カイとデート:下
私が話したいきさつに対して、カイはよく突っ込んだり怒ったりした。
「え? 僕が君に告白するまで、ロザリアは僕の事を女の子だと思っていたの??」
「い、今はちゃんと男の子だってわかってます……!」
「で、君の事を思い出せないのは『女神の試練』のせい? はあ、確かにいきなりそういわれても信じられなかっただろうな……」
「今は信じて頂けますか……?」
腕組みをしながらカイが目を瞑った。
個室なので帽子やマスクをする必要もなく、その綺麗な顔が惜しげもなく晒されている。
こんな時なのに思わずその顔に見惚れてしまう……。
職場の時と違って私服なの、とてもいい。
めちゃめちゃ格好いい。
「ちょっと頭の中を整理したいかな。半分以上信じてはいるんだけどね……」
「それは、はい。記憶のない人が、急にあなたは私が好きだったんだよって言われてもはいそうですか、とは受け入れられないと思うので……」
「……ん、それはちょっと、受け入れては、いる」
口元を覆いながら、私から目線をそらして珍しく歯切れ悪くいうので、よく聞き取れなかった。
もう1度言ってくださいといったが、知らんぷりをされる。
「それより、話ばかり進んで全然食べていなかったよね。どれも美味しそうだから頂こうよ」
カイがそういってスタンドの1段目にあるスコーンに手を伸ばしたので、私はそこへママレードジャムをそっと寄せた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……そうか、幼馴染だったんだもんね、僕が好きなものも当然知ってるか……」
ぽりぽりと頬を掻いて、困ったようにカイが笑う。
だけど、あまり嫌そうには見えない。
私はほっとして、自分も食べようとスコーンに手を伸ばした。
「その、ロザリアの事も教えてくれる? 君は何のジャムをつけて食べるのが好きなの?」
「私はクロテッドクリーム派なんです。ストロベリージャムはなし。甘いものは好きなんですけど、スコーンはデザートよりもサンドイッチと同じ軽食のイメージの方が強くて……」
たっぷりスコーンの間に塗って挟み込んで食べるのがとても美味しい。
口の中の水分が持って行かれて紅茶が進む。
それに、たっぷり話をしたのでとても喉が渇いていた。
2段目には桃をつかったムースや葡萄のワインゼリーなどフルーツを使った宝石みたいな小さなデザートがのっている。
2人分それぞれ載っているのでお互い食べてはどれが美味しい、こっちのここがお洒落だなんて楽しみながら食べる。
3段目はチョコレート系のお菓子だった。
こちらは1つ1つ違う形や色をしており、カイが「ロザリアに選んでみたい」といっていくつか皿に取り分けてくれた。
その中に薔薇の形を模した赤色のチョコレートがあって、思わず私はそれをじっと見つめてしまう。
赤色ではなかったけど、カイの手作りしてくれたものに似ている。
食べてみるが、中に入っていたのはアーモンドでお酒ではなかった。
それでも、美味しいものは美味しい。
すっかり満足した私は、このあとカイとまだ一緒にいたいなと思ってどうにか説得できないか悩ませていた。
ふと、今朝ナンパされた男の子の残した演劇のチケットを思い出す。
「あの……」
「ねえ」
話しかけようとした言葉がカイと被った。
「お先にどうぞ」「ロザリアから言っていいよ」軽い譲り合いから、私は帰ると先に言われたら誘いにくいなと思い先に口を開くことに決めた。
「この演劇のチケット、一緒に見に行きませんか?」
「……僕も、まだもう少し、一緒に居たいと思ってた」
◇◆◇
チケットに記されていた演劇は、私が演劇部の助っ人として参加した大会を行った会場と同じだった。
もう屋根はとっくに修復されて元通り綺麗になおしてあるが、あのあたりからカイが振ってきたというと、そういえばその記憶はあると言う。
ただし、私相手に即興の演技をしたことは思い出せないようで、魔物を退治したあとはそのまま戻ったと思っていたようだ。
「どんな内容の演目をやったの?」
「お姫様が悪魔と楽しくしているところへ王様が勇者を派遣して悪魔を倒そうとやってくるの。悪魔をかばってしんだお姫様のことを、生き返らせた悪魔はその代償に銅像になって、お姫様に忘れられちゃうんだけど……っていう話だった筈なんだけど、カイが勇者と悪魔の戦うシーンで魔物と一緒に落ちてきたから、途中で魔物を倒した悪くない悪魔として姫との結婚を許されましたっていうお話に変わっちゃったんだよね」
「つまり僕は悪魔役を演じたのかな?」
私は頷いた。
演技でキスしたことは自分から言うのは少し恥ずかしかったので言い出せなかった。
「でも、どちらかというとカイ様はお姫様みたい」
「女顔だっていいたいの?」
「ううん、天使と悪魔との契約のせいで、生き返った後悪魔の事を忘れちゃったのがなんとなく似てるなって今ふと思って」
「ああ、本来のシナリオの方ね。お姫様は記憶は取り戻さないの?」
「ううん、取り戻すよ。銅像になった悪魔にキスをし……て……」
言いかけて、カイの口元に目がいってしまい思わず私は口を噤んだ。
どうしよう、これじゃまるで私が記憶を取り戻すためにキスしてって言ってるようなものじゃない。
カイの方もじっと私の事を見るから気まずくなって目を逸らした。
「キスで記憶を取り戻す、か。ハッピーエンドにはつきものだよね」
「そ、そうだよね。あはは……」
「試してみる?」
ことり、と首をかしげながら尋ねられて一気に私の体温は上昇した。
どくどくと心臓の音が耳元でなっているんじゃないかと思う程脈打っている。
私が何か返事をしなければ、と思っているうちに演劇の始まる合図がビーー、となった。
そんなことがあったものだから、演劇の内容はほとんど頭の中に入って来ない。
カイは、私とキスしてもいいと思うくらいには好感を持ってくれているのだろうか。
それとも、記憶を失う前の私との関係を知って、それに引っ張られ流されている?
――ううん、カイはそんな性格じゃない。
まさか誰とでも簡単にキスするような人間になってしまった……なんてあるわけないな、あれだけ女性を遠ざけているんだから。
ねえ、だったらさ、期待しちゃってもいいのかな?
そう思ってチラリとカイの横顔を伺うと、視線に気づいて「なに?」と聞いてくる。
声色は優しくはあるけど、その表情と瞳には私とは違って、何の熱も存在しない。
それがわかって、私はすっと冷静になった。
お互いに気持ちが籠ってないキスなんて、むなしいだけ。
なんのハッピーエンドにもなり得ないだろう。
私は「なんでもありません」と答えて演劇に集中した。
舞台の上で、俳優が赤い薔薇を1輪、乙女へ捧げて愛を紡いでいるが、乙女はそれを断った。
その薔薇を受け取ってしまえば幸せにしてもらえるのに。
あぁ、どうして人を好きになる気持ちって自分で制御できないのかな。
演劇が終わると、何かをまだ話したそうにしているカイより先に私は口を開いた。
「今日はもう、帰ります。お話できてよかったです」
「……そう。じゃあ、寮まで送るよ」
仕事帰りによく送って貰った時のように、2人で並んで歩く。
途中まで楽しかったのに、なんだか今は少しギクシャクしている。
このまま別れるのは嫌だなと思って、私は勇気をだしてカイに呼びかけた。
「あの、カイ様」
「ん?」
「私、カイ様が好きです。幼馴染の親友としてだけじゃなくって、1人の男の人として」
「ロザリア……」
少し困ったように瞳を揺らすカイに対して、何も言わなくていいと私は首を振った。
「カイ様に気持ちがないのは知っています。もう、お仕事中にデートのお誘いをして邪魔することもしません。だけど、私がそう想っているってことだけは、知っておいてください。もうバレバレだとは思うんだけど、ちゃんと言ってなかったから」
にっこり笑って告げると、少しだけすっきりした。
そのまま、「ここで結構です、ありがとうございました」といって立ち去る。
カイがどんな表情をしていたかは見ていない。
また熱のない瞳を見てしまえば、きっと悲しさに潰されてしまいそうになるから。
今日はただ、デートが楽しかったっていう思い出に浸っていたかったから。




