失われたもの
エスメラルダ様が「すぐにでもお会いしたいの」と少しシナを作って言うと、王太子殿下との面会時間はすぐに設けられた。
執務室に入ると両手を広げ満面の笑みの王太子殿下が居て、エスメラルダ様に連れられた私を見るとンン、と咳払いして表情を取り繕い「どうかしたか?」と言った。
未来の国王夫婦の仲がよさそうで何よりである。
「急に申し訳ありません、フォルテ様。実はロザリアをもう1度『鑑定』して頂きたいのです」
「『鑑定』?構わないが……」
人払いされていたらしく、今日はメイドのナタリーさんも居ない。
3人きりの執務室で席に座るとすぐに王太子殿下が魔法を展開させ、きらきらとした光が私を包む。
「これは一体……何があったんだ?ロザリアの持つ『無効化』や『増幅』が消えている。それどころか魔力もない。デメリットの『恋心がない』というのもない」
「魔力も失ったのですか?」
「そのようだ。待て、詳細欄に何かびっしり書いてある。読むのでもう少しそのままでいてくれ」
光が強まって、王太子殿下が集中するように瞳を閉じた。
邪魔をしないようにおとなしくすること5分、ようやく光が消えて王太子殿下がふう、とため息をついた。
随分と力を使う程大変だったのかな?
気になるが息を整えているというのに聞くのは憚られるなと思っていると、エスメラルダ様が容赦なく聞いた。
「それで、何かわかりましたか?」
「要約するから待ってくれ……」
王太子殿下が話した内容はこうだ。
『恋心』を取り戻したロザリアに対して、与えたちからを返還させてもらう。
女神との約束の時にカイに心を捧げろといったので、ロザリアは何も悪くない。
しかし、魔王を倒して聖女の称号を返納したとしてもカイが女神のお気に入りであることは変わらず、そのカイがロザリアを望むというのなら、試練を与えなければならない。
女神の試練としてカイのロザリアに対する記憶を奪った。
もしもカイがロザリアにもう1度恋をしたのなら、その時は女神も2人の仲を認めよう……。
「難しい言葉で遠回しにつらつらとそのような事が書かれていた」
「つまりロザリアは別に女神の怒りに触れたわけではありませんのね」
「そのようだ。どちらかというとカイに与えられた試練に巻き込まれたようだな」
カイが急に態度を変えたのはやっぱりあの時の一矢のせいだったのか。
カイと過ごした思い出も何もかもないのに、どうやってまた好きになって貰えればいいんだろう?
「カイの試練とは別に他の問題もでてきたな……頭が痛い」
「ええ。ロザリア、わたくしは貴女の味方だからね?」
エスメラルダ様がそっと私の手を握りしめた。
「エスメラルダがこういうのだから勿論こちらも協力してやりたいところだが……魔力を失ったのなら、学園を辞めなくてはならないだろう。それに、陛下に報告しなければならないが、そうすればアレスとの婚約もなかったことになるつまり……」
つまり、カイとの接点がまったくなくなってしまう。
目の前が真っ暗になった私の手をエスメラルダ様がぶんぶんと振った。
「諦めないでロザリア! フォルテ様の権限で王宮付きの職に就かせることはできませんか?」
「王宮付きは大抵魔力を持つ人間だけだ……可能なのは魔力を使用しない騎士部隊か、かなり下の方の掃除係か……聖女との接点はほぼないだろう」
「魔力がなくとも頭脳があれば良いのではないですか!? アレス殿下付きのヴァルヴァロッサ様は確か魔力はなく、書類処理能力の高さを請われて職に就いたはず」
「そういった文官になるにはコネではなくきちんと試験を受けなければならない。女性でなかなか通る道ではない……しかし、受かればカイの近くに配属してやることはできるだろう」
「や、やります!」
私は居住まいを正して王太子殿下に向かって言った。
「試験はいつですか? 私はカイのためならなんだってします!」
「……1年前と、ロザリアは何も変わらないな。真っすぐで素直で努力家だ。いいだろう、試験は今年の分は既に終わっているので来年だ。資料や対策本は融通してやる……必ず受かって見せよ」
「はい!!」
その後しばらくして私は学園を退学になった。
モモとメアリに訳を話して、またいつか会おうと約束する。
トゥーリオは魔力を失った私の血に対してはもう食欲が湧くことはなくなったらしいが、友情は一応感じている様で「寂しくなるね」と言ってくれた。
ライカンにも会いに行った。訳を話すと、黙って聞いていたライカンが大きな体を曲げて跪くと私の手にキスを落として、はじめてバディに請われた時のように「諦めたら俺のところへ来い」と言ってくれた。
「ぜーーったい諦めない!」と笑ってお別れをする。
婚約は解消されたが、アレス様は私に会いに来ることはなかった。
陛下に対して暴れて抗議したらしく、軽い軟禁処分を受けているとランハート様が教えてくれた。
バディの腕輪もなくなって、耳にカイのピアスだけが揺れている。
それからお揃いのリップクリームは使うのが勿体なくなって、ジーンさんに返しそびれた逆鱗と一緒にポーチの中で眠らせたままだ。
家に帰って届けられたたくさんの書物にかじりつくように猛勉強をしはじめた私を、変わらず両親が見守ってくれていた。
何年かかっても、私は絶対に諦めないからね!




