束の間の邂逅
「普通は貴族の方と庶民とでは部屋を分けるんだけど、2人部屋はもうほとんど埋まっているのよ。空いてるのはここだけで、お願いしてみたら心よく了承してくださったの。お会いしたらまずはお礼を言っておきなさいね。くれぐれも失礼のないように」
寮母さんに預けておいた荷物を受け取り、案内された部屋の扉を開けると、そこには金ぴかの男の人がいた。
よく見るとそれは等身大の置物で、私はその置物の顔に見覚えがあった。
「確か、ランハート……だったかな」
能力を確かめるのに王宮をあちこち連れまわされた記憶を辿る。
容赦のない魔法を繰り出してきた男の人で間違いないだろう……魔法騎士団で確かそんな名前で呼ばれていた筈。
私がまじまじと像を見ていると、すぐ近くで悲鳴があがった。
「ぴゃあああ!?」
声の主は、茶色の髪をゆるく巻いている女の子だった。
美人な上に同い年とは思えないプロポーションをしている。
「あ、もしかして同室を許可してくださったエスメラルダ様ですか?ありがとうございます」
「な、な、な……」
「名前ですか? ロザリア=ルルーシェといいます」
「貴女が同室の子!?」
エスメラルダ様は私の手を掴むと共同居室に連れ込んで声を潜めた。
「今のは見なかったことにしなさい」
「今のはって、あのきんぴかの置物のことですか? なんでですか? あんなにそっくりなんてすごいのに」
「貴女ランハート様を知っているのね……!」
ひそひそ声はあっという間に興奮した声に変わった。
「はあ、あの素敵なお顔、完璧な腹筋!繰り出される魔力は芸術に等しくとてもお強くって……貴女もそう思うでしょう!?」
「は、はあ」
気の抜けた返事をすると、エスメラルダ様は思わずはっとして顔を赤らめた。
「しまったわ。自室だと思うとつい。ねえお願いよ、わたくしがランハート様のファンなことは秘密にしてほしいの」
「それはエスメラルダ様が王太子様の婚約者だから?」
「そうよ。もし喋ったらその時は貴女をきゅっと……」
「絶対喋りません」
エスメラルダ様の手が首元をきゅっと引く動きをした。とても怖い。
「はあ。自室の子が来るっていうから、どかそうと思っていたのに寮では特殊能力以外の魔法は感知されてしまうでしょ、わたくし1人では動かせなくて、悩んでいるうちに貴女が来てしまったのよ。」
確かにあの大きさの置物をどかすのは、エスメラルダ様の細腕では無理そうだった。
「実は、貴女の部屋にもいろいろ置いていたままで……申し訳ないけれど片付けるのを手伝ってくれないかしら」
共同居室の奥の壁には2つ扉があり、そのうち1つがエスメラルダ様のもの、もう1つが私のものだった。
私が使う予定の部屋を扉を開くと、壁にはランハート様のポスターが貼られ、立てかけられたコルクボードには写真がたくさん飾られていた。
おまけに小さいランハート様をを模した手作りっぽい人形まである。
その他にもイニシャルがはいったタオルが7色分に、綺麗にパッキングされたキーホルダーや缶バッチ、カードのようなもの……とんでもない量の推しグッズであった。
「私の部屋には置けないの。友達が尋ねて来た時に見られると困るから……」
「入口の置物はどうしてたんですか?」
「その時だけ姿隠しの魔法をかけていたのよ。わたくしの特殊能力は『隠蔽』なの。さて、実家にも置けないし、どうしようかしら」
悩むエスメラルダ様に、私は提案した。
「あの、もしよろしければもう少しだけ隅の方にまとめさせていただければ、私はこのままでも構いませんよ」
「まあ。ありがたいけど、それだと貴女の荷物が入らないのではなくって?」
「私の荷物、そんなに多くないんです」
制服の替えと、学校で使用するものと、何着かの私服のみ。
あとはカイとの思い出がつまっている、小物入れだけだ。
「……ありがとう。貴女が同室者でよかったわ」
「私も、エスメラルダ様でよかったです」
貴族の人はもっととっつきにくいと思っていた。
だって、何度カイを訪ねても入り口にいる人にすぐに怖い顔で追い返されてしまうし。
エスメラルダ様はそそくさと推しグッズを隅の方にまとめた。名付けてランハートコーナー。それを避けて、私は自分の荷物を置く。
「ところで、エスメラルダ様はカイと会ったことってあります?」
「カイ?」
「聖女のカイです」
エスメラルダ様はちょっと考えて口を開いた。
「ああ、知っているわ。何度か王宮で見たことがある。その子がどうかしたの?」
「わたし、カイに会うためにこの学園に来たんです。なのに、なかなか会えなくって……」
「カイ様のファンなのね?」
「いえ、幼馴染だったんです。エスメラルダ様にお願いしたら会えませんか?」
エスメラルダ様は私達と同い年だが、王太子の婚約者だ。
その分伝手も多いから、なんとかならないだろうかと思ったが、エスメラルダ様は首を横に振った。
「残念だけれど、聖女様に直接は無理ね。わたくしは『隠蔽』を持ってはいるけれど、魔力量は普通より少し多いくらいだからSクラスにはなれなかったの」
「そうですか……」
「第三王子のアレス殿下に話を通すのが一番だけれど、わたくしあの方は苦手で……ごめんなさいね」
エスメラルダ様は困った顔をした。
「いえ、それなら自分で頑張って情報を集めます。絶対に会うって決めたから」
「情報……わたくしも何かわかったら教えてさしあげるわ」
「ありがとうございます!」
「いいのよ。そのかわり絶対にわたくしの秘密は漏らしてはいけないわよ」
エスメラルダ様はにっこりとして言ったが、その手は首元できゅっ、と引くジェスチャーをしていた。
◇◆◇
オーヴ学園の寮は希望すれば誰でも入れる。
無料で衣食住が揃えてもらえるので、庶民はだいたい入寮する。
貴族の中でも、実家が遠く王都にタウンハウスがない者や、使用人の目を気にしない自由な生活を試してみたいという理由で利用するものは割と多くいる。
しかし、羽目を外しすぎるのも困る。
そこで2人1部屋と決め、その部屋にはそれぞれのプライベートルームの他にシャワートイレと、共同の居室に簡易キッチンなどなんでも揃った夢のような寮が完成したのだ。
庶民はあまり利用しないが、有料でトレーニングハウスやマッサージ施術が受けられるコーナーまであるらしい。
もちろん食堂もあり、朝晩、決まった時間に食事が出される。
キッチンで料理を作るよりは、楽しておいしいご飯を食べたほうがいいのは当たり前。
……そういうわけで、ロザリアは朝起きて食堂にご飯を食べにきた。
ふわふわの白いパンに、カリカリのベーコン。
つつけばとろりとした黄身が溢れる半熟の目玉焼きと、コンソメのスープにサラダまでついている。
実家は割と裕福な方で、料理人が作ってくれるような食生活を送っていたが、この食事はその実家にひけをとらないうまさだ。
大満足して廊下を歩いていると、モモとメアリーに会った。
「ロザリア、一緒に登園しようよ」
「うれしい。まだ道のりが不安だったの」
学園は広い。寮に行くまでに、たくさんの分かれ道がある。
下手に1人で行くと、教室ではなく競技場や、図書館の方に行きかねない。
私は急いで自室に戻って支度を終え、2人に合流した。
石で舗装された道をゆっくり歩いていると、なにやら人だかりが見える。
「なんかすごい人がいっぱいいる」
私が言うと、モモがすぐに答えてくれた。
「ああ。あれはね、馬車の昇降スペースよ。もうすぐいらっしゃる第三王子のアレス殿下や聖女様たちの追っかけの人たちね。いつみてもすごい人気だわ」
「聖女!?聖女もいるの??」
私は捻挫したことも忘れて思わず身を乗り出し、モモやメアリが止める間もなく人だかりに突っ込んでいった。
だってこれは、滅多にないチャンスである。
学園の食堂で見えるカイはいつも豆粒のようで、表情すらわからない。
私は少しでも前にでようと身体を押し込んだ。
「いらっしゃったわよ!」
周りの人がざわざわして動き、私は逆に押し込まれた。
負けじと押し返すと、その勢い余って人だかりを超え、1人だけ通路にまで出てしまい、ちょうど通ろうとしていたカイとアレス殿下の目の前で立ち止まってしまった。
久しぶりにまともに見るカイの顔!
この間は魔物の討伐中でじっくり見れなかったけれど、黄金のふさふさした睫毛に縁どられた紫色の瞳に、すらりと伸びた手足。
10歳の時よりも、美少女に磨きがかかっている。
私はにっこりと笑った。
しかし、カイはそんな私を一瞥すると、そのまま無視して学園に向かって歩き出してしまった。
隣に居たアレス殿下もカイに習う。
「なぁに?あの子。おふたりの前に飛び出てきて、何様なのかしら」
「目立って抜け駆け?やらしいわ」
「ちょっと言ってやらなきゃ」
ざわざわと周りが私に攻撃的な視線を向ける。
どうしよう、と思っていると、カイがピタリと歩みを止めた。
「そもそも毎朝大勢で、人の顔をじろじろと見に来る行為そのものがわたしは不快です」
ざわざわした声が一瞬でなりを潜めた。
「そのうえ荒れ事など嘆かわしいことです。見苦しくて仕方ない」
「どうした、カイ?」
声を震わせて怒るカイに、アレス殿下が首をかしげた。
その様子を見て、周りに居た人だかりは、ほうきで掃かれたように居なくなる。
呆然としていた私一人だけが残された。
「もしかして、助けてくれた……?」
私はぽつりとつぶやいた。
カイはやっぱり優しい。
きっと私が嫌な目にあわないよう、けん制してくれたのだ。
なのに何故、カイは私の事を知らないふりをするんだろう……。
「カイが怒るから皆逃げてしまったよ」
アレス殿下の声に答えることなく、カイはまた歩き出していく。
白い聖女姿が小さくなっていくのを見て、私はあわてて追いかけようとして派手に転んだ。
「いたっ……」
捻挫していた足を忘れていた。
もう一度捻ってしまったらしく、じくじくと足首が痛む。
カイが行ってしまう。
だけど、思うように動かない足では追い付けないだろう。
くやしさで涙がでそうになったその時、ふわりと私の足首に羽根が撫でたような感触がした。
「あれ……痛くない……」
私には魔法が効かないはずなのに、なんでだろう。
「ロザリア、大丈夫?」
モモとメアリが駆け寄ってきた。
「うん……」
「ロザリアって第三王子と聖女様のファンだったの?いきなり突っ込んでいくからびっくりしたわ」
「見たい気持ちはわかるけど危ないわよ」
「うん……」
まさかカイが治してくれた……なわけないよね。
もう、姿は見えないくらい遠いもの。