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祝勝会

 名前を呼ばれて入場すると、アレス様がいるので王族席の方へ誘導された。

 先に座っていた王太子の隣に居たエスメラルダ様が私に向かって小さく手を振ってくれ、隣の席に座ると嬉しそうに話しかけてきた。


「聖女にばかり夢中だった貴女がまさかアレス殿下の婚約者だなんてね。バディになったとは聞いていたけれど、旅の間に何かあったの?手紙では聞いてないわよ!あ、でも送ってくれたのはありがとう。とっても嬉しかったわ」

「エスメラルダ様~~私にも何がなんだかわからないんです。魔王を倒した褒章だとか言われたんですけど、なんで結婚する羽目になっているのか……」

「あら、でもその様子を見る限りアレス殿下は満更ではないようね」


 エスメラルダ様がちらりと目線を寄せた先では、アレス殿下がしっかりと私の手を包み込むように握りしめている。


「わたくしもロザリアが義妹になるのは大歓迎よ。うふふ、2人で城を抜け出して遊びに行けたら楽しいでしょうね」

「エスメラルダ?」


 聞こえているよ、と王太子殿下が微笑むとエスメラルダ様はぴたっとお喋りをやめた。

 扇で顔を隠しながら無言を貫く。

 王太子殿下は苦笑して「護衛を連れて行くんだよ」と釘をさしていた。

 「行くな」と言わないあたりが優しい。

 まぁ、エスメラルダ様にそう言い聞かせたところで間違いなくお忍び歩きされるのは目に見えているので妥協点を作っただけかもしれないが。


 陛下によるアレス様と私の婚約発表がなされると、大勢の人がひっきりなしに挨拶にきたので私は座る暇がなくなった。

 来る人来る人皆が腹に一物抱えている様で、婚約者が決まったばかりの殿下に娘をそれとなく薦める人もいれば、私の持つ能力について知りたがる人もいる。

 あからさまにその能力のおかげでアレス様の隣を射止めたなどと言われて、それでようやく陛下は私の『無効化』と『増幅』を王家の血筋に取り込みたかったのだと気づいた。

 アレス様はそういうつもりではないとフォローしてくださったが、少なくとも陛下はそのつもりだろう。


 しばらくして王家の席にリーナ殿下とカイがやってきた。

 カイはいつものベールを外し、美しい金髪を編み込みにして上でまとめ、一筋だけ垂らしている。

 服装ももちろん聖女服ではなく、よく似てはいるがちゃんと男性の着用するタキシードだ。その胸元を飾るハンカチーフは真っ赤で、花弁のように揺れている。

 初めて見るカイの男姿だったが、違和感なく美しく思わず見惚れてしまった。


「ご婚約おめでとうございます、アレスお兄様」

「リーナ、またカイに我儘をいったのか」

「わたくしカイでないと不安で行きたくないといっただけですわ」


 つん、とそっぽを向いてリーナ殿下は少し離れた席に座った。

 エスコートをしているカイもそれに従って離れていく。

 王族席にはいないが、ジーンさんとランハート様も会場にいるようで、陛下が功労者として各々紹介する声が響いた。

 それが終わるとダンスが始まった。

 アレス様に手を引かれてファーストダンスを踊る。

 1度クリスマスパーティーで一緒に踊っているので緊張はそれほどでもなかった。

 ダンスを終えると、クリスマスパーティーの時が嘘のように私にもあちこちから声がかけられる。

 アレス様と縁続きなりたい人達が私にわかりやすく媚を売ろうと思っているのだ。

 私が困っていると、横からすっと私の手をとる人がいた。

 ランハート様だ。


「ダンスをお願いできますか?」

「喜んで!」


 私は押し寄せる人波から逃れるため食い気味に頷いてランハート様とダンスを踊った。


「ロザリアちゃんどう? 俺を近衛にしてもいいって思わない?」


 ウインクしながらちゃっかりと自分を売り込むランハート様に苦笑しつつ「そうですね」と答えた。


「もし私が本当にそうなってしまったら、是非」

「アレス殿下以上に素敵な人はなかなか居ませんよ~~?」


 ダンスを終えると、私が他の人に誘われないよう王族席まで送ってくれた。

 そこで、1人で座っていたカイとばちりと目が合う。

 立ち止まってしまった私のところへさっとカイがやってきて、「僕とも踊ってください」と恭しく礼をした。

 リーナ殿下は王族の義務としていろんな人と踊っているらしい。

 カイの手をとって、2人でフロアに向かった。

 クリスマスパーティーではできなかった、会場でのダンスを私は噛みしめながら踊った。


「ようやくこうして踊れたね。パートナーじゃないのが残念だけど」

「うん。こうして男の人の格好をしているカイ初めて見るけど、カッコイイね」


 カイがさっと頬を朱に染めて、「ありがとう」と礼をいう。

 カッコイイの一言でそんなに照れるなんて可愛い。

 「やっぱりドレス姿も見たかった」というと、「そういう事言う子にはおしおきね」とダンスの速度があげられた。

 ついていくのが精いっぱいになるが、カイのリードは的確で乱れがない。

 1曲なんとか踊り終えて帰ろうとするが、カイはそこに留まったまま手を離さなかった。

 そのまま2曲目がはじまってしまい、続けてダンスを踊り始める。


「あの、続けて踊るって婚約者がいる身としてはよくないんじゃなかったっけ」


 授業で習ったおぼろげな知識をかき集めて言う。


「僕は認めてない」


 冷えた表情とは裏腹に、その紫色の瞳は熱を秘めている。

 2曲目が終わってもカイは私を離そうとせず、3曲目を踊り始めるとさすがに周りも気づいてざわざわとし始めた。

 だが、王族に等しい権力を持つと言われていた元聖女様に直接意見を言えるものはいない。


「4曲連続で踊らなければセーフだよ」


 そうはいうものの、婚約者よりも多い回数踊っているのは明らかによくないはずだ。

 アレス様も気づいたのかすぐ傍にきてカイの手から私の手を奪い席へと戻っていった。

 そのまま席の後ろにある出口からホールを抜けて出て行きながらアレス様が言う。


「踊り疲れたんじゃないか? 主賓だがロザリアを早く可愛がりたいと言えば陛下は快く退出を許可してくれたからこのまま帰ろうか」


 速く可愛がりたいってどういうこと?と思いビクリとすると、「ただの方便だから安心して」と微笑まれる。

 あからさまにホッとした私を見て、アレス様は立ち止まった。


「だけどカイと踊りすぎたのはいけない。俺の立場がなくなるところだった」

「勝手に決めて無理矢理花を押し付けたのはそっちでしょ。私は承諾してません!」

「……そんなに俺の事嫌いか?」


 問われて思わずうっ、と言葉に詰まった。

 嫌いな訳じゃない。むしろ好ましいとは思う。

 悪いところが思いつかないのが欠点なくらいだ。


「じゃあ問題ないだろう」

「私はただカイの傍にいたいだけなんです、そう、ただの腰巾着でいいんです……!」

「俺と結婚して好きなだけ腰巾着になればいい。浮気しなければ別に咎めない」


 何度問答しても、解決しそうにない。

 結局全く反論できず、私は黙るしかなかった。




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