シェノン先輩にお願い!
カイが泣かせたというより私が勝手に泣いてしまったのだが、カイは協力を承諾してくれた。
「なんだかロザリアの泣き顔は落ち着かない気持ちになる」とイラっとした様子で言われ、私はこれ以上嫌われない様に涙を一生懸命引っ込める。
アレス殿下の指示通り自分の瞳の色と同じドレスを仕立てたカイは、部下という形で随行した私にそれを持たせてリーナ殿下を訪ねた。
カイが来たとしったリーナ殿下はすぐに喜んで出迎えてくれる。カイに言われてドレスを差し出すと、お付きの侍女が確認してリーナ殿下に広げて見せる。
「まあ、素敵なドレス。嬉しい……ですが、どうして急に?」
「今度の舞踏会の際に是非着て頂きたいと思いまして。僕がパートナーなのはお嫌ですか?」
断られるわけないだろうという微笑みを浮かべるカイの傍でう、羨ましい……という思いを隠す。
リーナ殿下はあっという間に舞い上がって、食い気味に「喜んでお受けするわ」と返事をした。持ってきたのはドレスだけで装飾品や靴はない。もしもリーナ殿下がこのドレスにあうものを選ぶなら、紫色のピアスを絶対につけるだろう、というアレス殿下の作戦だ。舞踏会はもうすぐなので、今から新しく宝飾品を仕立てる時間もない筈。
「受けてもらえてよかった。それでは当日またお迎えに上がります」
カイはそれだけいうと、私を伴ってそのまま退室した。あわよくばここでピアスを見れるかと思ったが、さすがに普段から広げたり着用していたりはしないようだ。だけど、私のつけている模造ピアスをちらりと見て反応していたのは間違いない。その後わずかだけど視線を部屋の奥にやっていたので、ピアスはそちらにしまってあるのだろう。
「……ふう、うまくいくといいね。それにしても、君のそのピアスはアレスに贈られたものなんだっけ? そんなに必死になるほど大事にしているなんてやっぱりアレスのところへ行きたいんじゃないの?」
「あ……いえ、この模造ピアスは確かにアレス殿下にご用意いただいたものなのですが、本物は違うんです」
「そうなの? じゃあ誰に?……いや、僕が踏み込んでいいことじゃないよね。聞くのはやめておくよ」
昨日ジーンさんに言われたことを意識しているのか、少し距離を取られている気がする。
私は「いえ、できれば聞いてほしいです」といって立ち止まり、カイの顔色を伺った。眉は顰めていない……今のところは。
「本物のピアスは、カイ……様に貰ったものなんです。あなたは、覚えていないだろうけれど」
「え……?」
「嘘は、ついていません。女神様に誓って」
驚愕した顔のカイを置いて、私はそれだけいうと先に医務部の書類部屋へと帰って閉じこもった。
ついに言ってしまった。
今まで「何言ってるのこいつ?」と思われると思って絶対に言えなかった言葉をとうとう……だって、カイの顔を見ていたら、ほんの少しだけど頬を染めて私の事を見るカイの表情を見てしまったら、気持ちが抑えきれなくなってしまったのだ。
同時に、伝えてしまって後悔もした。変な嘘を言ってるって嫌われたらどうしよう。昨日だって何故かめちゃくちゃ怒っていて怖かったし、また冷たい目で見られたら絶対に1人で太刀打ちできない。だからずるいとわかっていても、言い逃げした。
もしかしたら呼び出されるかもしれないと覚悟していたがそれきり音沙汰はなく、私はいらないことを考えてしまわないよう仕事に没頭したので今日はいつもよりも早く書類が片付いた。
まだ作業をしているシェノン先輩の為にコーヒーを淹れて持っていき、話しかける。
「シェノン先輩、実はお願いがあるんですが」
「なあに~~??」
「今度の舞踏会で、私をパートナーにして頂きたいんです」
シェノン先輩は綺麗なピンクブロンドをさらりと揺らしながら振りかえると、私に向き直った。
「目的は?」
「私に嫌がらせをするよう仕向けた真犯人の顔を拝みにいくんです」
「へえ。でもただじゃ面白くないよね。いつかみたいに、賭けをしようか」
シェノン先輩は、書き損じを束ねてある場所から2枚紙をとってくると紙飛行機を折った。
「ロザリアさんは魔法が使えなくなってるから、僕も使わずに平等にいこう。この紙飛行機を飛ばして、より遠くまで行った方が勝ち。じゃあ、お先にどうぞ」
「わかりました」
どちらも正直変わりはないが、好きな方を選んでと言われたので1つ選び窓辺にたつ。飛ばして地面に落ちた後は魔法で先輩が回収してくれるらしい。なるべくまっすぐ飛ぶように、平行にずらすようにそっと投げる。うまくいったのか、それなりの距離を飛んでくれた。
「なかなかやるね。じゃあ、僕の番ね」
同じように窓辺に立って紙飛行機を投げようとするシェノン先輩の、その膝に向かって私は膝カックンを仕掛けた。見事にかくっと大勢を崩した先輩の手から持っていた紙飛行機がぼとりと窓の外すぐ下に落ちる。
「おや、私の勝ちのようですねえ」
「ロザリアさん……」
私が前にシェノン先輩に妨害されたときのように白々しくいうと、先輩は苦笑いをして「も~~」と言いながら、紙飛行機を回収する。
「賭けだなんていって、どうせ負けてくれる予定だったんでしょう?シェノン先輩、引き受けてくれてありがとうございます」
「はーあ。あんなに初心だったロザリアさんはどこへいってしまったのやら」
「さぁ。少なくともこうしろって教えてくれたのはシェノン先輩だったと思いますね」
「仕方ないな。一緒に行くと決めたからにはしっかり準備させてもらうよ。舞踏会まであまり時間はないけど、ドレスや装飾品とかは揃ってる? 当日はメイドを派遣しようか?」
「装いについては問題ありません。でも、1人で着れる自信はないし、髪もメイクもお願いしたいからメイドは頼んでもいいですか?」
約束を取り交わして、詳細を説明する。
舞踏会に招待されるのは専ら出会いを求めた貴族たちなので、庶民は普通参加ができない。トゥーリオもジーンさんも入れたとして使用人に化けるくらいだ。ライカンは近衛なのでアレス様の護衛として入場できるが、私を伴っていくのは無理である。アレス殿下のパートナーになるのだけは私が断固拒否した。また前みたいにいろんな人の目に晒されて挨拶地獄を味わっている場合ではないし、陛下だってアレス殿下が婚約を解消したはずの私を連れてくることを由としないだろう。
そこで貴族のお知り合いとしてシェノン先輩に頼み込むことになったのだ。もし先輩に婚約者や恋人が既にいたり用事で行けないと断られていたら、身重なエスメラルダ様の代わりのパートナーとして推薦されて王太子殿下と一緒に会場へ行くことになりそうだったので危なかった。相変わらずとんでもない提案をしてくる王子妃様である。
会場へ入り込んでしまえさえすれば、後は少し厄介ごとに巻き込まれると思うのですぐに手を離してくれて構わないと前もって説明しておく。さすがにシェノン先輩を巻き込むことはできない。
「なんだかわからないけど、危ないことだけはしないようにね。まあ、アレス殿下やカイ様が陰についているなら大丈夫か」
「はい。絶対に先輩に矛先はいかないようにしますので」
「そこはまあ、次男坊だし気にしなくてもいいよ。勘当してくれたら喜んでどこか綺麗で裕福な人の紐として生活するつもりだし」
冗談だとは思うが、シェノン先輩ならその『魅了』で容易く出来てしまうだろうことが簡単に想像された。……え、冗談だよね!?




