諦めない心
1年目では試験に落ちてしまい、2年目では流行り風邪にかかるという失態のおかげで試験を逃し、続けて猛勉強すること3年目。
18歳になった私は再び文官の試験に臨み、そしてようやく合格した。
3年もの間には、色々あった。
まず、魔力数値においてアレス様と主席を争ったライカンは魔法騎士団へ入団し、1年の間にめきめきと階級をあげていった。あちこちで新聞に載るようになり、その獣耳を模したカチューシャや私の選んだ薔薇のピアス、尻尾のキーホルダーなどの推しグッズがあちこちで展開されるほど人気の高い注目の騎士として活躍している。
トゥーリオは私とは違う上級文官として働いているらしい。文官になったおかげで普段はあまり魔力を消費せずに済む上、お給料が良いので自分で魔力補充のための薬を飲んで生活が可能となった、ロザリアが部下になる日を楽しみにしている、と激励の手紙をもらった。更にその手紙には、ジーンさんの事も庭師として王宮に居ると書かれていた。ジーンさんは凝り性で、意外と性にあっているのだとか。
モモやメアリもそこそこ優秀な成績を収め、貴族の屋敷メイドを勤めている。雇い主がもう少し若くてイケメンならいいのに、とたまに会う際に零していた。
アレス様は謹慎が解けたあと手紙を下さった。私の身を案じ、手助けをいつでもするという内容だったが、返事をせずにそのままだ。アレス様に少しでも甘えれば、捕まってもう2度と離してもらえない気がしたので。
エスメラルダ様と王太子殿下の挙式も去年行われた。現在既に第1子を妊娠中だと新聞に大きく取り上げられている。その王太子殿下は3年も経ったというのに約束通り合格の通知と共に、カイの部下としての就任を斡旋してくれた。普通新任でいきなり抜擢されるのは珍しいのだが、私は試験で1位の成績を収めたのでありえない話ではない。いつも心配ばかりかけていた両親も手放しで喜んでくれ、お祝いをして私は故郷を後にした。
今日から新任1日目――……カイとようやく対面できるのである。
挨拶の為にノックをして入った部屋にいた美人に、私は目を瞬いた。一瞬自分の目を疑う程にカイは成長していて、かなり背が伸びている。頭2つ分ほども見上げなければならず、腰まである金髪を鬱陶しそうに追いやりながら執務をこなしていた。顔立ちからは可愛さが抜けてただただ美しく、あちこちに指示を飛ばす声は以前とは違ってとても低い。いつの間にかすっかり男の人になってしまったカイに見惚れてドキドキしてしまう。そんな私の甘い態度を、カイが睨みつけるようにいった。
「新人、ぼうっとしていないで手伝って。確か魔力のない文官だったよね? なら、実務はいいから書類を処理して……回す手がたりなくてかなり溜まっているんだ」
聖女を辞したカイが働くのは、医療関係の部署である。その治癒能力は健在なので、怪我をした騎士がいれば出向き、感染症が流行れば出張しにいく。その他王宮内での医療備品の補充や採択も指示する部署だ。
今も患者相手に忙しそうに手を動かし続けており、机の上には積まれた沢山の書類で散らかっていた。まずはこちらを整理するのが私の仕事になるだろう。
まずは机の上から書類をどかして――……
「そこへ置かないで。邪魔だよ」
すぐに処理が必要なものとそうでないものを選り分けて――……
「認可済みの書類をどこへやったの? 探して!」
補充備品の品目と数を記入して――……
「印鑑を忘れているよ。そのまま持っていかないで」
何かすれば怒られる私に対してとうとうカイが切れた。
「新人だから仕方ないとはいえ今は説明する間も惜しいんだから、今日は掃除でもしていてくれる?」
私はしょんぼりとして使用済みのガーゼや包帯などをゴミ箱へ入れ、ベッドのシーツを清潔なものに取り換えて道具についた血を洗い流し、たまっている隅の方の埃をとるなどして過ごした。
夕方になってようやく一息ついたカイに声を掛けられるまで永遠と気づいたことをやり続けたのであちこちピカピカだ。カイはそれに気づくと、「掃除の腕はいいね」と頷いた。
「さて、今更だが自己紹介からしようか。僕はカイ、知っての通り医務部の責任者だよ。元聖女だけど治療魔法に関しては国一番だと自負している。君は?」
「ロザリア=ルルーシェです。魔力は一切ないですが、お役に立てるよう頑張ります」
「ロザリアだね。ここで仕事するにあたって注意点が3つある。1つ目、出勤時と退勤時には必ず手を洗う事。2つ目、患者の情報を他に漏らさない事。3つ目、僕に好意を寄せないこと」
3つ目の条件を聞いた私は思わずピクリとしてしまい、カイに見咎められた。
「まさか君も、誰かのコネで僕を狙いに来たんじゃないだろうね? 最近そういう人間が多くて辟易しているんだ。隙あらばくねくねと引っ付いてきて鬱陶しいことこの上ないし邪魔で仕方がない。もし勤務中にそういう態度でいればすぐに解雇するからそのつもりで」
「は、はい」
「よろしい。じゃあ君にしてもらう仕事を説明する。やってもらうのは主に書類整理と、各部署へ必要な医療道具の配布及び確認。もし暇があればさっきみたいに掃除や細かい手伝いをしてくれ。書類整理については今日は休んでいるが普段お願いしていた人物が明日くるから指導はそいつ――……シェノン=アルバスターから受けてくれ」
聞き覚えのある名前に思わずぱちぱちと目を瞬いた。シェノンってあのシェノン先輩?
「それじゃあ今日はもう帰っていいよ。必ず手洗いをしてから退出するように」
そういうとカイも早々に退出してしまった。他で治療の手伝いをしていた人たちもカイが帰ると皆片付けをして帰っていく。
取り付く島もなさそうだが、とりあえずはカイに会えたことを良しとして仕事を頑張るしかないと意気込みをしながら、私も与えられた王宮の職員寮に帰った。




