堪忍袋の緒が切れた
仕事をしているうちに、毎日必ず数枚の書類が行方不明になることに気が付いた。
行方不明といっても、探せば部屋の中で必ず見つかるので最初は自分で置いたことを忘れていたり、別の書類と間違えて一緒にまとめてしまったのかと思っていたが、どんなに気を付けていてもなくなるし、絶対に挟んだ記憶のない場所に仕舞われていたりしたのでどうにもおかしいと思って、シェノン先輩に相談することにした。
この書類部屋には違う部署の人間は入って来ない筈なので、もし悪戯や嫌がらせであればこの法務部に犯人が居ることになる。勘違いではないと確信しつつも、気のせいやうっかりだと言われてしまえば反論はできないし、誰が犯人なのかもわからない。とにかく仕事に支障がでるので困ると言うと、シェノン先輩はなるべく早く来て遅めに帰ることを提案してくれた。そうすればわざわざ嫌がらせの為に朝早く出仕したり残業をしたりすることになる。万が一それでも防げなくとも、そこまでするようであれば犯人だって見当がつきやすくなるだろう。
その提案通り朝早めに出仕するのは辛かったが、帰りが遅くなるとカイがほぼ毎日送ってくれるので私としては嫌がらせもなくなり万々歳であった。
しばらく続けて犯人も諦めたかな~~と思っていたころ、休憩時に飲んだ紅茶に下剤が仕込まれていたらしく、私はトイレから出てこられなくなった。これも最初は何か悪いものを食べたのかもしれないと思っていたが、2回3回と続けてこうもお腹が痛くなっては明らかにおかしいと気づく。げっそりしながら私はカイに体の悪いところを調べる魔法を使って欲しいと頼んだ。
「薬を使ってる?」
「いいえ、私自身は飲んだつもりがありません……」
医療行為に関して誰も並ぶことのない程の腕前をもつカイは、すぐに私の異常に気が付いた。
原因が下剤だとわかると、紅茶に触れる人物がいないかわからないように監視してくれると約束してくれる。今から誰が淹れたのか犯人捜しをすると逃げたりしらばっくれたりされるので、現物証拠を押さえようという訳だ。
飲むと下すとわかっている紅茶を飲まずに捨てるのは簡単だが、執拗な嫌がらせをしてくる相手がさらなる悪戯を仕掛けてくるのは間違いない。いつも通り用意された紅茶を覚悟して飲み干すと、今日もやはりお腹が痛くなりはじめて慌ててトイレに駆け込んだ。カイに治療魔法をかけてもらってもいいのだが、私が実際に体調を崩しているという証拠になるかもしれないので治療してもらわない。
第一波を終えて部屋に戻ると、魔法騎士が数人来ていて1人の女性を拘束しており、同じく法務部からトゥーリオがやってきて魔法研究棟の人間と共に私の飲んだ紅茶を検分していた。
「この女性が下剤をいれた犯人だった。けど、1人の犯行とは思えない。昨日は休みを取っていたはずなのにロザリアは同じようにお腹を壊しているし、もう少し調べてみる必要がありそうだね」
続きは連行された先の牢で尋ねよう、と騎士達は女性を連れて行った。驚いている医務部の人間の中に、何人か青ざめている人達がいる。それらをカイも確認しているらしく、しばらくしてその人たちは騎士に連れられて行った。
思った通り数人が私への嫌がらせに加担していたようで、カイだけではなくアレス殿下にも目をかけられている私をよく思わない人達だったと後日聞かされた。直接害するような嫌がらせではなかったのであまり重い刑ではないが、信頼を失ったので皆解雇されたようだ。
おかげで医務部は人手不足に陥り、私も書類仕事だけではなく必要な道具を揃えたり患者の相手をしたりと実務もこなすことになった。カイと居る時間が増えたので不謹慎だけどちょっぴり嬉しい。きちんと仕事はするので時々その綺麗な顔を盗み見るくらいは許してほしい。
しかし、私の視線に気づいたカイが「なに?」とこちらを振り向いた。素直に「見惚れてました」というとため息をつかれる。その唇が疲れのせいかカサカサに乾いているのを見て、私がベリーの匂い付きリップクリームを手に、「塗ってあげます」と言うと「は?」と低い声で返された。
「男にそんなもの必要ない」
「駄目です!カイ様はその美しい顔を維持してくださいっ!!」
珍しく強引に私がカイを捕まえて離さず、懇々とその顔の良さを語り続けるので、カイが諦めて唇を差し出した。
「はい、薄く口を開いてください……これでいいです。そのまま軽く口をん、って閉じて塗り合せておしまいです。」
「この香りどこかで……それに、そのリップクリーム……」
カイが私の持つリップクリームを見たがったので渡してあげる。隅々まで眺めて驚くカイが「同じものだ」と呟いた。もしかして私が昔あげた記憶が残っているのだろうか? 男の子だと知らずにプレゼントしてしまったので、使うことなくしまい込むか捨てたかもなと思っていた。
「これはどこで?」
「手に入れたお店、教えてあげますから一緒にお出掛けしませんか?」
「またそれか。僕は誰かと私的に出掛けたりなんてしない。何度も断ってるんだからそろそろ諦めてほしいね。クリームも塗り終わったし、満足したでしょう? そんな暇があるんだったら仕事して、今はとにかく人手が足りないんだから」
相変わらずカイはつれない。でも、確かに言う通りなので残り時間一生懸命に働いた。最近は残業続きである。
くたくたの身体で職員寮に帰って共同風呂に入り、魔法が使えない私がピアスを外して髪をドライヤーで乾かしていると知らない女性に話しかけられた。
「あなたがロザリアさん?」
「え? はい、そうですけど……」
「すごくきれいな赤い髪の毛ね。少し触ってみてもいいかしら」
そんなこと初めて言われた。すごいくせっけなのに珍しい。どうぞと言うとそっと触れてきてそのまま撫でられる。何度か撫でられているうちに疲れているせいかふわっと眠くなってきていつの間にか寝てしまっていた。
目を覚ますともう誰も居ない。同時に、外して置いておいたピアスもなくなっていた。
それに気が付いてふわふわしていた頭が一気に冷える。やられた!眠らされたのか自分で寝てしまったのかはわからないが、その間にピアスを盗まれたのだ。ふつふつと怒りが湧いてくる。
絶対に許せない。あれは私の命よりも大切にしようと決めていたものだったのに。
私はすぐに盗難届を作成すると、明日1番に法務部へ駆け込むことにした。それからライカンにも助力を請うため困ったことがあったら使えと渡されていた魔法手紙を書く。これに記入するとどこへいても郵便局を通さずにまっすぐに書いた手紙が直接届けられる。とても高価なものだが、使用するのを少しも躊躇わないほど私は怒っていた。




