カイとデート:上
どうしよう。デートに着ていく服がない。
文官になる為に必死に勉強し続けた2年間は当然誰かと遊びに行くこともなかったし、化粧品よりも書物の方を常に手に持っていた。
14歳の時の服はあちこち収まらなくなってしまったので孤児院に寄付してしまい、今職員寮にあるのは官吏服を除けば、最低限の義務的なものしかなかった。
仕事を始めてからは何かと忙しく休みの日もライカンの就任式を見に行ったくらいだし、この間の舞踏会のドレスは支給品だしデートに着ていくようなものではない。
さらに言えば、今から買いに行く時間もないし、モモやメアリに相談する時間もない。
仕方なく私はカイとの待ち合わせ場所に、いつもの仕事服で向かう羽目になるのであった。
王都で定番の待ち合わせ場所と言われる花時計のある広場では、長い金髪を緩く後ろに纏めて、黒いタートルネックにジーンズをはき、その美しい顔を黒いマスクで覆い隠したカイが既に来ていた。
いや、マスクでその顔の美しさが隠せると思ったら大間違いである。
先ほどから通りを歩く女の子たちがちらちらとカイを伺っている。
何故それがわかるかというと、私もまたその通りの更に向こう側からカイに熱烈な視線を送っている1人だからだ。
はあ、どこからどうみても格好いい。それに比べて私のこの釣り合わなさよ……。
月とスッポン、芸術品とその辺の石ころくらいの差である。
何故なんの準備もしに誘ったんだ自分、という思いに対して、だってまさか受けてもらえるとは思わないじゃんともう1人の自分が答える。
どうする?今から急いで適当に服を探すべき?でもそれで遅刻してカイが帰ってしまったらどうする?葛藤し続けていると、ぽんと私の肩が叩かれた。
「おねーさん何見てんの?ははーん、もしかして男の物色?あそこにいるイケメンなら諦めなよ、さっきから何人も話しかけては玉砕してんだから」
「ち、ちが……」
「だからさ、俺とかどう?今超絶タイミングよく演劇のチケット2名分持ってんだよね~~」
この男の子、人の話を聞かないタイプだ!
ぐいぐい絡んできて、私の手を掴むと無理矢理連れ出そうとしている。
踏ん張ろうと足に力をいれるが、男の子の力には勝てずにずるずると引き摺られそうになる。
「あの、本当に違うのでやめてください……! 待たせている人がいるんです……!」
「いいっていいって、そういうの。あんな路地の端で待ち合わせなんてするわけないじゃーん」
そのとき、ひゅっと風を切る音がして男の子の袖が飛んできた魔法の矢によって店の壁に縫い留められ、私の腕が開放される。
この攻撃魔法は、カムイの……?
振り返った先には、カイが黒いマスクに加えて更に、黒い帽子を被って立っていた。その姿は、カムイと同じ……
「か、カムイ……?」
「誰の事? あぁ、マスクしてるからわからない? 君の上司のカイ様だよロザリア」
マスクを外したカイは少し怒ったような顔で私の隣にいた男の人を見た。
「それで、彼は誰? 知り合いじゃないなら容赦しないけど」
「ひえっ……さっき待ち合わせ場所に居たイケメン……! これでご勘弁を!!」
男の人は、カイの魔法と気迫にびびって、持っていた演劇のチケットを私に握らせると早々に立ち去って行った。
えっ、くれるの?ラッキー。
「じゃなくって! あの、その……カイ様、もしかして今までも似たような格好で街をウロウロしてたり……?」
「ん? そうだね、いつも顔を見られると必要以上に騒がれるから、だいたい昔からこんな感じだね……だけど、君もその格好って……」
まじか、カムイってもしかしてカイだったのか。
女の子だと思ってた弊害がここにもあった……まったく同一人物だと気づかずに私はなんてことを……。
あぁ、だから孤児院のあるあの町にも来ていたんだ……。えっ、つまり演劇部の助っ人をしたときも私はカイとキスを……?
色んな事が走馬灯のように次々と浮かんでは赤くなったり青くなったりと百面相を浮かべる私の姿をじろじろ眺めながら、カイが「決めた」と呟いた。
「話をする前に、君の服を見に行こう。ロザリアのことだから、他に服がなかったんじゃない? どう、当たってる?」
「あ、当たってます……」
ズバリ言い当てられて、思わず私は目を瞬いた。
すごい、私の事忘れている筈なのにどうしてわかったんだろう。
「あんなに僕の顔を熱心に見つめて誘ってくるくせにそんな格好で来るってことは、僕に見立てて欲しいか服がないかのどっちがでしょ。君にそんな駆け引きが出来るとは思えない」
「ぐぬ……」
それはいいことなのか、悪いことなのかわからない。
でもとりあえず、カイの隣に立つのにこの格好では釣り合わなさすぎるのでありがたい。
服屋については学園時代にモモやメアリと言った事のあるお店にいくことにした。
あまり待たせてはいけないと思い、急いで服を選ぼうとするが、カイは私の手に取った服にダメ出しをした。
「こんなに露出が多い服を着てどこへ行くっていうの」
「でも、今流行りみたいで……」
「それよりも君はこっち。ほら、試着してサイズがあえばこれにしなさい」
渡された白いワンピースを手に試着室に押し込まれ、私はそれを広げて見た。
それは、学園に入ることが決まった時に家族からプレゼントされたものによく似ていた。
控えめな胸元に、袖がふわりと柔らかく、スカートの裾の方は綺麗なドレープを描いてすこしだけ大人っぽくなっている。
着用してみるととても着心地も良くサイズもぴったりだったので、そのまま店員さんを呼んで着ていきたいと伝えるとお店のロゴの入った札を外してくれた。
お会計をお願いしようとすると、「もう代金はお連れ様に頂きました」と言われて驚きカイを見る。
「なに?」
「いえ、その……ありがとう。とても気に入ったわ」
「そう、よく似合ってるよ。すみません、彼女が今まで着ていた服は王宮の職員寮まで届けて頂けますか?」
さらりとスマートに会計も手続きも済まされて、私は頬を赤らめた。
り、理想のデートすぎる……。
「じゃあ、お手をどうぞ」
差し出された手を握り、近場にあったランチもできるカフェに入った。
個室をお願いして、2階席にあがる。
うっかり夢見心地になっていたけれど、そうよね、話をしに来たんだものね。
でも、もうちょっとくらい浸っていたい。
ずっとこうしてカイと2人で遊びたいって思ってた。
あの時はそれが、親友に対してだって思っていたけど……今はしっかり、好きな人とって認識してる。
だって、用事があるだけだって自分に言い聞かせているのに、こんなにもドキドキしているんだもの。
注文したアフタヌーンティーセットが運ばれてきて、店員が部屋から出て行くとカイが早速尋ねてくる。
「それで、単刀直入にいうけど……僕は、もしかして君の事が好きだったの?」
想像以上のクリティカルヒットに私は動揺して思わず椅子をがたっと動かしてしまった。
「ロザリアと職場で一緒に行動するようになって、些細な事が気になったりひっかかることが増えたんだよね。そのもやもやについて考えようとすると途端に頭痛が起こるし、治療魔法をかけても治らない。この間ピアスを贈っていたと聞いた時にはまさかと思ったが実際に触れてみてわかったよ。君の言った事は本当だったね」
私が何と言っていいかわからず無言でいると、カイは紅茶を1口飲んで喉を潤しそのまま続ける。
「それから君の持つ同じリップクリームが、僕の部屋にあるんだ。いつの間にそこにあったのかわからなくて、処分しようと思ったけど、そうしようとすると氷の塊を飲んだみたいに胸の奥が冷えて不安感が襲ってきて、処分できずに今も置きっぱなしになってる。他にも小さな気づきは色々あるけど……とにかく、そういう出来事を経て、そういう結論に至った……違うかな?」
「あって、います……」
私はそれだけ言うと、ぽろりと涙をこぼした。
泣いている場合じゃなくて、きちんと説明しないとと思うのに、次から次に溢れてくる。
それを押し込めようと、私は紅茶を一気に飲み干した。
よし、なんとか喋ることはできそう。
「カイは、私に関する記憶だけを失っているんです。私とあなたは、幼馴染でした」
「幼馴染? 恋人ではなくて?」
「お話しするととても長い話になるので、職場では言い出せませんでした。聞いてくださいますか?」
「勿論。今日はそのために来たんだよ」
許しを得たので、私は10歳になってカイが魔力検査の結果聖女として城に連れていかれたことから話し始めた――――……
上下に分かれたので今日の夕方に下をあげます。




