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盗まれたピアスの行方

 

 次の日仕事を終えると、カイの送迎を断って私はアレス殿下の執務室に向かった。もともと近衛として勤めているライカンの他に、トゥーリオと知らせていない筈のジーンさんまでいる。

 改めてカイに貰った紫色の石がついたピアスが盗まれた話をして、協力を願う。盗んだ女性の特徴は覚えているかとアレス様に聞かれたが、黒髪だった以外のことはぼんやりして思い出せない。おそらく認識阻害の魔法も使われていたんだろう。

 心当たりも尋ねられたが、昨日カイのおかげで医務部内での嫌がらせ犯人は捕まったばかりだ。その他については就任したばかりなので知り合いも少ないし、何を目的に盗んだかもわからない。


「確かにあれはカイの作った特級品だが、パッと見て価値あるものだと見抜き盗むとは思えもない。嫌がらせ目的だとすると、ロザリア本人かどうか確認してから犯行に及んでいることから、誰かの指示を受けている可能性が高いな」

「でも、今までロザリアに嫌がらせをしようとしてきた人たちは皆割と直接危害を加えようとしてなかった?ライカンが見つけた怪しい男だってそうだし、僕の見つけた植木鉢を落とそうとした女性も、昨日捕まった人たちも……。なのに、眠らせるだけ眠らせておいて、ピアスだけ盗むなんてちょっとおかしいような気がする」


 アレス殿下が腕組みをしてとんとんと指を叩きながら、トゥーリオの言葉に何かを考えている。


「ねえ、そのピアスがカイ様から贈られたものだって知ってる人なんじゃないの?」

「学園にいる時にロザリアがこれでもかと喜んでいたから割と誰でも知ってんじゃねぇか? ジーンだってそれでロザリアの事睨んでたろ」

「まぁね。だからこそ言えるけど、カイ様が好きで好きで、それを知っていたら盗もうとする人……いるんじゃないかな」


 ライカンとジーンさんが話す隣で、アレス殿下が考えをまとめ終えたたのか「よし」と言って立ち上がった。


「まずは犯人を捜さないことにはピアスの在り処だってわからないからな。ロザリア、よく似た品を用意するからそれをつけて過ごしてみてくれ。盗んだ犯人やそれを指図した人間が見れば、少なからず反応があるはずだ。もしかしたらもう一度盗もうとするかもしれないから、念のため追跡ができるよう石に魔法をかけておく」

「わかりました! 絶対に見つけてやるんだから……!」


 私が意気込むと、アレス殿下は「見つけたらまず勝手に行動せず我々に報告するように」と念を押した。


「それと、ライカンは『地獄耳』、ジーンは『獣使い』でピアスの情報や在り処を探ってくれ。無事ピアスが戻ったら1番の功労者はロザリアとデートできるという事で。勿論先ほどの俺の作戦で見つかれば俺の手柄とするからそのつもりで」

「あの、その私とデートできる権利って必要あります……?」

「何を言う、士気を高めるには最も重要だろうが。なあ?」


 アレス殿下の言葉にライカンとジーンさんが頷き、トゥーリオは苦笑いを返した。



 その日の夜のうちに、アレス殿下からカイのピアスによく似たものが届けられたので、次の日私はそれをつけて出仕した。とりあえず、医務部の中に反応を示す人はいない。わざと多くの人の目に触れるために、書類を抱えてあちこち走り回っていると、女官に呼び止められた。


「そこのあなた、そのピアスはどこで手にいれたんです?」

「どこでって……知り合いに頂いたものですが」


 犯人がカイからの贈り物だと思っていたらこんな聞き方はしないだろう。けれど、ピアスに反応した人として私は警戒し、あえて答えをぼかしてみた。


「その色と形、リーナ殿下がお持ちのものにそっくりだわ。もしやとは思いますが、盗んだのではないでしょうね?」

「ええっ!? そんなまさか。これは昨日アレス殿下に貰ったもので……」

「アレス殿下がたかが文官の女性にそんな贈り物をなさる訳がないでしょう。嘘をつくなんてますます怪しい。誰か、騎士様を呼んでちょうだい! この文官をひっ捕らえて、ピアスを押収してください!」


 女官が目をつりあげて叫ぶと、すぐに人が集まってきて私を逃げない様に後ろで両手を拘束された。

 私は嘘をついていないし、ピアスを盗んだわけでもない。むしろ盗まれた側だし、何も後ろ暗いところはないので大人しくして、話の分かる人を呼んで欲しいとだけ言った。


 捕まった私の上司として、カイが呼ばれてやってきた。ちらりと私を見るとすぐに「何かの間違いじゃない?」と近くの騎士に語り掛ける。


「ロザリアのこのピアスは彼女が出仕してからずっとつけているものと同じですよ。リーナ殿下のものとよく似ているだけだと思いますが」

「リーナ殿下にも確認をしている最中なのですが、お忙しいのかお返事がないのですよ。しかし、元聖女のカイ様がそういうのなら嘘ではないでしょうね。ロザリアといったか、もう行ってもいいぞ」


 逃亡防止のためにつけられていた枷をはずしてもらい、医務部に向かって帰る最中私はカイにお礼を言った。


「ありがとうございました。私がピアスをしてたの、知ってたんですね」


 それを聞くと、カイは少しだけ眉をひそめた。


「……色が、僕の瞳と同じだったから。もしかしたらまた僕狙いの子が来たのかと思って警戒してたんだよ。でも、君は妙な駆け引きもしないし煩わしい小細工もせず真っ向から僕をデートに誘おうとするだけで特に仕事の邪魔をするわけでもない」

「うう、搦め手は不得手なんです……」

「中にはしつこく食い下がる人もいるけどね、君は僕が断ったらすぐに引いてくれるから気にもしてない」


 がん、と頭を殴られたようにショックを受ける。知ってはいたが改めて言葉にされるときついものがある。少しくらい意識させるにはどうしたらよいのか?


「……ロザリアはそれでいいと思うよ。もし君がピアスをしていたと僕が知らなかったとしても、君は盗んでいないと僕は言っただろうね。まだ出会ってから2週間もたっていないけど、なんとなく君はそんなことしないって思って……る?」

「なんで最後疑問形なんですか」

「……いや、気にしないで」


 なんだかよくわからないが、多少なりと信頼されていると思っていいのだろうか。嬉しくなって私が「じゃあデートしませんか」と誘うと、「じゃあって何? いかないよ」とすげなく断られた。カイの苦笑する様子に、もしかして100回誘ったら1回くらいOKが貰えるんじゃないかと夢見てしまえるから、私のような勘違い女子が大量に生産されるんだろうな。


 仕事が終わると、カイが「目を離すとすぐ何かに巻き込まれてる」と送迎を申し出てくれたが今日あった出来事をアレス殿下たちに報告しにいきたいので涙をのんで断った。


「自分はデートに誘う癖に僕の送り迎えは断るなんて良い度胸だよね」

「すみません今日もちょっと先約があって……」


 ぺこぺこと頭をさげながら不服そうな顔のカイに謝って急ぐ。

 捕まっていた分の仕事を残業したのでかなり遅くなってしまった。部屋についたころには皆集まっていて、既に私が昼間冤罪をかけられたことを知っている様だった。


「単刀直入に言おう。盗んだ直接の犯人ではないが、リーナが同じものを持っていることがわかった」


 私がつけているピアスをリーナ殿下のものだと言い張った女官は勘違いだったとして軽い謹慎処分を受けたらしいが、それを元にアレス殿下が調べさせ、ジーンさんの『獣使い』で鼠が探った結果どうやら私のものとそっくりらしい。


「カイにねだっていた事があるから、万が一同じものを持っている可能性もある。が、本物はそう簡単に作れるものではない。イミテーションのガラス石ならまだしも、あのような純度の高い魔石を作るのにはそれなりの時間がかかるはずだ。それをねだられたからと言って差し出すような男ではない。問題は本物かどうかを確認する手段が無いことだが……」

「宝石箱の中に仕舞い込んじまうと面倒だよな。もし間違ってたら不敬罪だとか言われて謹慎どころじゃすまねぇし」

「そうだな。俺が言ったとしても、ロザリアが首謀者だと言われかねん。もし本物だったとしても、言い逃れできない様にしっかり証拠を固めないと……」


 その時、コンコンと執務室の扉をノックする音が響いた。私たちは一気に警戒して扉の方を見る。


「何用だ」

「アレス。ここにロザリアが来ているだろう?」


 聞こえてきたのはカイの声だった。何故ここに?という顔で皆目線を私に向けるが私にもわからないので首を振った。アレス殿下が許可を出すと、カイは少し怒ったような顔で入ってきた。もしや書類に不備があって私を探していたのだろうか?何度も確認した筈だが……


「まさか先約がアレスやほかの男との密会とはね……心配をして損をしたよ。僕が靡かないから、アレスのところへ鞍替えするつもり?」

「え……」


 私は絶句した。最近はだいぶん和らいだと思っていたのに、また冷たく戻ってしまったカイの視線を真っ向から受けて身体がすくむ。カイが一体何を言っているのか理解が及ばず、言葉を紡げないでいる私にカイが1つため息をこぼした。


「否定しないってのはそういうことなんだね。わかったよ、好きにするといい。異動届だけはきっちりと出すように」

「いやあの、待って……待ってください!」

「何を待つの?別にそれらしい言い訳は必要ないよ」

「カイ、誤解だ。まずは落ち着いて話を聞いてほしい」


 見かねたアレス殿下が間に入ってくれて、カイは一応話を聞いてくれる姿勢になった。しかし、その視線は冷たいままなので私は半分泣きながら、逃げられない様にカイの服の裾を握りしめて「カイ様の傍から離れたくありません」とだけ言うのが精いっぱいだった。こんなに好きなのに思い出してもらえないし、むしろどんどん嫌われていってしまってとても悲しい。ピアスを盗まれたこともメンタルにかなりきていたので、我慢していた涙が爆発してしゃくりあげてしまった。


「あーあ、泣かせましたね。カイ様、ロザリアに興味をなくしたんじゃなかったんですか? なのに追いかけて問いただして、一体何を聞きたかったんです?」


 カイ様至上主義の筈のジーンさんが、珍しくカイ様に詰め寄っていく。


「ねえ、それって嫉妬ってやつですよ。カイ様、()()()俺が教えてあげましょうか?」

「は……?」


 涙の止まらない私に、トゥーリオがハンカチを差し出してくれた。ありがたく受け取ってごしごしこすると「こら」と怒られてハンカチが没収され、優しく丁寧に拭いなおされる。ライカンも私を慰めるように頭を撫でてくれた。

 その様子をみて、カイがまた少し怒ったように眉をひそめた。


「ほら、ちやほやされてるロザリアを見てイラっとしませんでした?」

「…………してない」

「ロザリアが何してたか教えてあげますよ。実は彼女、ピアスをなくして探しているんです」

「なくして……って、その耳につけているじゃないか」

「これはそのピアスの模造品です。なくしたというのはおかしかったですね……盗まれたから、そのピアスを探すためにここで作戦を立てているという訳です」

「盗まれた……?」


 首を傾げていまいち理解のできない様子のカイに、アレス殿下が黙って腕組みをしながらとんとんと動かしていた指を止めた。


「よし、決めた。カイに協力してもらおう。ロザリアを泣かせた罰だ」


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