がたがたっと激しい音が後ろから聞こえ、「大丈夫ですか、メビウス殿下――っ!?」「失神しておられる、担架を持て!」という声がする。
あの時見た美しい姿のままで、女神リオーネは悠然と微笑んだ。
「わたくしの愛しい子、カイ。そなたの成長と愛を感じてとても嬉しく思います。ロザリアと共に幸せになれるよう、祝福を贈りましょう」
驚くことに、並んでみればカイは女神様に瓜二つだった。
男女の違いはあれど、どちらも同じ金髪に紫色の瞳で、まるで母子のようである。
女神様がカイの額にキスをすると、教会の中にオーロラが舞い降り、荘厳な音楽が奏でられる。
カイが急に驚いたように跳ねて、女神様を見上げると「ははうえ……?」と問いかけた。
その言葉に私も驚いて2人をまじまじと見る。
そんな、まさか。
カイはだって、孤児院の……。
孤児院の、出生の分からない子供……。
女神は私にもキスを贈ってくれた。
私にだけ聞こえるように、「カイを頼みます」というと、微笑んで姿を消す。
まるで夢でも見た後のように、オーロラや光が消え、音楽も止まって何もいなくなりその場はしんと静まり返った。
「ええと、それでは次は……誓いのキスを。それから、婚姻届けにサインをそれぞれしてください」
ぼうっとしていた神官の前に2人で戻ってくると、はっとして式の続きを促される。
花嫁のベールは女神の前に行くときすでに捲っていたので、そのまま首を上に傾ける。
カイはすこし屈み気味になって私にそっとキスを落とした。
ロザリア=ルルーシェという名前の隣に、カイが自分の名前を記入する。
カイは孤児だから苗字がないはずだったんだけど、書き込まれた名前の隣にじわりと黄金の文字が浮かび上がってくる。
それは口には出せない、不思議な模様のような文字だった。
それを見て、カイは少し不安げに私を見た。
私が恐れて何か言うとでも思ったのかもしれないが、私はただ笑って「カイが愛されていて良かった」と告げた。
そうだよ、別にカイが何者だって変わらないよ。
人狼だって吸血鬼だって、龍人だっているんだもの、今更でしょ。
それから2人で笑って一緒にブーケを投げた。
受け取ったのが、まさかのアレス殿下の隣についてきていたヴァルヴァロッサ様で、慌てて花束をアレス殿下に譲ろうとしていたが、「ナタリー嬢に差し上げろ、いい加減俺を立てなくともよい」と断られており、所在なさげに持つ様子がなんだか似合わなくて、ちぐはぐで面白い。
隣で楽しそうに、幸せそうに笑う顔のカイを見て、あぁ、これが私の幸せだなと実感する。
私、ロザリア。
このたび聖女の腰巾着から、めでたく妻に変わりました。
こちらのお話で完結になります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




