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アレス様の青い薔薇

 

 魔王を退治……もとい蠅叩きをしてから王都へ帰ってきてからカイに男だと告げられた後、どうやって自分に宛がわれた客室にたどり着いたのかうろ覚えである。

 とにかく1人になってすぐに思考を放棄してベッドにダイヴし、今起きたところなのは確かだ。

 なのに、起き上がると部屋の中で優雅に紅茶を飲むアレス様が居た。


「な、なんでここに殿下が……」

「殿下ではなくアレス様、だ。 婚約者なのだからいいだろう? 様付けなして呼んでも構わないぞ」

「こ、婚約者……」


 そうだった、カイのとんでもインパクトですっかり忘れていたが、陛下にそう言われたんだっけ。


「その、アレス様はそれでいいんですか?カイと……あぁいや、カイは男だったんだっけ」

「聞いたのか」


 私はこくりと頷いた。

 知らなかったというか、勘違いしていたのは自分だけだったようだ。

 同時に雨のようにたくさん落とされたキスを思い出して、そっと自分の唇に触れる。

 カイが私を好きって言ってた。

 でも、私には返せる恋心はない――――……そう思うと、またつきりと胸が痛む。


 アレス様が私のいるベッドまで近寄ってきたので顔をあげる。

 そうだ、ベッドからでなくっちゃ。

 のろのろと身体を動かすと、アレス様がさっと手を伸ばしてくれたので捕まって立ち上がる。


「それならもう約束は果たしたといっていいだろう。ロザリア、婚約の件だが私は了承した」

「え……」

「『封印』に捧げる身だと諦めていたし、カイの想いも知っていたから触れない様にしてきたつもりだった。しかし、一緒に過ごすうちにどうしてもロザリアに惹かれるのをとめられなくなって……欲しいと思った。欲しいものが与えられるというのなら、喜んで受け取るのは当たり前だ」


 今の私は考えることを放棄しているのでまったく頭に入ってこない。

 首を傾げるばかりの私に、アレス殿下は苦笑いをして跪くと、青い薔薇を差し出した。


「ではこうすればわかるか?今度は俺の魔力で造られた偽物ではなく、本物の花だ。この青い薔薇は、王家が想い人に愛を捧げる証として渡す習わし……ロザリア、俺の思いを受け取って欲しい。ロザリアに『恋心』がなくとも構わない。誰に靡くこともないというのなら、俺を選んだっていいだろう?」


 青い瞳は真っすぐに私を見上げ、その奥に焦げつくような熱い視線を感じる。

 本気だとわかって、わたしはゆるゆると首を振った。


「ごめんなさい。約束をしているの。カイを1人にしないで、勝手に婚約者や彼氏を決めないって。女神様にも、カイの傍にいることを誓っているし……」


 無言でアレス様は立ち上がると、青い薔薇を食べ始めた。

 むしゃむしゃと花びらを食み、私の服の胸元あたりを引っ張って乱暴に唇が奪われる。

 そのまま口の中に塊になった花弁を舌で押しこんできた。

 口を開かない様に抵抗しようとした私を、口づけしたまま傍らのベッドにそっと押し倒して、鼻が摘ままれる。

 使おうとした火魔法や水魔法は出た瞬間に『封印』でかき消され、私が足りない酸素を求めて口を開くと、その隙間に花弁の塊をねじ込まれた。

 喉奥まで差し込まれて、私がその塊をごくりと飲み込んだのを確認すると、ようやく解放される。


「今のは聞かなかったことにする。花は受け取って貰ったぞ」

「そっ……」


 そんな一方的な、と言おうとした文句は、もう一度優しく口づけされて言葉にならなかった。


「っっせめて!! 私に許可なくこういうことしないでくださいっ!!」

「わかった。ロザリアが自分から求めてくるように努力することにしよう」


 アレス様はベッドから離れるともう1度紅茶を飲み、「ではまた明日祝賀会で」と言って出て行った。

 すると、入れ替わりですぐにメイドが4人入ってくる。


「はじめましてロザリア様!明日の祝賀会のためにドレスを幾つかお持ちしましたので一緒にお選びいたしましょうね!」


 ずらりと広げられたドレスに靴やアクセサリー。

 いつもは喜んで見ていたはずなのに、今は全然そんな気持ちになれない。

 適当にメイドに相槌を打って、勝手に決めてもらって休もうとすると1番ベテランそうなメイドに「あらあらまだおやすみには早いですわ〜〜」と風呂へ突っ込まれ、あちこちごしごし擦られてめちゃくちゃクリームを塗りたくられた。

 髪の毛も何度もすいて、アレス様にもらった香油を塗りたくられる。

 そのままベッドへ寝かせてもらえるかと思いきや、全身マッサージが始まった。


 翌朝起きると別人のようにつやつやのぴかぴかに仕上がっていた。

 特に髪の毛、いつもくせっけだったというのに、カイのようなさらさらストレートになっている。

 朝は朝でご飯を食べるとすぐにコルセットをしめられて朝食を吐きそうになった。

 用意されたドレスはアレス様を思い出させるような水色のドレスに白いレースが幾つも重ねられたふんわりとしたもので、腰のあたりから大きなリボンが裾に向かって流れていく。

 メイド任せにせず、自分で色くらい選べばよかったと今更後悔した。

 そうしたら青や水色なんて選ばずに、ロザリアの名にふさわしい薔薇色を選んで小さいながらも反抗できたのに。


 ドレスに合うアクセサリーをつけるためと言われて無理矢理メイドにカイのピアスを外された。

 先に施されたメイクがぐちゃぐちゃになるくらい泣いたり怒ったりしたが、メイドが許してくれず、仏頂面でいるところにアレス様がやってきた。

 私の耳元に青いピアスが揺れているのを見ると、メイドに「元に戻してくれ」と言う。


「でも、お召し物に似合いませんよ。せっかく婚約を発表するのですから、殿下のお色がよろしいかと思いますが」

「いいんだ。それはロザリアにとって大事なお守りだから外さないでやってくれ」


 しぶしぶとメイドが私の耳にカイのピアスを戻す。

 無理矢理婚約者に据えたようなもののくせに、こういうところは相変わらず優しくていやになる。


「俺の婚約者であれば必ずカイの傍に居られるのは間違いないぞ、ロザリア」

「そうかもしれませんが……」


 断りの文句は思いつかなかった。

 アレス様には文句の1つもつけようがない上に、カイの親友のままでいられる。あれ、あんな風に勝手に決められはしたけれど、よくよく考えてみればかなり好条件なのでは……?


 祝賀会にエスコートされながら、私はアレス様を見上げた。

 きらびやかなお顔がこちらを見返して微笑む。

 こんな美形を袖にしようとしているなんて不敬どころじゃなく傲慢の罪で地獄に落とされるのでは……?


 私の気持ちがぐらぐら傾きつつあるのを知っているかのようにアレス様は「ドレスとても似合っているよ。俺の色を選んでくれて嬉しい」と追い打ちをかけてきたが、それで運よく私は我に返った。

 ドレスを選んだのはメイドであって私じゃない!



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