穿たれた一矢
運動祭に旅が間に合うかわからなかったので、私達旅のメンバーには運動祭に参加するリストに名前がない。
その代わり、中央の進行テントや救護班で奉仕することになった。
ジーンさんは1度退学扱いにされたのでいないが、アレス様やカイ、リーナ殿下は当然同じ場所にいる。
今年のSクラスによる応援合戦はAクラスだというのに頼まれて、エスメラルダ様が仕切らなければならないと寮の相部屋で延々と相談された。
私にいい案は思いつかなかったが、好きなものを表現すればいいと聞いて、魔法騎士の真似事をすると決めたようだ。
軍服だからちょうど去年のカイと似たような感じだ。
ただし、ランハート様を意識しているのか、エスメラルダ様を守りながら戦うといった内容になっている。
訓練の姫役を彷彿とさせ、私には一瞬でわかったのだが、エスメラルダ様はそれでもランハート様ファンなのを隠しているつもりのようだ。
エスメラルダ様と対抗する白組のリーダーはなんとライカンだった。
灰色の頭に耳が生えているだけでも目立つのに、しばらく見ない間にますます背がのびていて、誰よりも頭2つ3つ分大きい。
2メートルくらいあるんじゃないだろうか。
その鍛えた体躯を執事服のような衣装に身を包み、可愛いメイドさんと共に魔力を奮いながら花火をあげ、沸き立つ観客席に氷のプレゼントを飛ばす。
皆暑い中運動祭を行っているのでとても喜んで受け取っている。
私と目が合うと、私の元にもそっと氷で造られた腕輪がプレゼントされた。
懐かしい、ライカンとバディを組んでいた時のような模様が刻まれている。
せっかくなので嵌めてライカンに手を振ると、嬉しそうに笑って特大の花火があがり、花弁が舞った。
エスメラルダ様には悪いけど、この応援合戦は圧倒的にライカンの勝ちだろう。
応援合戦が終わると恒例の借り物競争である。
なんとアレス様は3回も呼び出されて走りに行った。
何が書いてあるのかはしらないが、アレス様ならとりあえず連れて行けば当てはまりそうな気はする。
リーナ殿下も呼ばれて参加しにいってしまった。
王族に関われる大チャンスなので、皆が誘いに来るのだ。
ふと思い出して、私はカイに去年何が書いてあったのかを尋ねた。
「あぁ、ロザリアを連れて行ったやつね。『可愛い人』だよ」
ふふ、と笑うカイの顔を見てまた私の胸が痛む。
胸を抑えて黙る私に、「どこか痛むの?」とカイが治療魔法をかけてくれたが治らない。
やっぱりこの痛みは女神様によるものなんだと確信して、私は無理矢理笑顔をつくった。
「ありがとう、カイのおかげでもう、大丈夫」
「本当に? なんか顔色悪いけど……」
カイの顔を見ない様にして痛みに耐えていると、トゥーリオが走って私を呼びに来た。
「ロザリア!美味しそうな人ってお題だったから一緒に着て!」
「何そのお題……」
苦笑しつつもトゥーリオの手をとろうとしたときにライカンもやってきて、私の反対の手をとった。
「ロザリア俺も。忠誠を誓いたい人だからお前しか当てはまらない」
「ライカンは敵でしょ?ロザリア、同じクラスなんだし先に声をかけたのは僕だよ。僕と行こう?」
「ええい面倒くさい! はい左手にトゥーリオ、右手がライカンね!」
私は2人とそれぞれ手を繋ぐと走り出した。
「仕方ねぇな」と言いながらライカンが歩幅を合わせてくれる。
トゥーリオも笑って私がこけないようサポートしてくれる。
3人で一緒にゴールしたけど、タッチの差でライカンの足の方が先にラインを超えていたらしく、ライカンの勝ちだった。
だけど、トゥーリオも私も顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
いつの間にか胸の痛みはなくなっている。カイと一緒に居る時だけしかこの痛みは感じないらしい。
そのあとも玉入れや徒競走などの競技を終えて、最終的に勝ったのは白組だった。
私は赤組なので掃除当番側だ。
参加してないとはいえ、同じAクラスなのだから手伝わないわけにはいかない。
明日から2日間学園の掃除を皆でやることになる。
掃除する場所は公平にランダムのくじ引きで決められた。
私は1日目は裏庭の掃除を割り当てられたので向かうと、かなりたくさんの落ち葉が落ちていた。
それらを風魔法で集めて1塊ずつ焼却場まで運ぶ。
幸い近場にあるのだがいかんせん量がめちゃくちゃ多い。
枝に絡まったゴミなんかは手ではずして同じように持っていく。
綺麗にした後は、草むしりだ。
裏庭掃除にあてられたメンバーみんなで一気にむしっては投げて、魔力の多い人が焼却場まで運ぶ。
主にSクラスの人に頼んだので私は草むしり係の方で、終わったころには腰がめちゃくちゃ痛かったし、日に焼けて肌がひりひりしていた。
2日目は音楽室の掃除だった。
各教室は2~3人に割り振られており、掃除用具を持って向かった先にいたのはカイとエスメラルダ様だった。
カイといると胸が痛むので少し困るが、エスメラルダ様がいるんだったらそっちにくっついて動けばいいと思い少しほっとする。
しかし、その思いはカイの「エスメラルダ様、僕ロザリアと2人で掃除したいからどうぞ休憩なさっていてください」という言葉に打ち砕かれた。
エスメラルダ様は頬を染めながら「まあ、アレスの婚約者なのにロザリアったら……」といいつつも面白がっているのがバレバレである。
さすがに2人きりにするのは躊躇われたのか、部屋の隅の方に座ってゆっくりすることに決めたようだ。
できるだけカイを意識しないようにしながら、まずは埃を叩き落していく。
あんな事を言ったわりにカイは特に何かをしてくるわけでもなく、楽器を1つ1つ拭いていた。
私は落とした埃を掃き集めてゴミ箱にいれ、水魔法で床を磨いていく。孤児院でなれているので掃除の手際はかなり良い筈だ。
昨日の中庭よりも随分はやい時間に掃除を終えて、先生に報告して解散の流れになった時、カイに呼び止められた。
掃除が終わったのを見届けたエスメラルダ様には、ランハート様のブロマイドを渡して買収している。「まあまあ」と言いながら胸の谷間にブロマイドをしまい込むと足早に立ち去ってしまった。
「ロザリア、ようやく2人きりになれた……ねえ、最近僕の事避けてるよね?」
カイの顔を見ない私の手を逃げない様に掴みながら、視線を合わせようとカイが覗き込んできた。
紫色の瞳は揺れて、美しい形の眉が少し悲しそうにハの字になっている。
「もしかして、許可もなくたくさんキスしたこと怒ってる? ……その、嫌だった?」
別に怒っている訳ではないので、ふるふると首を振ると、私のすぐ横で少し掠れた声で「じゃあ、またキスしてもいい?」と聞いて来た。
答えられずに胸を抑える私に、カイは続けて話し出す。
「アレスとの婚約の件は今、僕からも陛下に掛け合っている。あんなに一方的に僕からロザリアを奪うなんて許せない……もし陛下が断るなら、僕はこの国には仕えることはないと脅してきた。でもその前にロザリアの気持ちを聞かせてほしい。アレスとこのまま結婚する気なのか?」
「カイが嫌がることは、したくない」
「嬉しいけどロザリア、結婚はふつう自分の意思で決めるものだよ。僕が言った事を気にしているんだよね? もしもロザリアがアレスとの結婚を望むのなら、僕も諦めて抗うのをやめるよ……」
じくじくと痛みが広がってくる。
カイの顔がまともに見れない。
「その時はロザリアの1番近くにいるために、リーナ殿下の申し出を受けるのも悪くないかもね」
嫌だ、と思った瞬間痛みに耐えきれず座り込んだ。
この痛みがそうなんだって認めてしまえばどうなるんだろう?私は……死ぬのかな?
逃げようとした私の腕をカイが掴んだ。
「ロザリア、答えてよ。今から君にキスをする。拒まないなら僕は、死んででも君を手に入れる事を諦めない」
痛くて痛くて涙がつう、と私の頬を伝った。
それでも私はカイを拒まなかった。
ゆっくりと重ねられた唇を受け入れて、カイの事を好きだと認めた瞬間、ブスリと胸が一矢に刺された。
その矢は本物の矢ではなくて、天から放たれた魔力の塊だった。
痛みがなくなり、私の中に封印されていた恋心が溢れ出して、心臓がバクバクする。
身体の奥がチリチリとしてカイと離れたくないと手を伸ばすと、その手をカイに掴んでとめられた。
「……君、誰?」
見れば、カイの胸にも一矢が刺さっていた。
驚いて顔を見ると、綺麗な顔が訝し気に私を見ている。
カイの名前を呼ぶと、その表情が怒ったようになった。
「誰だか知らないけれど、気安く呼ばれるのは好きじゃない」
私の事を知らない人を見る目でカイは音楽室を去っていった。
呆然とした私1人だけが残される。
学園に入った時のような、演技じゃなく、本気で私のことを知らないと言っていた。
あまりのショックにカイのことを追いかけられないでいる。
さっきまで暖かくて幸せに満ちていたものが急に萎れていく感覚に別の痛みを覚えた。
「……これはたぶん、『恋心』」
こんなに悲しいものが恋心?
「ロザリア」
呼ばれて振り返ると、音楽室の隅にエスメラルダ様がいた。
「ごめんなさいね。賄賂を受け取ったふりをして、『隠蔽』でこの部屋に留まっていたの。その、一応アレスの婚約者なのだから何かあったら止めようと思って。でも……今のは一体なに?どうして聖女は貴女の事を急に手離したの?」
「わかり、ません」
ぼろぼろと涙を流しながらそう答えた私を、エスメラルダ様が豊かな胸に引き寄せて抱きしめてくれた。
「何か急におかしくなったみたい。心当たりはある?」
「私が多分……『恋心』を取り戻したから。女神様がお怒りになったのかも」
「そう……貴女は聖女を好きだって認めたのね」
こくんと頷く。
止めようと思った涙がどんどん流れてしまって、エスメラルダ様の服を濡らしていく。
「すみません」と言って離れようとする私に、綺麗なハンカチーフを差し出して「いいのよ」と微笑まれ、また涙があふれてしまう。
「王太子のところへ行きましょう。『鑑定』してみないと何もわからないわ」




