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メビウス殿下との遭遇

 

 次の仕事の日、私は昨日寮に帰ってから作ったお菓子を持っていきシェノン先輩に差し出した。

 本当は既製品の見目も美しくおいしいお菓子の方がいいのだろうが、働き始めたばかりの新人なのでお給料をまだ貰っていない。

 働き始めてすぐにやめてしまう人が少なくないので、王宮では最初の3か月の間無給で働かされるのだ。

 お菓子はシェノン先輩だけにではなく、アレス殿下やライカン、トゥーリオにジーンさんと協力してくれた皆に渡したかったので、たくさん買うとなると少しどころじゃなく厳しい。

 なので申し訳ないが、できるだけ気持ちは込めてこのお菓子を持参したというわけだ。


「あの時シェノン先輩が来てくださって本当に助かりました」

「いいって。正直パーティ会場で別れたままだと後味悪くってさ。うん、おいしいねこれ」


 シェノン先輩は休憩時間になるとよく甘いものが欲しいといって紅茶にたくさんのお砂糖をいれて飲んでいる。

 だから甘いものも好きだと思って、チョコレートをたっぷりつかったパウンドケーキにした。

 早速食べてくれると言うので切り分けて今、ちょうど感想を頂いている。


 そこへ扉が開いてカイが入ってきた。


「シェノン、カルテの整理をお願いし――……休憩中か?」

「はーい、終わったらしまーす。今ロザリアちゃんの作ったケーキ食べてんの。おいしいよ」


 にこりと笑って見せびらかすシェノン先輩に慌てて私は言い訳のように「た、助けてもらったからそのお礼です」と言った。

 別に悪いことをしている訳じゃない筈なのに、なんだかカイからの視線が突き刺さってくる。


「僕にはないの?」

「えっ……う、受け取ってくれるんですか?」


 私は慌てて鞄からカイ用にも用意がしてあった包みを取り出した。

 チョコレートデーのお返しに渡したら好評だったマフィンだ。

 昨日デートのお誘いしないっていった手前、お礼といってプレゼントを渡すのもカイへの下心だと思われたら嫌がられるかなと思って渡すのを迷っていたのだ。

 実際に好きだという気持ちがあるので、下心が完全にないかと言われると嘘になってしまう。


「カイ様も、ありがとうございましたっ!」


 それでも、あくまでお礼だと言う事を強調しようと思って私は意識しすぎない様に手渡すとすぐに自分の椅子に戻った。


「……どうも。僕も休憩時に頂くよ。それじゃシェノン、ここに置いておくからね、お願いね」


 カルテを置いてカイが出て行くと、シェノン先輩が「こっわ」といって肩をすくめた。


「見せびらかした俺も悪いけどさ、まさかあんな目で睨まれるとは思わないじゃん」

「え?」

「ロザリアちゃんが鞄にお菓子とりにいった時だよ。見ていないのをいいことに威嚇されたよ」

「そんなまさか。いったい何に対してそんなことする必要があるんですか?」

「あ~~もう、ロザリアちゃんもう1切れ頂戴」


 ずい、と空になった皿を差し出されて、私はケーキをのせると新しい紅茶も一緒に淹れて持っていった。

 よくわからないけど、美味しいみたいでよかった。


「それじゃあ私、他の人にもお礼を渡しに行きたいので薬の補充を兼ねていってきてもいいですか?」

「はーい、気を付けてね~~」


 仕事用の魔法鞄を手にまずは薬やポーション消費量の多い魔法騎士団へと向かう。

 この間まではライカンがいたけど、近衛になってしまったのでもういない。

 騎士団でこういう道具の補充を管理しているのは本来下っ端の男の子たちなので、見習い服を着ている人に声をかけて管理室に入れてもらい、リストと照らし合わせながら足りないものをいれていく。


 作業を終えて立ち去ろうとすると、私の『無効化』があった頃を知っている人達から手を振ってもらった。


「ロザリアちゃーん、カイ様とのこと頑張って~~!」

「いやいや俺はアレス殿下推しですよ!あの人に憧れてここに入ったくらいだもん」

「ライカンだって負けてないでしょ、アイツ規格外すぎるもん。ねね、実際どうなの}

「大穴はランハート様っしょ。俺結構賭けてるからそこ接点もってくれねーかなー」

「ばっか、お前、しーーっ!」


 どうやら私の相手が誰になるかを賭けているらしい。

 他人事だと思って困ったものだ。

 私が騎士団を統括しているアレス殿下にいいつけますよというと、皆蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。


 なんだかんだ王宮で様々な事件を起こしたり関係している私の事はあちこちで有名になってしまっている。

 ため息を1つついて、私は次の目的地である魔法の研究棟に向かった。


 初めて訪れた時は知らなかったが、実はここはアレス殿下の双子のお兄様……つまり第2王子が管轄していて、学園にも籍はあったが一切姿を見せず、かなりの魔法オタクのためにずっとここで引きこもっていたらしい。

 特殊能力を持つ者の名簿もこの棟で管理しているようで、2つも能力を抱えたあと2年もしないうちに失った珍しい例として話を聞かせて欲しいと言われたことがある。

 その時はアレス殿下が適当に相手をしてくれたようだが、今日栄養剤を補充にきたといって中に入ると、どうみてもその血縁者らしき水色の長い髪に濃い青色の瞳の男の人が待ち構えていた。


 銀縁の眼鏡をくい、と押し上げながら「医務部の赤髪、君がロザリアだね」と不敵に笑っている。

 そのにやりとした笑い方に、思わず後退りをしてしまった私を許してほしい。


「わたしは第二王子メビウス。怪しいものじゃないから話を聞かせてくれ」

「えっとその、仕事中なので……少しだけなら」


 メビウス殿下は私が逃げないようしっかり手を掴むと部屋の奥へ進んだ。

 暇さえあれば研究していると聞いていたので、部屋の片付けもされていないのではと思っていたが、意外と片付いてる。

 その理由はすぐにわかった。

 メビウス殿下はモノを取り寄せる行動1つにさえ魔法を使うのだ。

 その後は自動で元の場所へ戻る魔法がかけられているので、指示をとばせばあっという間に片付けられる。


 そうして、あれでもないこれでもないと言いながら取り寄せた本をいくつか机の上に並べて、ようやく見つけたらしいページを広げて私に見せた。


「君は女神に会ったことがあるそうだな。彼女はどんな姿をしていた? この本に書かれているのは正しいのか?」


 本を覗き込むと、カイによく似た美しい顔の、羽根を生やした女の人の挿絵が描かれていた。

 その隣の文章に、【女神リオーネは慈愛の象徴で、喜びを司る女神。人に与えることを喜びとし、無償の愛を美徳とする。しかし奪う者には容赦せず、一番重い罪として一矢をもって償いをさせる】と、いつかアレス殿下に聞いたような内容が書かれていた。


「すみません、これが正しいのかは私にはわかりません。でも、とても綺麗な人だったのは間違いないです」

「ほう? どんな様子か他に思い出せることは?」


 メビウス殿下の眼鏡がきらりと反射して光った。怪しい笑顔を浮かべたままなので少し怖い。


「ええと、お気に入りのカイが私をすごく気にかけているから興味があって話しかけたと仰っていました。力を願ったのは私からです。何か妙な形をした宝玉のようなものを操作していて、誓いをして……」

「神話に出てきた勾玉か!! それで?」

「あとは大きな白い鏡の中を通って帰って来ただけです」

「無垢鏡キターー!!」


 メビウス殿下は興奮して立ち上がるとガッツポーズをした。

 鼻息荒く、眼鏡の縁を押し上げながら早口で何事か喋っているが聞き取れない。


「あとは一矢の剣! あれも君は受けたんだろう!? はあ、羨ましいがすぎる、貴重な神器を3つとも体験しているなんて。鏡を通る時はどうだった? 剣は痛いのか? どうかつぶさに語って聞かせてくれ!!」

「メビウス、ちょっと落ち着け」


 私の後ろ側から、にゅっと手が伸びてきてメビウス殿下の頭を鷲掴みにした。ライカンを伴ってやってきたアレス殿下だ。


「アレス! 乱暴はやめてくれ、君の力でわたしの明晰な頭脳が破損してしまう」

「こうでもしないと止まらないだろうが」


 2人が並んで言い合いをする様子を見ると、髪型や眼鏡、ホクロの有無は違えど大変よく似ている。どちらも麗しい顔をしているので黙ってさえいれば眼福である。


「ロザリアに法務部から呼び出しがきたから探しにきたんだ。女神オタクの話はまた今度にして一緒に向かうぞ」

「ええ!? まだ全然話し足りないんだけど!?」


 アレス殿下は面倒くさそうにライカンに持たせていた包みをメビウス殿下に渡した。


「今月分だ。それでも見ていろ」

「やったああ、ありがとうアレス!」


 いそいそとメビウス殿下が包みを開くと、女神に関する逸話や創作本が何冊もでてくる。それらを手にするとぶつぶつ言いながら椅子に座って集中し始めた。


「では行こうか」


 私はアレス殿下とライカンの後について法務部に向かった。


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