増していく胸の痛み
旅へ出てから約3か月ほどの、久しぶりの学園生活である。
ちょうど今日はチョコレートデーのお返しを渡す日だったので、寮に戻ってから急いでカイに渡すためのお菓子を作った。
カイほど上手には作れないが、いい感じに出来たマフィンをラッピングして持っていく。
同じクラスではないので、朝アレス様と一緒に登校するであろう時間を狙って待ち伏せしてみた。
アレス殿下と一緒に馬車を降りてきたカイは聖女ではなくなったのでいつものベールと聖女服を着ておらず、普通の男子の制服を纏っていたので一瞬誰だかわからなかった。
そうしていればどこからどう見ても男の子だというのに、私は一体何を見ていたのだろう。
「カイ! これ、チョコレートデーのお返し!」
「ありがとうロザリア」
カイの大好きなベリーの入ったマフィンを見て、懐かしいなと喜んでくれたので私も嬉しい気持ちになる。
「カイ様~~!お待ちになって!わたくしを置いていかないでくださいませ!」
優雅な足取りで、かつ早く走るリーナ殿下がカイを追いかけてきて、そのままカイを連れて行ってしまう。
そっか、リーナ殿下はカイが男だって知っていて好きだったんだよなぁと当たり前のことを思いふけっていると、服の袖がアレス様に引っ張られていた。
「俺にはないのか? お返し」
「え?アレス様にチョコレートなんて貰いましたっけ……」
「覚えていないのか?リョークンの塔を登る際に直接食べさせてやっただろう」
どうだったかなと振り返ってすぐに思い出した。
あの超超超超まずい強壮薬を飲んだあと口直しにくれたあれは確かにチョコレートだった。
しかもよくよく考えてみれば、チョコレートデー当日ではないか。
「その……すみません。まさかあれがそうだとは思わず……寮に戻ったらマフィンはまだあるのですが」
「それはカイの為に作ったものだろう。俺の為に作ったものがいい」
そうは言われても、ないものはない。
「明日でもいいでしょうか……?あの、お好きなものを作りますので」
「つまりロザリアは、俺に渡す気はあるんだな?」
念を押すように言われてはい、と返事をした。
アレス様は満足げに頷いて口を開けろという。
なんで口?と思いながらぱかりと開けると、檸檬味のキャンディが放り込まれる。
「おいしい」
「そうか、ではそれを貰おう」
え?と聞き返す間もなく私の後頭部にアレス様の手が回されてキスされ、口の中にあったキャンディが奪われた。
「確かにお返しは頂いた。ありがとうロザリア」
「ちょっと!! そういう事しないって言ったじゃないですか!!」
思わず振り上げた拳はアレス様に簡単に掴まれてしまいぐぬぬ、と声をあげる。
「許可があればいいんだろう? 先ほど俺に渡す気があると言ったからな」
「それは揚げ足というのです! 口づけは許可していませんっ!」
「なんだ、不満があるなら返してやろうか?」
べ、と口の中のキャンディを見せびらかされて「いいいいりませんっ!!」と叫んだ。
ほんっとにもう、ああいえばこういう! アレス様がこんなにいじめてくるなんて思わなかった。
「もっとどろどろに甘やかしてくるものだと思っていました」と言えば、「お望みとあらば」と融けるような瞳で言われて私はさっさと逃げ出した。
背後でくすくすと楽しそうに笑うアレス様が恨めしい。
◇◆◇
放課後になって、モモとメアリ―の部屋を尋ねた。
今は運動祭前なので、その練習後なら部活もない筈である。
パレードで手を振ってくれたお礼を言って、お土産に買っておいた紅茶を手渡す。
「ロザリアが無事でよかった。アレス殿下の婚約者になったんだって?」
「あんなに聖女聖女言ってたのにってずっと気になってたの。何があったの??」
興味津々で聞いてくる2人に、私は魔王を倒した報酬としてアレス様の婚約者にされたこと、アレス様に青い薔薇を本当は食べさせられたのだが、そんなこと言える筈もないので無理矢理渡されたこと……を話した。
「つまりロザリアの意思は無視ってこと?そんな……」
「聖女様は何も言わなかったの?」
「僕は認めないって。実はカイが男だったっていうのもはじめて知ったの。カイが私を好きなのも知らなかった……」
「あぁ、ようやく知ったのね」
モモとメアリはやれやれという感じで目配せをしている。
2人は知っていたのね……。
「それでロザリアはどうしたいの? 婚約者のままでいいの?それとも……」
聞かれて私は黙りこくった。
アレス様にも言われた通り、私にデメリットはほぼない。
強いて言えば、私に王子妃が務まるかどうかだが、それは馬車の中で教えた教養があれば問題ないと言われてしまった。
今思えば確かに授業よりも遥かに高いレベルのものを詰め込まれていた気がする。
特に帰り道。
ただ、私はカイとの約束と、女神様へした誓いが引っかかっていた。
「それだけ? アレス様が好きとか、男だってわかった聖女様の親友じゃなくて恋人になりたいとかそういうのはないの?」
モモに問われて考えてみたが、頭にもやがかかったみたいになってうまく想像できない。
ずきずきと胸が痛み始めて、カイに好きだと言われた時の事を思い出す。
あまりの痛さに思わず呻き声をあげた私を2人が心配して「どうしたの?」と声を掛けてくる。
「胸が、痛いの。恋愛について考えたり、カイの事を思い出すとすごく痛くて……まるで直接穴を開けられているみたいに」
「ロザリア、それもしかして……聖女様の事が好きなんじゃない?」
どくん、と心臓が波打ったみたいになって、痛みが増した。
うずくまってしまった私の背中をメアリがそっとさすって撫でてくれる。
「これ、以上……考えるのは、無理、みたい」
「そう……。ロザリアごめんね、私が変な事いっちゃったから」
申し訳なさそうな顔をするモモに対して私はふるふると首を横に振った。
モモは悪くない。
もしかするとこの痛みは、女神様の警告なのかもしれない。
私に、恋心を抱かせない為の。




