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いつだって守られていたよ

 

 途中、いつの間にか寝てしまって目を覚ますと王宮に帰ってきていた。

 ついたのはもう夜になりかけで、半日馬を飛ばしていたというのに馬もライカンも疲れた様子がない。

 そのままアレス殿下のところへ報告にいくと連れていかれた。


 執務室に通されると、既にアレス殿下は教会から通信で聞いてある程度の事は把握しているらしく、ライカン同様に怒っていた。


「古い考えの残る村ではあるが、恩人に対してする行動じゃない。魔物だと疑って攻撃するのも一方的すぎる。話を聞いたカイが村に1つ大穴をあけたらしい」

「それなら俺も作ってきた」

「騎士も治癒能力者も原則民を傷つけてはいけないからな。村長とその原因の孫娘が必死に謝っているらしいが、村全体に最上級の治癒魔法をぶっ放した後はこれ以上治癒したくないといって帰り支度を始めたそうだ」

「それって大丈夫なんですか?だいぶおさまってきたとはいえ、まだ完全には感染者は消えていないのに」

「ロザリアがしっかり感染対策や世話の仕方を教えて回ったんだろう?感染してもあまりひどい症状は出なくなってきたそうだし、後は自分たちでもなんとかなるだろう」


 自分がされたことに対して、怒りを感じてはいるけれど、村の人全員がそういうわけじゃない。

 私と一緒に食事を作ったり病人の世話をしてくれた人たちは、私が殺されそうになったというライカンの言葉に驚いて心配した目をむけてくれていた。

 村自体は大丈夫そうだときいてほっとした。


「傷害罪を負わせたとして主導した村長の娘と、それにかかわった数人の村人は鞭打ちになる。ロザリア、そんな顔をするな、ジーンの鱗があったから誤解を招いたかもしれないが、逆に鱗があったから今お前は生きているんだぞ」

「そう、ですね……」

「アレス殿下、明日俺をロザリアにつけてくれよ。なんかうまい言い訳つけてさ」


 そういって私のことをじっと見つめるライカンと、いまだに血の気が戻らない私の顔とを交互に見つめて、アレス殿下は腕を組んだ。

 とんとん、と2回だけ叩いてすぐに口を開く。


「いいだろう。ライカン、しばらく傍にいてやってくれ。そして玉砕してこい、慰めてやるから」

「うるせえ!」


 アレス殿下に対して口悪く返しながらも、ライカンは嬉しそうだ。

 なんだかんだこの2人いい主従関係を築いているらしい。




 ◇◆◇




 次の日、お休みをもらった私は同じく休みをもぎとってきたライカンと一緒に寮で過ごしていた。

 どこかへ出かける気にもならず、かといって1人でいると昨日のショックだった出来事を思い出しそうになってしまうので、ライカンが尋ねてきてくれたのはとてもありがたい。

 何をするわけでもなく、ライカンは持ち込んだ本を読んでいるので、私も気を紛らわそうとお気に入りの小説を読む。

 1冊読み終わって、ライカンの読んでいるものが気になって覗き込むと、かなり難しい本を読んでいたのでびっくりした。

 外国語で書かれた戦術書のようだが、私はところどころ読めても専門的なところまではわからない。


「気になるなら読むか?」

「ううん、どんなの読んでるかちょっと見ただけ。ライカンすごいね、いつの間にかそんなのもすらすら読めるようになってるなんて」

「……頑張ったからな。お前を、守りたかったから」


 戦術書をぱたんと閉じて、ライカンがこちらを見た。


「バディをカイ様に取られた時、悔しかったんだ。ロザリアの言う通り、俺は魔法は強くとも地位は何もないのと同じだったから。だから必死に勉強して、いい成績上げて、お前を守れるくらいになろうと思って騎士になった。騎士になって功績をあげれば爵位が得られるから。けど、それだけじゃ足りねーからもっと頑張ってんだ。近衛の隊長クラスになれば、地位はあるって言えるだろ」


 それはもう実質騎士の中でもトップなのでは。

 まさかライカンがあの頃、サボりをやめて急に授業に出始めた理由が私のためだったなんて知らなかった。


「なあ、達成はまだだけどさ、ちょっとは褒めてくれるか?」


 身体は大きいくせに、その獣耳を少し垂れ気味に聞いてくるライカンが小さい子のように見えて私は思わずふふっと笑った。


「ん、偉い偉い。というか、本当にすごいよライカンは。異例の大出世だって皆騒いでるもん」

「皆って誰だよ。俺にとってはロザリアだけが騒いでくれればそれでいいんだよ」


 ライカンが手を伸ばして私の頬に触れてくる。

 私がその手をそっと取って頬から外させて握りしめると、いい雰囲気から逃げようとした意思に気づいたライカンがにやりと笑った。


「俺の気持ち、伝わったみたいだな?」

「えっと、その……はい。でも、私はカイのことがす……」


 言おうとした言葉はライカンの唇に止められた。

 あの時、私のファーストキスだと勘違いしたときと同じように。


「関係ないって言っただろ。お前は俺が貰……」


 ぺち、と小さな音がした。

 私がライカンの頬を叩いてしまったのだ。


「っ……ごめ……」

「何に対して、謝ってんだよ」


 キスされて、嫌だと思ってしまった。

 前まではすぐに忘れることができた。

 でも、今はずっと、カイじゃなきゃやだって思いがぐるぐる頭の中を回っている。


「ライカンは私の事守ってくれたのに、優しくしてくれたのに、でも……」

「……弱いところにつけ込もうとした俺が悪かったよ」


 ライカンは私から手を離すと、もう触りませんというように腕を組んだ。


「はあ。そんなにあいつじゃなきゃダメなんだな」

「ん、ごめ……」

「もう謝るな。わかったよ。アレス殿下の言う通り玉砕だ、癪だが後で慰められにいくことにするか」


 微妙な空気に落ち着かず、わたわたしている私をちらりと見てくすりと笑った後、ライカンは何かに気付いたように耳をぴくぴくっとさせた。


「ロザリア、協力してやるよ」

「え?」


 あっという間に間合いが詰められて、ライカンの顔が近づいてきた。

 またキスされるのかと思ってあげた手を今度はぱしりと掴まれてしまう。

 しかし、顔は唇の触れ合う手前で寸止めしたまま止まっている。


「なあ、忘れるなよ。俺はお前を傷つけたいわけじゃなくって、守りたかっただけなんだ。好きだったぜ、ロザリア」


 囁くようにそう言われた瞬間、私の寮の扉が開かれた。

 来客中だったので鍵はかけていなかったのだが、それでも急に扉を開けるなんて一体誰が……と思ってみようとするが、ライカンの大きな身体に阻まれて何も見えず、声だけが聞こえてくる。


「何を、しているんですか?」


 地を這うような声をしたカイだった。


「何って、みりゃわかるだろ? ロザリアを口説いてんだよ」

「……ロザリア、君の意思は?」


 魔王でもいるんじゃないかと言う程の重圧に何も言えず私はただ首を横に振った。

 ライカンはそんな私の頭をぽん、と軽く撫でると戦術書を持って立ち上がる。


「つーわけで俺は帰る。じゃあな、ロザリア」


 そう言いながらひらひらと手を振って、ライカンは帰ってしまった。

 ねえ、協力って何?

 この重たい空気だけ残していくのが協力なの?

 恨めしそうに閉まった扉を見つめていると、カイがそれを遮るように私の傍に座った。


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